近年では自然な文章や画像を生成するAIが登場し、数多くのユーザーの手で次第に洗練され始めています。これらAIがどのように生まれ、今後どのように使われていくのかについて、カナダのビクトリア大学でコンピューターサイエンスを教えていたビル・ワッジ氏が予想しました。
GOFAI is dead – long live (NF) AI! [9500 views] | Bill Wadge’s Blog
https://billwadge.com/2022/11/13/gofai-is-dead-long-live-nf-ai/
ワッジ氏が教授の職に就いていた頃は、AIの処理を明確に体系化しようとする「Good Old Fashioned AI(GOFAI、古き良き時代のAI)」と呼ばれる初期のAIが主流だったとのこと。ワッジ氏が退職したのは2015年で、この時期はGOFAIが廃れる直前であり、近年の深層学習で見られるような「New-Fangled AI(NFAI、新生AI)」が台頭し始める時期でもありました。
そのため、ワッジ氏は「NFAIに畏敬の念を抱いてますが、その仕組みはまだ理解していません。その代わり、GOFAIを理解しています。NFAIに畏敬の念を抱く理由と、GOFAIに畏敬の念を抱かない理由について私の考えを共有したいと思います」と話しました。
長い間、AIは専門家以外からはほとんど冗談のように思われていたとのこと。潜在的なブレークスルーが実現することはなく、よく「AIは実は天然のバカなんだ」と言われていたそうです。ワッジ氏の担当学科でもそうだったように、多くの学科は基本的にAIの講座を避けていました。
当時のAIは主に「探索木」などと呼ばれる構造の処理を行うものでした。シミュレーションを用いてチェスをプレイすることがAIの一種のベンチマークとなっていたのですが、人間に勝るようなAIは一向に誕生しませんでした。この理由は、チェスのプレイにおいては処理する統計情報がすぐに大きくなってしまうため、当時のAIの処理能力ではすぐに限界が訪れたからです。
1990年代後半になり、IBMが1秒間に1億の局面を検討できる特別なマシン「ディープ・ブルー」を開発。ディープ・ブルーは、チェスの世界チャンピオンであったゲイリー・カスパロフ氏に最初は1局、次に全試合で勝利を収めました。ワッジ氏は「ディープ・ブルーはGOFAIの最高傑作であり、その後に続くものはありませんでした。ディープ・ブルーにWatsonという後継者が現れましたが、腕は確かなものの、商業的な応用は実現しませんでした」と評価しています。
ディープ・ブルーの登場によりチェスに強いAIは誕生しましたが、ワッジ氏は「囲碁では登場しないだろう」と思っていたとのこと。囲碁盤はチェス盤よりもはるかに大きく、その分処理も膨大であったためです。
しかし、2016年に登場した「AlphaGo」と呼ばれるプログラムが囲碁のチャンピオンを打ち負かすようになります。このAlphaGoは既存のアプローチを使わず、代わりに機械学習を使っていたというのがポイントでした。
AlphaGoは、自分自身と何百万局も対局することでトレーニングを積み、人間なら何百年もかかる熟練者レベルまで、わずか数時間で到達することができました。AlphaGoの成功で機械学習を使ったソフトウェアの亜種が次々に登場し、同様の方法でチェス、チェッカー、将棋をマスターすることに成功していきます。
同じ頃、Google翻訳の質が突然劇的に向上し始めます。実は、Googleは統計的なものからニューラルネットワークに切り替えていました。2022年時点ではGoogleの翻訳は目を見張るほど優れたものになったとワッジ氏は評価しており、これはGOFAIでは成しえなかったものだとも話します。
次に、複雑かつ自然な文章を生成する言語モデルの「GPT-3」や音声の生成システムが登場します。これらは元々は不完全な文章を完成させるための単なる予測器にすぎませんでしたが、人間と遜色ないコンテンツを生み出すまでに成長を果たしています。
さらに、これらに続くように画像生成AIが次々と登場し始めます。「DALL-E」や「DALL・E 2」などのAIが登場するなか、ワッジ氏が画像生成AIに注目するようになったのは「Stable Diffusion」が登場してからのことだそうです。ワッジ氏はAIの「Midjourney」を使って生成したピカソ風の抽象画を「とても素晴らしく、迷わずプリントして額装し、壁に飾りたいくらいです」と評するなどお気に入りの様子。
しかしながら、急激な勢いで進歩したStable DiffusionやMidjourney、その他の画像生成AIには多くの論争があります。「まず、これらの画像は芸術的なのか、という疑問があります」とワッジ氏。これについては、AIによる画像は間違いなく芸術であり、優れているとさえ思うとワッジ氏は話します。
第二の疑問は「特定のアーティストのスタイルを模倣することはフェアなことなのか」ということです。これについてワッジ氏は「分かりませんが、それを止める方法はなさそうです。現在、人間のアーティストが生きているアーティストを研究し、そのスタイルを模倣することを止めるものは何もありません。この行為はMidjourneyなどは特に得意とするところです」と解説します。
ワッジ氏は「最後に、このことが現在のアーティストにどのような影響を与えるか、ということが重要な問題です。ここでの答えはそれほど楽観的ではありません」と述べます。
写真やアナログ・デジタルアートシステム全般、電話、自動車、レコードプレーヤー、印刷機などなど、既存のテクノロジーやそれを使う職業を過去のものにするテクノロジーはこれまでに数多く登場しています。画像等を生成するAIは既存のシステムや職業を破壊して回るような印象を受けますが、このようなテクノロジーはAIが初めてではありません。これまでの例で見られるように、優れたAIの登場により既存の環境が変化していくのは必然のことと考えられます。
ワッジ氏は「生産性の大幅な向上により多くの人が仕事を失いました。そして、残った人たちは新しい道具を使わなければなりませんでした。経済的な競争から、これまで以上に働かなければならなくなったのです」と指摘。
「労働力を節約する技術は、必然的に収益力を向上させる技術になります。トラクターがその例です。当初、トラクターは労働力の節約のために導入されましたが、結局は競争のためにすべての農家が機械を導入しなければなりませんでした。ですから、私はAIがアーティストの数を減らし、Midjourneyなどを使わざるを得なくなる社会になると予想しています。アートの消費者にとっては朗報でしょう。まるでホースから直接水を飲むようなものですから」とワッジ氏は述べています。既存のシステムが徐々に更新されていくという予想について、ワッジ氏は「毎週、新しい芸術が登場するでしょうが、社会全体が変化するわけではありません」と付け加えました。
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