広島の牛肉が未知の体験だった / 広島駅近くの激ウマ店「肉割烹 まさ㐂」と、知られざるガチ血統ブランド「比婆牛」

ロケットニュース24

広島県のウマいものといえばお好み焼きと牡蠣。それは春ごろに人生初の広島入りをした際に、たっぷりと春牡蠣を味わったので間違いない。特に県の観光連盟に連れて行ってもらった店は最高だった。ウマいだけじゃなく安いしな。

そんな感じで広島について考えていたら、またしても広島県がウマいものを教えるという。10月といえば冬の牡蠣の水揚げが始まる頃合い。ちょっと旬には早いが、きっと牡蠣だろう……と思っていたら今回は牛肉だという。ということは広島牛か。えっ、全然違う?

・比婆牛

よくわからないまま県主催のプレスツアーにて再び広島に到着。広島の牛肉といえば広島牛じゃないんか? 広島県産の牛は全部広島牛やろ? などと思っていたら、お店に到着。

広島駅から車で約5分。徒歩でも約10分程度の距離にある「肉割烹 まさ㐂」。この店で「比婆牛(ひばぎゅう)」というブランドについて教えてくれるという。


私は漠然と広島県産の牛は全て「広島牛」なのだと思っていた。それは間違いで、その意味での呼称は「広島和牛」なのだそう。

その広島和牛の中に「広島牛」や「比婆牛」というブランドがあるという形式。なるほどね。その他のブランドについては広島県のHPで詳しく解説されている。あっ、バイデン大統領が来日時に食べた「神石牛(じんせきぎゅう)」も広島和牛だったのか……!


・マルシン

まず出てきたのは「比婆牛マルシンの菊花和え」。マルシンとはもも肉の中の一部だそう。そこに菊の花やイクラを和えて、すだちと塩がまぶされている。


食べてみると、肉の素の味が圧倒的な主役だ。いろいろ入っているのでもっと賑やかな味わいかと思ったが、全ての要素が味覚を牛肉に集中させるような塩梅に感じた。冷製料理である点も素の味をわかりやすくしている。とにかく比婆牛を味わえと。

肉は非常に柔らかく、まるでマグロのトロのようにとろけていく肉質……と思いきや、しっかりと肉らしい弾力も共存している不思議な感じ。このような肉はマジに他で食べたことが無いぞ……!

まるでロースとヒレ肉のハイブリッドみたいな感じだ! それも両者の中間という感じではなく、両方同時に来る。未知すぎて自分のジャッジに自信が持てなかったので「この感想で合っていますか?」と店主に聞いたところ、そんな感じで正解とのことだった。

柔らかさと硬さの両方が一緒に味わえるものらしい。そしてジワッと染み出す系の甘い風味。確かにこれは肉の味だけで戦えますわ。最初から恐るべきポテンシャルを見せつけてくる。


・ヒレ

続いては「比婆牛ヒレ飯蒸し 丹波餡掛け」というもの。こんどはヒレ肉だ。こちらは餅米とヒレ肉を低温で調理したもの。栗や本わさびが入っている。


せっかくなので肉の部分をアップでどうぞ。最初のマルシンもそうだが、この鮮やかなピンク色の状態は、生肉とは違う。55度程度で3時間半とか、モノによってはそれ以上に時間をかけて調理したものだ。要は、相当に気合の入った低温調理


食べてみると、もはや何も感じないほど柔らかい。最初から柔らかいヒレ肉を、加熱によるタンパク質の凝固を防げる低温で何時間も調理し続けた成果だろう。


・サーロイン

そして「サーロインと煮穴子の広島菜巻き」。上に金箔が乗ってる。


アップにするとこんな感じ。


サーロインも柔らかい部位だ。そして煮穴子も柔らかい。が、ヒレほど柔らかくはないため、肉の存在感はそれなりにある。この規格外の柔らかさは、たぶん実際に食べるしか理解する方法は無いんじゃないかなぁ

煮込まれた系にありがちな、繊維が崩壊していくような柔らかさとは別物なのだ。個体が細かい粒子に分解されていくのではなく、個体が液体に融解していくような感じ

そして圧倒的甘味。煮穴子が甘いのもあるが、それを包むサーロインも甘いのだ。調味料とかの話ではなく、肉が甘い。血管に砂糖水でも流れてるんじゃないかって感じだが、きっとそういう肉質なのだろう。


・肉寿司

最後は肉寿司。


ウニが乗ったヒレ肉。実に歯切れがいい。弾力は控えめで、まるで歯がカミソリにでもなったんじゃないかというくらい、無抵抗で噛み切られていく。柔らかさの極致。ウニは比婆牛のポテンシャルを邪魔せず、風味に彩りを加える程度。


キャビアが乗っているのがマルシン。最初に出てきた柔らかさと弾力が同時に主張してくる不思議な部位だ。今回はそこにキャビアのプチプチ感が加わっている。まるで食感のテーマパークだぜ!


