スパコン「富岳」に栄誉あるゴードン・ベル特別賞。コロナの飛沫/エアロゾル解析の功績が世界に認められる

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 スーパーコンピュータ「富岳」を用いた新型コロナウイルスの「飛沫・エアロゾル拡散モデルシミュレーション」が、2021年ゴードン・ベル賞COVID-19研究特別賞を受賞した。米ミズーリ州セントルイスのアメリカズ・センターで開催されているハイパフォーマンスコンピューティングの国際会議「SC21」で発表された。

 ゴードン・ベル賞は、スーパーコンピュータを用いた科学技術分野の研究の中で、その年に最も顕著と認められた研究に対して、米国計算機学会(ACM)が授与する賞で、個人や機器ではなく、アプリケーションを対象にしていることから、スパコン業界における「アカデミー賞最優秀作品賞」に相当するとも言われる。

 これまでに「京」や、東工大の「TSUBAME」のアプリケーションが受賞している。冠となっているゴードン・ベル氏はDEC(現HPE)のPDP-11の開発者として知られる。

 今回、富岳による飛沫・エアロゾル拡散モデルシミュレーションが受賞した「COVID-19研究特別賞」は2020年から設けられている。

 2021年11月19日に会見を行なった理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「特別賞ではあるが、通常のゴードン・ベル賞に比べてグレードが低いというものではない。新型コロナ対策に限定していながらも、審査基準やファナリストリストの数も変わらないものである。2つの賞は、同じグレードで用意されたものである。これは、かつて私自身、ゴードン・ベル賞の審査委員長を務めたが、その経験からも言えることである。

 TOP500のように、ベンチマークの性能が優れているだけでなく、スパコンの総合力を評価する賞である。性能の高さ、技術力の高さ、科学技術の社会へのインパクトが認められた。日本のスーパーコンピュータ技術が、総力戦において、世界トップクラスであり、社会に対して有用であることが認められた。

 アプリケーションファーストという富岳の方向性が正しいことが証明され、それを国民に報告できた。スパコンにとっては最高峰の賞であり、名誉なことである」などと述べた。

 理化学研究所 計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームリーダー/神戸大学システム情報学研究科教授の坪倉誠氏は、「ひとつのシミュレーションに対する表彰ではなく、活動すべてに対して評価してもらったと考えている。当初から目指していた社会的インパクトを実現できたことが証明された。

 社会に対する飛沫感染の正しい理解とその予防の啓発、そして、行政機関や各種業界との連携により、ガイドラインの策定や改定にも貢献するという点で成果があった。当初は、ゴードン・ベル賞を取るということは意識しておらず、むしろシミュレーションに追われ、それどころではなかった。

 だが、1年を経過して、出してみようと考え、受賞できたことは率直にうれしい。また、飛沫という人にとって身近なところでシミュレーションを行ない、それが社会貢献に繋がることが多くの人に理解をしてもらえた。スパコンは難しいというイメージがあるが、多くの人にとって身近に感じてもらえた点でも効果があった」と述べた。

理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長

理化学研究所 計算科学研究センター複雑現象統一的解法研究チームリーダー/神戸大学システム情報学研究科教授の坪倉誠氏

 同シミュレーションは、坪倉チームリーダーを中心とした共同研究グループが、富岳を利用して、2020年から実施してきたもので、新型コロナウイルスの飛沫・エアロゾルに関する詳細かつ定量的な拡散モデルを構築し、感染症疫学のデジタルトランスフォーメーションに初めて成功した。

 特に、飛沫やエアロゾルの飛散の様子を見える化することで、飛沫エアロゾル感染についての理解と対策の重要性を啓発し、日本だけでなく、世界の人々の行動に変化をもたらしたことが評価を受けたという。

 飛沫・エアロゾル拡散モデルシミュレーションは、空気の運動と、それに乗って輸送される熱や液滴、さらには液滴の蒸発や壁への付着などを、数理モデル化した連立非線形方程式において、従来の産業界で用いられているシミュレーションのデータ構造を抜本的に見直すことで、富岳の性能を十分活用できるようにしたのに加え、このデータ構造に対して、物体近傍のモデル化技術を新しく開発。

 計算モデルの作成速度を従来の手法に対して数100倍から1,000倍以上に加速することに成功した結果、これらの技術を用いた富岳でのシミュレーションが可能になったという。

 50程度の様々な感染シーンと、1,000を超える多種多様な感染条件に対して、社会が求める的確なタイミングで、感染状況に応じた感染リスクの評価と、その対策について提案を行なうことができたとする。この間、富岳の1,750万ノード時間を利用。これは、東京大学持つ従来のスパコンを1年間占有した程度に相当するという。

