攻めるも守るも、すべては生きるための毒、シャー!
11月1日より東京上野、国立科学博物館で始まった特別展「毒」。
植物、昆虫、爬虫類両生類に菌類から人工毒まで分野を横断した叡智が結集し、あぶなくておもしろい毒インテリジェンスの世界を作り上げた。
オープン直前のメディア向け発表会で、各分野を監修した賢者の話を聞きながら展示を堪能したレポートをお送りする。遅報だけどおもしろいよ!
科博でついに毒の総合展
ほのぐらい広場に浮かび上がる恐ろしい様相の巨大なクリーチャー達、祭壇のような荘厳ささえ感じるこの空間は国立科学博物館 特別展「毒」の有毒生物を拡大しすぎた模型展示コーナーである。
この不穏なモニュメントの前に賢者達が集結する。動物から植物、菌類、鉱毒から人工毒にいたるまで、多様に展示される毒に関して監修を担当した各分野研究のスペシャリストだ。
メディア向けの撮影が終わると皆は会場内の各担当展示コーナーへと向かった。今回は展示を見ながらこのスペシャリストの方々と質疑応答(さくっとね)できるという魅惑の催しなのである。
毒とは、「ヒトを含む生物に害を与える物質」と定義され展覧会は始まる。つまり一般的には毒と認識されていないが取りすぎると毒になったりするもの(酸素とか塩とか)も毒として扱う場合があるとの事、そうなると結構広いんでないのと思ったがやはり渡る世間は毒だらけパネルが掲示されていた。
いったん毒を定義しながらも、それぞれの分野で展示を見た人達が毒について考えを巡らせる事ができるような構成になっている。
狡猾さがおもしろい、植物の毒
続く毒の博物館のコーナーでは植物・動物・菌類などの生物毒から鉱物・人工毒まで様々な毒が紹介されている。まずは植物、いきなり日本の3大有毒植物が我々を迎える。
ドクウツギの未熟な実はザ・木の実といった感じで味も甘いが、ツチンやコリアミルチンといった毒成分を含み、食べると頭痛や嘔吐、痙攣、呼吸麻痺を引き起こし、死亡する事もある。
「ドクウツギは人が見て、美味しそうだとかじって中毒しちゃったりするんですが、これは何かに食べてほしくてこういう色をしているわけです」
「植物」の賢者、監修担当の田中伸幸さん(国立科学博物館 植物研究部 陸上植物研究グループ長)にお話をうかがった。
――食べてもらいたいんだけどその相手は人じゃないという事なんですかね。
「そう、鳥です。鳥に食べてもらって種を運んでほしいんです」
――鳥には毒が効かない設計になっている?
「というより毒があるのは実の中身だけで表層にはありません。鳥は丸呑みするので当たらないから、食べて種を運んでもらうんです。食べてもらいたくない相手から守るための毒なんですね」
そんな植物の守備毒の代表としてステージには拡大したイラクサの茎が展示されている。
――イラクサの毒は何がターゲットなんですか?
「葉や茎を食べる動物や昆虫から守るためです。
また、通りがかる哺乳類に踏みつけられると倒れてしまうので、それに対する防御としても働いています。刺毛にはアセチルコリンとヒスタミンというアレルギーを起こす物質が入っていて、触れるとガラス質の先端が折れて皮膚の中に注入され激痛を起こします。」
――でかい模型を見ながら聞くと痛々しさも増幅しますね……。
「刺毛の配置もよく考えられていて、特に食べられたくない若い葉に多く生えています。また、芋虫が葉に行くために通る葉の柄の部分にもたくさん生えるわけです」
――葉には行かせねえぞ、ってなってるんですね、よくできてるなあ。
「植物はそのへんがほんとうにたくみで、例えばビワは若い果実に毒があります。熟すと今度は食べてもらいたいので果肉から毒は消えますが種には残ります。種を食べられたらだめなので」
「柿は渋いけど熟れるとタンニンがなくなってたぬきとかが食べて種を運ぶんですが、種の周りがちょっとゼラチンっぽくなっていますよね。あれは体内で消化されないようにできているんです」
――狡猾にして緻密な戦略ですね。
「そういう植物の生き残り戦略の視点で考えるといろんな事が理解できるようになります」
でかいスズメバチを降ろしてほしい
一気にビジュアルがおどろおどろしくなる毒虫ブース。井手竜也さん(国立科学博物館 動物研究部 陸生無脊椎動物研究グループ 研究員)が推し標本を語る。
タランチュラの話も出たが我々がひときわ盛り上がったのはアリだ。
「この標本は毒針を持ったパラポネラ(サシハリアリ)というアリです。アリはハチの仲間なので毒針はおしりのほうにあります。この標本はそれが見やすいように作ってあります」
「他の大きなものと一緒に展示しているから実感しにくいですが世界最大のアリです」
――ハチの仲間という事はこのアリもメスに毒針があるんですか?