トリュフとセットになっているのがランプ。今回食べた中では一番硬く感じた。そのかわり、肉の風味も一番濃い。トリュフの強い香りと合わさっても負けない肉のうま味。


柔らかいヒレにソフトなウニ。食感が特徴的なマルシンに、肉には無い食感を持つキャビア。そして硬めだが風味の強いランプに、強い香りを持つトリュフを合わせたというわけか……! 店主のセンスが爆発しとるやん

ちなみにこれらの料理は夜のコースで提供されるもののうち、比婆牛を使ったものだけをピックアップした仕様。通常時に提供されるものはこんな感じ。


前日までの予約が必須で、この写真のコースのお値段は税別1万円(コースは他にもある)とのこと。また、内容は仕入れ状況で変化するそうだ。ランチ営業も行っており、2000円と手ごろな価格のメニューも。詳しくは店の公式HPをご覧頂きたい。



・比婆牛とは

という感じで、とりあえず「肉割烹 まさ㐂」と、ここで食べた比婆牛のウマさは間違いないものだった。そこで気になってくるのが、そもそも比婆牛とはどういう牛なのかという点だ。

お店には、県から畜産課の職員の方が出向いてきてくれていた。せっかく担当者が来ているのだから、ちょっと詳しく聞いてみたい。実はこの時、私には比婆牛について簡単にPRするパンフレット的なものが渡されていた。


最古だとか伝統だとか色々書かれているが、具体的にどういうことなのだろうか? 聞くと、起源は江戸時代。1843年ごろに、今の県北部 庄原市の畜産家である岩倉六右衛門なる人物が、血統的に優秀な牛を爆誕させたという。それが岩倉蔓という牛群

ほとんどの比婆牛は、この岩倉蔓と遺伝的に関連があるもよう。主に母系で継承されてきたらしく、ミトコンドリアDNAによる遡上も理論的に可能だそうだ。なお、現在の比婆牛の定義は以下の通り。


・その牛の父、母の父、母の母の父のいずれかが広島県種雄牛
・庄原市内で生まれ、広島県内で最終最長期間肥育される
・肉質等級が3等級以上
・市指定の、県内の屠畜場で屠畜された、黒毛和種の去勢牛、または未経産牛
・庄原市長発行の「比婆牛素牛認定書」を所有


ということなので、全ての比婆牛が全て岩倉蔓のDNAを受け継いでいるわけではないという側面はあるもよう。血統的関連が無くても条件は満たせるしな。それでも、県の方によるとほとんどは受け継いでいるとか。

頭数は年間で約200頭程度。希少性がヤバい。不謹慎だが、口蹄疫でも流行ったら一発で壊滅しそうなほど個体数が心もとないぞ!

万が一の際に、どのようなセーフティーネットがあるのか聞いたところ、口蹄疫発生に関わらず比婆血統を含む広島血統和牛子牛が安定供給できるよう、受精卵を生産しているそうだ。

このように数が少ないため、お値段は他の産地の牛肉と比べ、やや高いそう。末端価格にして、ヒレやロースなどは1.5倍低度だとか。

広島県としても比婆牛の数を増やしたいと考えているそうで、受精卵も販売中だ。しかし頭数が少ないため、出来高の予測のしやすさ的に、他のブランド牛ほど畜産家からの人気が出づらいとか。

分かりやすく説明すると、例えば毎年1万頭生産されるブランド牛Aと毎年100頭しか生産されないブランド牛Bがいた場合、Aの方は毎年1万件分の出来高のデータが蓄積されるのに対し、Bは100件のみ。どちらが投資先としてより信頼できるかとなれば、それはAになる。

これは従来だと主に外見などから牛の出来を判断するしか無かったという点も影響しているそう。しかし昨今では遺伝学的側面からの判断が可能になった

県としては現状の生産数の少なさに起因する、畜産農家視点でのデメリットを、こうした近代的な技術によって解消しようと試みているそうだ。


・唯一のGI登録

しかし今聞いた話だけだと、微妙にただのマイナーブランド的な雰囲気がしなくもない。何か我々食べる方にとってのわかりやすい強みは無いのだろうか?

聞くと、それもちゃんとあるもよう。実は広島和牛の中で比婆牛だけが、農水省による地理的表示保護制度に登録されているのだ!

地理的表示保護制度とは、伝統的な生産方法や、生産地の地理的・気候的特徴が、その品質の特性に結びついているものを知的財産として保護するためのもの。登録されると赤いGIマークがつく。


条件を満たさず品質が守られないものは登録されないので、消費者サイドとしては品質の保証度がダンチというメリットがある。

登録されているのは令和4年10月の段階で120品のみ。他には、夕張メロンとかイタリアのプロシュット・ディ・パルマとか、そういうガチなブランドが農水省のリストに並んでいる。

ぶっちゃけ比婆牛とか1ミリも聞いたこと無かった(首都圏ではほぼ流通していないという)が、相当な実力を有していると見て間違いないだろう。

また、昨今の和牛業界では肉のオレイン酸含有量の多さで良し悪しが決まる的な風潮があるが、比婆牛はその点も遺伝的に有利らしい。これは祖先の岩倉蔓がそういう特徴を持っており、それを遺伝で受け継いでいるもよう。

オレイン酸が多いと肉は柔らかく、甘くなる傾向がある。そういえば食べた肉の感想も、意図せず柔らかさと甘さに言及するものが多かった。

広島の食い物といえば お好み焼き or 牡蠣 みたいなイメージだったが、そうか、牛肉というのもあるのか……! 皆さんも広島観光の際には牛肉を候補に入れてみてはどうだろう。上でも書いたが、記事に出てきた「肉割烹 まさ㐂」は前日までの予約が必須なので、その点は注意してくれ!

参考リンク:広島公式観光サイト肉割烹 まさ㐂広島県農林水産省
執筆&Photo:江川資具

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