Covid-19後の中国の「リベンジ買い」の期待は実現せず、美容ブランドは窮地に立たされている。
失業問題、不動産バブルの崩壊、消費意欲の低迷など、パンデミック後の中国の景気回復は停滞している。6月19日、中国中央銀行は経済成長を促進するため、国営銀行が発行する融資の主要金利を引き下げた。5月、中華人民共和国国家統計局は、中国が2023年第1四半期のGDP成長率で前年同期比4.5%を達成したと発表したが、この第1四半期の成長率を上回ったのは、倉庫業や運輸サービス業などさまざまな業種で構成されるサービス業セクターのみで、中国の景気回復が予想や期待されたよりも依然として遅く、浮き沈みが多いことを示している。
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中国の3月の消費財小売総売上高は前年比10.6%増と大幅に増加し、2021年6月以来初めて2桁の伸びを記録した。さらに国家統計局によると、4月の小売売上高は18.4%増だったが、5月は12.7%増にとどまった。戦略国際問題研究所のリサーチ・アソシエイトで中国ビジネスおよび経済学理事のチン・メイ氏は6月1日付のレポートで、中国がCovid-19の最大の波に直面した2022年春の小売売上高が「著しく低調」だった点を考慮すると、この成長率の数字は疑わしいと注意を促している。
「好調な前年比成長率の数字ではなく、不均等な回復のリスクとその長期的な影響に観測筋はもっと注目すべきだ」 とメイ氏は書いている。
消費をためらう中国の消費者
2020年当時からそれ以降、美容業界とファッション業界は、中国の消費者が大挙して商品を購入するリベンジ消費の可能性について活発に議論してきた。だが、現在の状況は、こうした期待を妨げている。2023年5月の中国の失業率は5.2%で、4月の16カ月ぶりの低水準からは変化していないが、若者の失業率は高い。中国国家統計局によると25歳から59歳の失業率は、5月には前月の4.2%から4.1%に低下したが、16歳から24歳の失業率は20.4%から20.8%に上昇し、過去最高を記録した。中国の不動産市場も市場に過剰供給した建築ラッシュの時期に動揺している。ニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times)によると、中国政府は過去の景気低迷期に不動産やインフラへの支出を拡大し、経済の活性化を図った。だがデベロッパーは負債を抱え、都市には多くの空き家が生まれ、地方政府は長年のCovid-19のテスト費用での財政が枯渇している。さらに重要なのは、米国の家計資産の28.5%が不動産なのに対して中国は家計資産の70%が不動産であり、これは何百万人もの中国の消費者が脆弱で消費をためらっていることを明確に示している。
「長期的には売上は回復するとまだ楽観視しているが、回復のスピードについては判断を間違っていた」と述べたのは、コーダリー(Caudalie)、ジュエ(Jouer)、レヴィーヴ(RéVive)といった美容ブランドの中国での販売代理店GEDのCEO、ジャン=フィリップ・ベノワ氏だ。「中国の人々は2、3年のロックダウンの後、Covid-19に疲れてすぐにでもレストランやショッピングモールに出かける機会をつかむだろうと思っていた。だが、そうはならなかった。中国人は非常に慎重だ」。
ベノワ氏は、よりハイエンドなブランドは不安定な中国経済の影響は受けないと考えており、この地域の外国ブランドは忍耐強く、実用的で不屈であることが必要だと述べた。そうしたブランドのひとつがレヴィーヴで、回復の遅れの影響を感じつつも、新しい市場アプローチによって覚悟を決めている。レヴィーヴのCEOイレーナ・ドレル・ザイファー氏によると、レヴィーヴは2019年の市場参入以来、中国での売上を2桁成長させており、2023年の売上成長率は1桁台にとどまるだろうと予測している。
プラットフォーム間競争の影響
レヴィーヴは越境ECでのみ販売しているが、アリババ(Alibaba)のTモールグローバル(Tmall Global)から離れて小売チャネルを多様化している。レヴィーヴは抖音(ドウイン)のようなプラットフォームをリストに追加し、中国が現在は動物実験法にいくつかの免除を与えているため、中国本土の店舗で販売するための製品登録に取り組んでいる。以前は約45%だった中国での売上に占めるTモールの割合は現在35%に達している。Tモールは中国での売上の35%を占めるようになったが、以前は約45%だったとドレル・ザイファー氏は述べた。
「ふたつのことが起こっていた」とドレル・ザイファー氏は言う。「ひとつは(Tモールでの)競争が激しくなり、商品のプロモーションがより頻繁に強力に行われるようになった。ふたつ目は、消費者が買い物をしたい場所をほかに見つけたことだ。消費者がどこに行くのかを見据えて多角化を推進している」。
プラットフォーム競争の影響は、最近の6月18日のショッピング・フェスティバルで顕著だった。これはアリババ傘下のJD.comの創業日にちなんで名付けられたイベントだが、今ではJD.com、Tモール、ピンドゥオドゥオ(拼多多、Pinduoduo)など、現地の主要なeコマースプラットフォームがすべて取り入れている。アリババによると、6月18日に305のブランドがショッピングサイトで1億元(約20億円)以上を売り上げたという。しかしロイターの報道では、JD.comは今年の商品総生産(GMV)の数字は発表せず、売上高が過去最高を記録したことだけを伝えるとしている。GMVはeコマース事業の業績を判断する一般的な手法で、総取引件数と平均注文金額を集計する。アリババは2022年11月に売上が伸び悩む中、独身の日とも呼ばれる11月11日の祝日のGMVの数字の公表を中止している。
