ロシア軍の侵攻とIAEAの「懸念」

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プーチン大統領が2014年、ウクライナのクリミア半島を併合した後、欧米諸国は経済制裁を実施したが、ロシアの銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)の国際決済ネットワークからの排除制裁の実施を求める声が出た時、「ロシアに対するSWIFT排除制裁は戦争宣言と受け取る」と述べ、米欧諸国に対し、警告を発した。

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA) IAEA公式サイトから

8年後の2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに武力侵攻した後、米国や欧州連合(EU)は26日、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に対し、SWIFTの国際決済ネットワークからロシアの一部銀行を排除する制裁を発表した。それを受け、プーチン大統領は27日、テレビ演説の中で核兵器を装備する核抑止部隊を高度の警戒態勢に置くよう命令している。

ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は28日、戦略ミサイル部隊、北太平洋艦隊、長距離空軍での核戦力を準備態勢下に置いた。プーチン氏は「北大西洋条約機構(NATO)諸国のトップの人物は我が国に対する攻撃的な発言を繰り返しているので、私は国防相と参謀総長にロシア軍の抑止力を特別な警戒体制に置くよう命じた」と説明している。

興味深いことは、ウクライナの隣国ベラルーシで27日、非核化を定めた憲法条項の改正を問う国民投票が行われたことだ。具体的には、ロシア軍の核兵器の配備を可能とする内容を問うものだ。ロシアの国営タス通信によると、国民投票では有権者の65%が賛成票を投じ、反対は10%だった。プーチン氏はベラルーシにロシアの核兵器を配備することで、ウクライナだけではなく、ポーランドやバルト3国に睨みをきかすことができるわけだ。

プーチン氏が核兵器をウクライナの戦闘で使用すると考える欧州のロシア専門家は少ないが、ウクライナ全土を通常兵器で制圧できない場合、プーチン氏が核戦力に手を伸ばす危険性は完全には排除できない。米共和党のマルコ・ルビオ議員によると、プーチン氏は48時間でウクライナを制圧し、72時間内で親ロ派傀儡政権を発足する計画だったという。ウクライナ政府軍の抵抗が予想以上に強いことになる。プーチン氏が戦略核兵器を使用する事態も考えられるわけだ。実際、プーチン氏は2月19日、核兵器部隊の大規模な演習を実施させている。

参考までに、ブルガリアの政治学者イバン・クラステフ氏(Ivan Krastev)は、「ウクライナ戦争はロシアの戦争ではない。プーチン氏の戦争だ」と指摘している。ウクライナが民族的にロシアと同民族だと考えるプーチン氏は東西両ドイツの再統一のようにロシアとウクライナが再統一されることを願ってきたという。国家指導者の個人的思い込みが民族、国家を危機に陥らせることにもなる。プーチン氏の場合、その実例かもしれない。

問題は核兵器による破壊的な被害だけではない。ウクライナには4つの原子力発電所、合計15基の原子炉があり、電力の約半分を供給していることだ。ロシア軍の戦闘機がウクライナ国内の核関連施設を誤爆することで、大量の放射能を放出する事態が排除できないことだ。紛争や戦争時の核関連施設の安全問題だ。

国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長はウクライナ情勢について深刻な懸念を表明、核物質の安全とすべての核施設の安全な運用を危うくする可能性のある措置や行動を控えるようにウクライナとロシア両国の関係者に強く要請している。人間の健康と環境に深刻な影響を与える可能性があるからだ。同事務局長は、「今のところ、プラントは正常に稼働しており、核物質は引き続き管理されている」という。IAEAは2日、ウクライナ情勢に関する緊急理事会(理事国35カ国)を開催する。

ウクライナは2月27日、IAEAに、「ミサイルがキエフの放射性廃棄物処分施設の敷地に衝突したが、建物の損傷や放射性放出の兆候の報告はなかった」と通知した。ウクライナの国家原子力規制検査官(SNRIU)は、「国家専門企業ラドンのキエフ支部との通信と現場の放射線監視システムの両方が復旧した」という。また、ハリコフの北東部の都市近くにある同様の処分施設の変圧器が破損した。そこでは病院や産業からの未使用の放射線源やその他の低レベルの廃棄物を保持している。これらの処分場には高レベル放射性廃棄物は含まれていないが、保管および処分された放射性廃棄物は依然深刻な放射性衝突を引き起こす可能性があるという。

ロシア軍がチェルノブイリ原子力発電所地域を制圧したが、一時期、同原発周辺の放射線レベルが上昇した。ウクライナ規制当局の説明によると、1986年の事故でまだ汚染されている土壌を大型軍用車両がかき混ぜたことが原因という。規制当局によって報告された1時間あたり最大9.46マイクロシーベルトの測定値は低く、公衆に危険を及ぼすことはないと評価している。

蛇足だが、チェルノブイリ原発事故で欧州全土に放射能が広がったが、その悪夢を知っているオーストリアでは同原発周辺に爆弾が落ちたというニュースが流れると、放射能汚染を回避するため薬局でヨウ化カリウム錠を購入する人々が増えている。薬剤師会議所によると、「ヨウ化カリウム錠は目下、薬局で売り切れている」という。ネハンマー首相は28日夜のニュース番組の中で、「現時点で必要性はない」と述べ、パニックにならないように国民に冷静を呼びかけている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。