「そうです。産卵管が進化したものなのでメスにだけ毒針があります」
ハチといえば忘れてはならない最恐毒虫のスズメバチはなんかかっこいい配置で展示されていた。「この中で人に一番被害を与えている虫はスズメバチです。死亡事故に関してはアナフィラキシーショックによるものが多いんですけど」
ハチの毒は痛みを起こすセロトニンやヒスタミン、細胞を破壊する酵素類など様々な種類の化学物質が含まれ、オオスズメバチにいたっては神経毒のマンダラトキシンまで入っており、毒のカクテルと呼ばれている。シンガポールスリングはジンベースだが、こちらはトキシンベースである。
――日本のが一番大きいですね。
「日本のオオスズメバチは世界で最大のスズメバチです。入り口のほうにさらに大きい模型がありますが、後ろのほうもかなり忠実に再現してもらっています。ある意味あんな上の方にあるの、もったいないんだよなあ……」
「刺すカエル」にでかいハブ
両生類・爬虫類ブースではおなじみの毒スター、キングコブラやマムシ、ヤドクガエルの中におどろきのニューカマーが登場していた。(もちろん新種という事ではなくて私が知らなかっただけだ)
それは毒のトゲのある石頭のカエルでその名をドクイシアタマガエルという。
カエルの毒の作法といえば皮膚や耳線から毒を分泌するのがほとんどだが南米に住むこの2種のカエルは頭部に毒棘を持ち、それを突き刺して天敵を撃退する。
とげとげしくなってる部分が毒棘(トゲ)で、噛まれたりつかまれたりすると相手に頭を押し付ける。すると毒棘が自分の皮膚を破って相手にぶっ刺さり毒を注入するのだ。
少しはにかみながらおでこをくっつけるカップルの姿は微笑ましいが、もしあなたの交際相手がドクイシアタマガエルだったら自殺行為なのでやめたほうがいい。うふふ、こつん、なんてやった瞬間に南米産ヤジリハブ属の毒ヘビの約2倍の強さの猛毒が頭皮から浸透する。そんな暗黒の青春を誰がのぞむというのだ。
さらに興奮するのがニューギニアの毒鳥、ズグロモリモズである。
この世にもめずらしい毒鳥は筋肉や肝臓だけでなく皮膚や羽毛にまでヤドクガエルと同じバトラコトキシンというめっさ強い神経毒を持っている。
その不思議な生態への興味は尽きないが、ここで私が言っておきたいのはかつて「バトラコトキシン」という名の競走馬が存在したという事だ。
両生類・爬虫類の賢者はでかいハブを見つめていた。
――このめっちゃでかいハブ模型でこだわったところはどこですか?
「口の開き具合ですね。ハブの攻撃の瞬間は早すぎて何が起きているかわからないのでこうして再現できたのはうれしいですね」
――なるほど、時を止めて……達成感がかなりある感じですね。
「ありますね。めちゃくちゃ口開くじゃんっていうのもわかりますし、それがこんなにじっくり見られるというのは」
牙のどこから毒が出るのかもきちんと再現している。
「こっちのだともっと見やすいです」
「注射針っぽいっという説明をしていますけども、解剖学的には牙の一面についていた溝がだんだん深くなって、外側だけくっついて閉じて、こういうふうに穴があいているような構造になっているんです」
――ちょっとヨックモックっぽいですね。
「ハブの牙はちゃんとつながって筒状になっているんですけど、ドクフキコブラなどは牙の先ではなく前に穴を開が開いていて、そこから敵に毒を吹きかけます」
「構造的にとてもよくできていて、使わないときは折りたたんでおけるので牙を大きくできるんです。キングコブラはハブより体が大きいけど牙を折りたためないから牙自体はハブのほうが大きいんです」
魚の毒棘をでかくして見えたもの
「この砂浜、毒だらけですよね。」
同行した編集部林さんお気に入りの毒ビーチを擁する海の毒コーナー。
オニダルマオコゼ・ゴンズイ・ミノカサゴなど、刺されると激痛に襲われ、最悪死にいたるような恐ろしいみなさんの自慢のトゲが、CTスキャンを活用した精巧な拡大模型で再現され、名刀のように展示されている。
――このトゲは防御目的なんですか?
「はい、魚類の場合トゲはすべて防御目的ですね」
――襲った魚が毒にやられて反省して「こいつはやめとこう」みたいな事になるんですかね?
「はい。たとえばゴンズイの小さいやつをカサゴに与えると一回食べて吐き出して、次から襲わなくなるんですよ」
――ゴンズイとかは見た目が派手ですけど魚にはそういう警告色が見えているんですか?
「派手なコントラストを見てこいつは危ないと警戒するんです。」
――毒棘に返しがついてるの、すごいですよね。
「今回CTスキャンで精密な構造をトレースして模型を作ってみて、興味深い事が見えたりもしました。基本は対象を研究して、その成果を展示するのが博物館なんですけど、ゴンズイのデータを取ってみたら返しのところに小さな穴が開いていてトゲの中とつながっていたり、展示のために大きくしてみたことによる気付きもありました」
――CTスキャンだから中の構造も再現されているわけですね。
「だから面白いし、まだまだわからない事だらけだなあと思うんですね」
毒を多彩な視点から紹介するこの特別展では毒の種類、目的はもちろん、「毒の届け方」にもこだわり、ハブの牙や毒魚の毒棘などの構造をテクノロジーを駆使してでかく展示、それがさらに研究者の知的欲求を掻き立てる、といった研究と展示がぶつかりあう最前線の熱気も堪能できる。
総展示「毒」数250点以上におよぶこの特別展、時間の関係ですべての賢者の方から話を聞く事はできず、ここで紹介できたのはほんの一部だ。
他にも菌類や人工毒、そしてそんなおそろしい毒を探求し利用する人間のしたたかさなど、致死量かというぐらいの情報量を注入し、毒の概念がばんばん揺さぶられ拡張されるのを堪能してほしい。
しっとりとした装丁の読み応えある図録やかわいさと狂気の間を行き来するオリジナルグッズもなんかいろいろすごいので毒疲れしても最後の売店をスルーしないようにしよう。
■取材協力:国立科学博物館
特別展「毒」
■開催期間2022年11月1日(火)~2023年2月19日(日)
■会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※入場は予約制です。
くわしくはこちら(https://www.dokuten.jp/)