 「富岳のハードウェアの性能だけでなく、富岳の性能を最大限に活用できるソフトウェアが重要だった。2012年に、理研が産学連携で開発し、10年近く利用してきた複雑現象統一的解法ソフトウェアのCUBEは、高速に、大量にシミュレーションモデルを作成し、スパコンの性能を最大限に活用できるものであり、そこが市販の流体シミュレーションソフトとは異なる。

 かつての京でも、CUBEを活用して、自動車、燃焼システム、建築防災分野で多くの実績を持っている。2020年初頭に、Society5.0時代のものづくりに向けて、CUBEを富岳向けにチューニングしている最中に、新型コロナウイルスの感染が拡大し、ここになにか貢献ができなかと考えた。

 そこで、自動車エンジンのシミュレーション技術を応用すれば飛沫シミュレーションができると判断し、CUBEを使用した飛沫研究が急遽スタートした」と振り返る。

 「自動車のエンジンは、燃料を噴射するとシリンダーのなかで蒸発。その過程が、飛沫が飛び、周りの空気と混じり、温度によって蒸発するという過程と同じであり、そこに着目してすぐにシミュレーションを開始できた。

 また、CUBEには、非常に速く、計算モデルを作れるという特徴があったことから、市販のソフトウェアでは対応できないような短い時間で多くの解析が可能になった」と述べた。

 マスクやフェイスシールドのシミュレーション、公共交通機関での感染リスク評価、室内での感染リスク評価の3点から実施。実験では数日~10日間かかるものが、富岳では、早ければ翌日にシミュレーション結果が出せるという状況だったという。

 これらの結果は、行政機関や各種業界団体に提供することで、社会経済活動の再開に向けた政策立案や、ガイドラインの策定に貢献。得られた結果を動画として提供し、社会に対する新型コロナウイルスの飛沫・エアロゾル感染に対する理解と対策の重要性を啓発する点でも貢献した。

 理化学研究所の坪倉チームリーダーは、「感染状況は日々変わっていたため、必要な時に必要なタイミングで、できるだけ多くの情報を提供することを心掛けた。1回目の緊急事態宣言が明け、社会活動が戻る時点では、パーティションを設置した際のオフィスの飛沫解析や、満員電車での換気効果のシミュレーションを行ない、その結果を発信した。

 夏休みが明ける頃には教室の換気の様子や、合唱を行なった際のシミュレーションを行ない、昨年(2020年)秋に東京で若い人の感染者数が増加した時には居酒屋やカラオケボックスでのシミュレーション、若い人の着用が多かったウレタンマスクや、CDC(米国疾病対策センター)が発表した二重マスクの効果についてもシミュレーションし、不織布マスクをしっかりと着用すれば、二重マスクにする必要がないことも示した」など述べた。

 合唱時の飛沫シミュレーションは、SNSの投稿により、コロナ禍で合唱を行なうことに不安に思っている人の声をもとに実施したというエピソードも披露。

 「対話が新たな研究を生んでいくことになる。論文を書くためにスパコンを使うのではなく、国民の財産で作った資源であるスパコンを、国民のために使い、社会に発信していくことが大切である。

 飛沫シミュレーションというと、当初は、そんな簡単なことにスパコンを使うのかと言われたが、マスクの効果ひとつをとっても、CDCすら懐疑的であった。身近なことでも分からないことはたくさんある。スパコンを使っている研究者は、そうしたことを考えていくことが重要である」などとした。

 理化学研究所では、今後は、従来の快適性や衛生的な観点からの室内環境設計に加え、感染症に対してレジリエントな設計が求められるウィズコロナ、ポストコロナ時代の新しい室内環境設計に繋がる強力な手段になることを目指し、予測技術の高精度化や、AI技術を併用したコンピュータ支援設計システムの実現を目指すという。

 坪倉チームリーダーは、「新たな取り組みでは、部屋のシミュレーションだけに留まらず、飛沫が口のなかに入り、気道のどこに付着し、ウイルスがどう増殖するかといったシミュレーションを組み合わせて、より精度の高い感染リスクを評価するような取り組みを進めている。エアロゾル感染に関する仮説をもとに検証をしたい」とした。

 さらに、「これからの室内の環境の設計は、衛生的な観点からの設計に加えて、感染症に強い部屋はどういうものなのかを考えていく必要がある。快適性、衛生性、感染リスクへのレジリエントの部屋づくりの提案に取り組みたい。そこに富岳の成果を生かしていきたい。さらに、この成果は、カーボンニュートラルに向けて、水素やアンモニアを利用したガスタービンの開発にも応用できる」などと述べた。

