転職サービスを運営するMS-Japanの「弁護士転職市場レポート2023」よると、弁護士資格所有者の転職は、非常勤の雇用形態を除くと、決定年収は平均が765.1万円、中央値が652.9万円となっている。これは全国の平均世帯年収552万円より200万円以上高いのだが、SNS上には「思ったより年収が低い」「割に合わない」という反応も多数ある。転職決定時の年齢については、平均が35.3歳で、5割以上(53.8%)が30代、9割以上(98.8%)が40代以下だった。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士に感想を聞いた。
「転職した時に765万円でも、その後どうなるかわからない。転職時の数字なので、なんとも言えないというのが正直なところ。ただ弁護士の収入については、弁護士会でも調査しているが、765万円というのはいい線かもしれない。とくに勤務弁護士の収入とすると700万円くらいは中央値に近いのではないかという肌感覚がある」
勤務弁護士とは、法律事務所に雇われて働いている弁護士のことであり、「イソ弁(居候弁護士)」や「アソシエイト弁護士」と同じ意味だ。
「割に合わない」の意味は
一般的に、司法試験を受験するには大学4年間(法学部)と法科大学院に2年間通わなければならないので、6年を基準に考える。さらに、司法試験合格後は1年間の司法修習を修了する必要がある。よって、弁護士として働くには最短でも7年かかるということになる。法科大学院2年間の学費(入学金含む)は、国立は既修者192万円、未修者272万4000円となっている(既修者は法学部卒業者のこと)。私立は大学によってかなり差があるが、300~450万円くらいだ。法科大学院生が学業とバイトを両立させるのは非常に難しく、収入なしで2年間生活することも覚悟しなければならない。また、借金をして法科大学院に通う学生もいる。
2年間通って一発合格すれば御の字だが、試験に合格できなければ、さらに無収入生活は続く。そして、司法試験の受験資格は法科大学院修了後5年までという制限があるので、事実上受験は5回までというリスクもある。そうした多額のコストと労力をかけて難関資格を突破するというハードルの高さを考慮すると、「割に合わない」という感情も出てくるのだ。
「私は旧司法試験のときに合格したが、昔は合格率2.5%という時代だったので、合格するまでにそれなりの年数はかかったが、法科大学院のように高額な学費がかかるわけではなかった。新司法試験導入で、お金をかけて弁護士になる時代になると、私の頃と比べてそんなに稼げる職業ではなくなったという感じは否めない。ただ、その分、弁護士になるのが簡単になっているので、バランスはとれているのではないか」(同)
2022年の司法試験は、受験者数3082人に対して最終合格者数は1403人、合格率は45.5%だった。21年の合格率41.5%や過去4年の25.9%~39.2%と比べて、もっとも高い合格率だった。法科大学院への入学自体、難易度が高いので単純比較はできないが、それでも、旧司法試験の合格者数は毎年500~700人程度だったのに対して、06年開始の新司法試験からは毎年約1500人が合格している。07~13年は2000人以上が合格していた。これは、弁護士を増やそうという司法制度改革で影響が大きかった。
稼げないのはレベルが低いから
弁護士が昔ほど稼げなくなった理由には、合格者数が増えて競争が激しくなったということも当然ある。
「私が試験に合格した18年前は、90%以上が法律事務所に就職していた。そこで少なくとも数年間は、事務所のボス弁や先輩弁護士から、裁判の進め方や書面の書き方、顧客との接し方などを徹底的に叩き込まれる。弁護士としてやるべきことすべてを学ぶ。しかし、昨今は事務所に就職できない人が増えた。就職できずに自分の事務所を開いても、誰も仕事のやり方を教えてくれない。法律のことを知っていても、実務を知らない弁護士には誰も頼まない。依頼が来なければ経験を積むこともできない。完全に悪循環で、食えない弁護士はそのまま仕事が来ない状況が続く」(同)
若い弁護士にとっては大変な時代だが、司法試験の合格者を増やしたのは国策として誤りだったのかといえば、必ずしもそうではない。
「一般の人たちにとって、弁護士に相談・依頼をするハードルが、この10年でものすごく下がった。司法制度改革は弁護士の数が増えたというよりも、弁護士へのアクセスが容易になったという効果のほうが大切だと思う。国もそれを意図していたのだろう。そういう意味では成功したのではないか」(同)
司法的手段へのアクセスが良くなった一例として、法テラス(日本司法支援センター)が挙げられる。司法制度改革の一環として総合法律支援法が制定され、06年4月1日に設立された公的機関だ。
企業内弁護士の数は10年で10倍に増えた
先述のレポートによれば、弁護士の転職時の決定職種は、法律事務所が20%、法務が68.8%、役員・その他が11.2%という結果だった。法務というのは「企業法務」のことで、企業内弁護士(インハウスローヤー)の仕事だ。企業内弁護士は、企業の社員として雇用される弁護士のことである。従来、企業は弁護士と顧問契約を結ぶことが一般的だったが、近年は社員として弁護士を雇う会社が増えてきた。日本弁護士連合会の調べによると、2008年に266人だった企業内弁護士は、18年に2161人となっている。
企業内弁護士が増加している背景として、企業のコンプライアンス経営強化が求められるようになったり、ビジネスのグローバル化でM&Aや組織再編が増えていることが挙げられる。
「企業内弁護士の場合、いわゆる社員なので、入った会社の給与体系によって収入は大きく変わる。転職する際に、法務部長のような役職が付くのなら、それなりの待遇がある。そういう役職手当がつくのであれば、年収700万円程度ではなく、大手なら1000万円くらいになるだろう。法務部で契約書をチェックするような仕事だけだと、一般社員より資格手当が少し付くくらいだろう」(同)
東京都内には数百名の弁護士が所属する大手の法律事務所もあるが、それは例外的であり、法律事務所のほとんどは、いわゆる個人経営の事務所である。それに対して、企業内弁護士を雇う会社は、ほとんどが大企業であり、安定性が大きなメリットだ。福利厚生も充実しているし、十分な退職金もあるだろう。収入だけを考えるなら、実は企業内弁護士のほうが恵まれているかもしれない。しかし、弁護士という職業は収入面だけでは語ることはできない。
「法律事務所からインハウス(企業内弁護士)に転職した後輩が2人いますが、2人とも事務所に戻ってきた。1人は、ある大手商社に転職して5年ぐらい研さんを積んでいたが、やはり裁判に関わりたいと。弁護士を目指す人間にとって、裁判に関わる仕事は、やはりやり甲斐がある。裁判に限らず交渉事とかね。後輩2人とも同じことを言っていた。ただ、1つのスキルを習得するためにインハウスに転職するのは良い経験になるだろう」(同)
弁護士の世界も人材流動性が高くなった
今は弁護士の事務所移動も増えていて、転職や独立のハードルが下がっていると山岸氏は語る
「転職エージェントが増えたので、昔に比べてかなり人材流動性が高くなっている。少しでも条件の良い職場に移ろうとして別の事務所に入ったり、独立したりするのがかなり楽になっている。それから、弁護士にも『弁護士ドットコム』や『ココナラ』とか、ネットのPRツールがあって、かなりの先生が登録している。相談者側は同じ質問・相談を複数の先生に問いかけ、比較して一番自分に合う先生を見つけている。こういう部分でも競争が激しくなった」
かつて、弁護士への依頼は高額な相談料などから、「庶民は利用しにくい」といわれてきたが、確実にそんな時代は変わりつつある。一方で、依頼するユーザー側にも、有能な弁護士を自分で見極める力が必要になった。
(文=横山渉/ジャーナリスト、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)