「市場シェア争いに消極的で、最終的に損失を被る傾向がみられる」と、LVMH、タルト(Tarte)、ニューフェイス(NuFace)、パッチョロジー(Patchology)などをクライアントに持つ、アジアで事業展開するフルサービスのトレードパートナーWPICのCEO、ジェイコブ・クック氏は言う。「3、4年前、(ブランドは)できるだけ多くの市場シェアを獲得するために戦っていた。今はビジネスの収益性の高い部分を拡大し、成長は遅いが、より持続可能なレベルで成長することに注力している」。
クック氏は、Appleのような企業のあいだでは、6月18日のショッピングイベントのためにライブ配信枠ごとに3万ドル(約435万円)から5万ドル(約725万円)を稼ぐことができるオースティン・リー氏(李佳琦氏)のような高額なキーオピニオンリーダーを参加させるのではなく、独自のコンテンツを制作する傾向があると指摘した。独自のオーディエンスを構築することで、企業は売上マージンを水増しして、利益に影響を与えることなく、販売されている製品を提供することさえも可能になる。6月18日のイベントの期間は、中国の消費者を惹きつけるためにアリババのさまざまなプラットフォームが数十億元のクーポンや補助金を提供するなど、大幅な割引が目立った。
中国本土とアジアのトラベルリテールにおける不透明感
超ラグジュアリーブランド、すなわちファッションにおけるラグジュアリーブランドは予想以上に好調だ。4月、LVMHは、主に中国での販売が牽引して第1四半期の収益が前年同期比で17%増加したと発表した。エルメス(Hermès)では、旧正月の影響で日本を除くアジアでの第1四半期の売上高が前年同期比23%増となった。しかし超高級ブランドの顧客は富裕層であるため、歴史的に景気変動の影響をある程度は受けないが、プレミアム製品やマス製品の場合は、これらの製品を贅沢品と考える価格に敏感な消費者を抱えている。特にマスビューティは、パーフェクト・ダイアリー(Perfect Diary)やフローラシス(花西子、Florasis)といった現地のブランドとの競争に直面している。
エスティローダーカンパニーズ(Estée Lauder Companies)が5月に発表した最新の業績報告では、中国本土とアジアのトラベルリテールにおける不透明感が継続していることが指摘された。エスティローダーカンパニーズの報告によると、中国本土は2023年度第3四半期に成長に転じ、前年同期比で1桁台前半の売上増となった。第4四半期は2桁の売上成長が見込まれている。しかしエスティローダーカンパニーズは、主にアジアのトラベルリテールの影響を理由に第4四半期の予想を下方修正し、通期のオーガニック売上高と1株当たり利益の見通しを引き下げた。
「アジアのトラベルリテールと中国での当社のビジネスへの実際の影響は、これらの市場でのトラフィックとプレステージビューティの売上転換の回復が予想以上に遅れていることなど、パンデミックで長期化した課題を考えると、程度は低いものの予想よりもはるかに大きくなっている」と、エスティローダーカンパニーズのエグゼクティブバイスプレジデントでCFOのトレイシー・トラヴィス氏は決算説明会で述べている。「アジアのトラベルリテールの回復の形がより鮮明になるにつれ、予想よりもはるかに不安定で、ほかの市場で経験したものと比較すると回復が緩やかになっていることが判明している」。
国内ではすでに強い旅行回復の兆しが見られるが、外国旅行はビザの滞留や旅行者のためらいによって依然として厳しい状態が続いている。マッキンゼー(McKinsey)によると、2月上旬の旧正月には3億800万件の国内旅行があり、ほぼ3760億元(約7.5兆円)の観光収入があった。国内旅行は2019年の数値の90%まで回復し、支出もパンデミック前の約70%まで回復した。だが海外旅行の予約は依然として短距離の旅行に遅れをとっている。ドラゴンテイルインターナショナル(Dragon Tail International)が発表した調査によると、5月第1週の中国の労働節休暇の前夜、中国人旅行者の半数以上が今年の海外旅行の計画を立てていないと答え、31%が海外旅行にはまったく行かないと回答した。一方、4年前には、中国本土からの海外旅行者は世界最大のアウトバウンド旅行者となっており、世界のアウトバウンドトラベル支出の17%となる約2530億ドル(約36.6兆円)を占めていた。
今はまだ待ちの姿勢
「人々の行動に大きな変化が見られる。現在、健康とウェルネスが間違いなく大きなトレンドとなっている。また、アウトドア、水泳、ジムなど、新しい趣味に興味を持ち始めている」とクック氏は言う。
今のところブランドが取るべき方向性は限られており、ほとんどが待ちの姿勢に思える。一部のブランドは、この国から完全に撤退することを選択した。2022年以降、エスティローダーカンパニーズ傘下のトゥーフェイスド(Too Faced)とグラムグロウ(Glamglow)、そしてフダビューティ(Huda Beauty)と韓国のスキンケアブランドのザ・フェイスショップ(The Face Shop)は、Glossyの以前の報道では、厳しい競争やマーケティング戦略の変更、そして経済全般への逆風のために軒並み撤退した。しかし、その間にもP&G傘下のトゥーラ(Tula)やオネスト・コー(The Honest Co.)など他のブランドが参入している。一方、ロレアル(L’Oréal)は、新たに買収したブランド、イソップ(Aesop)の中国での展開を支援するとしている。
「米国人は戦略を立て、事業計画を立て、再予測などができるように、ビジョンと計画を持ちたいと思っている」と、フランス生まれのベノワ氏は言う。「私はこれらをすべてやっているわけではない。ほかの人たちと同じように現場に耳を傾けているが、ひとつだけ確かなことを知っているので、気にしていない。つまり(経済は)いつか再スタートし、以前の状態に戻り、さらによくなるだろうということだ」。
[原文:Beauty & Wellness Briefing: What happened to China’s ‘revenge buying’ boom?]
EMMA SANDLER(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)