 また、文部科学省では、「富岳を国民共有の財産として、より一層、幅広く利用してもらうために、誰もが利用しやすい環境を整えるとともに、健康医療、防災・減災、エネルギー、モノづくりなど、日本の社会的、科学的課題の解決に貢献する、画期的な成果の創出に向けて、引き続き取り組んでいく」としている。

 なお、同シミュレーションは、内閣官房の「スマートライフ実現のためのAI等を活用したシミュレーション調査研究」、文部科学省・理研の「新型コロナウイルス対策を目的としたスーパーコンピュータ『富岳』の優先的な試行的利用について(2020年度実施)」などの支援を受けているという。また、計算資源の一部は、東京大学情報基盤センターと筑波大学計算科学研究センターが共同運営する「Oakforest-PACSスーパーコンピュータシステム」が使用されている。

 研究活動においては、理化学研究所と神戸大学が中心となり、豊橋技術科学大学、京都工芸繊維大学、東京工業大学、九州大学、大阪大学、鹿島建設、ダイキン工業が緊密に連携。感染シーンに応じて、大王製紙、トヨタ自動車、日本航空、三菱ふそうトラック・バス、サントリーホールディングス、凸版印刷などが協力した。

 一方、理化学研究所の松岡センター長は、富岳が、世界のスーパーコンピュータに関するランキングである「TOP500」、「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」、「HPL-AI」、「Graph500」のすべてにおいて、2位に大差を付けて、4期連続で、4冠を達成したことについても言及したほか、AI処理の総合性能を評価する「ML Perf HPC」でも初めて首位を獲得したことにも触れた。

 松岡センター長は、「どの分野でも高い性能を発揮するのが富岳の特徴であり、様々な用途や計算方法で世界トップレベルの性能を達成している。特定の陸上競技に強いのではなく、すべての陸上競技のチャンピオンである」と比喩した。

 ここで表示した資料では、100メートル走、フィギュアスケート、マラソン、トライアスロン、チェスで優勝したのと同じであると表現していた。

 また、「TOP500は、歴史が長いこともあり、このランキングを評価するケースが多いが、実際のアプリケーションの性能との乖離が指摘されている。TOP500 Ver2とも言えるHPCGは、自動車や飛行機の空力設計、構造計算などに使われており、実際のアプリケーションでよく使われるCG法のプログラムで性能を評価するものである。今後は、これが重視されてくるだろう。ここでは2位と5.5倍の性能差がある」とした。

 新たに1位となったML Perf HPCでは、「スーパーコンピュータの深層学習アプリケーションでの性能評価であり、画像処理や言語処理といったレベルでの性能評価ではなく、宇宙論パラメータの予測、地球規模の異常気象現象の特定、触媒システムの量子力学的特性の予測など、通常のスパコンでは歯が立たないような難しく、大規模な問題を、機械学習を活用して解いていくものである。

 これは、将来のAIには必要なもので、AIの適用領域を広げるためには必要である。今回、富岳では、8万個のプロセッサを利用して学習を行なったという点が画期的である。だが、これは富岳が持つ15万個以上のプロセッサの半分程度の利用に留まっており、それで2位に対して、2倍近い性能を得ることに成功した」と説明した。

 松岡センター長は、「ひとつのパラメータだけで世界一になっても意味がない。富岳は、アプリケーションファーストであり、広範なアプリケーションで成果を出すという複雑さにも対応して設計されたものである。広い範囲で世界1位になるのが、富岳の狙いであり、それがゴードン・ベル賞の受賞にもつながった」と述べた。

 なお、スパコンランキングは、半年に一度、スパコンの国際会議で発表されており、富岳は4期連続の4冠となっているものの、コロナ禍で国際会議がオンライン開催となっていたため、実際に会場で表彰されたのは今回が初めてだという。

 松岡センター長は、「実際に、リアルの場で表彰されたことは、うれしいことであり、国民的成果を示すことができた。帰国後に一定期間隔離されることになるのは、センター長としては今後の業務上、大変なことだが、表彰されたことだけでなく、様々な情報を得られたこと、スパコンを取り巻く熱気を直接感じたこと、富岳に対する世界中からの注目が本当の意味で集まったことなどを含めて、セントルイス(SC21の開催地)に来てよかったと思っている」とした。

 今後、中国や米国から、新たなスパコンが登場し、富岳の4冠維持に影響を与えることについては、「そうしたものが出てきた場合には、いくつかのランキングで富岳よりも高い性能を発揮する可能性がある。それは仕方がない。そうでないと技術の進歩がないということになる。新たなスパコンには出てきてほしいと考えている」とコメントした。

 世界中で多くの投資がスパコンに行なわれており、中国や米国では5,000億円~1兆円の投資規模に達していること、GAFAなどの企業でも多くの投資が行なわれていることなども指摘した。

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