Appleは長年、ユーザーのプライバシー保護をうたってきた。この「美徳アピール」については、「シリコンバレーを拠点とする広告大手の競合に不利な状況を作る意図が隠されている」と多くの人が考えていたが、その説を裏づけるかのようなGoogleの計画が2月16日に発表された。もともとPCブラウザ向けに開発されたプライバシーサンドボックス(Privacy Sandbox)を、Android OSにも試験的に導入するというのだ。
つまり、オンライン広告最大手Googleが、世界でもっとも高い普及率を誇るモバイルOSのAndroid上で、モバイル広告識別子(以下、MAID)の利用制限強化を図ることになる。これまでにわかっている事実情報を以下にまとめてみよう。
主なキーポイント
- Googleは、Android版プライバシーサンドボックス機能の初期設計案を今四半期中に提示する。
- 年末に向けて、設計案に対するデベロッパーからのフィードバックを参考に開発を進める反復作業を続ける。
- 2022年末にはベータ版をリリース予定。
- 2023年には「スケールアップ試験」を実施する。
Googleの会見の骨子
Googleは、Android OS搭載モバイル端末に割り振られる従来のMAIDである広告IDのサポートを、「少なくとも2年間」継続するとしている。今後の変更については関係者に十分な時間的余裕をもって事前に通知すると、プロダクトマネジメント/Androidセキュリティ&プライバシー部門のバイスプレジデントをつとめるアンソニー・チャベス氏はいう。
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チャベス氏は2022年2月第3週に行われた記者会見で、出席者を安心させるためか、Androidのプライバシー保護強化策は全対象者に適用され、「プラットフォーム上のデータへのアクセス権限については、どの事業者も特別扱いはしない」と明言した。
チャベス氏はさらに、ファーストパーティデータとサードパーティデータの区別に関するGoogleの考え方を説明し、ファーストパーティデータは、Android端末ユーザー情報が「複数の事業者間で」共有されるサードパーティデータとは「根本的に異なる」と述べた。
また、チャベス氏は、「我々は今後も引き続き、Android上のファーストパーティデータのユースケース(使用事例の定義)に対応する一方で、サードパーティデータを他社と共有する必要性を減らす新たなソリューションを構築する」とつけ加えた。
今後の計画は?
今回発表された計画は、Googleが規制当局および業界各社に提出して2020年から試験運用を続けているプライバシーサンドボックスの設計提案にもとづくものだ。この取り組みは、サードパーティCookieを含む従来型ターゲティングツールのサポート終了後を見すえ、最終的には、ウェブブラウザだけでなくAndroid OSも対象とする広告のターゲティングと効果測定の技術標準確立を目指す。
Google公式ブログの記事でチャベス氏は次のように述べている。「プライバシーサンドボックスは、サードパーティとのユーザーデータ共有を制限し、広告IDなどのクロスアプリ識別子なしで運用できる広告ソリューションだ。また我々は、アプリと広告SDKをより安全に連携させる方法を考案するなど、ユーザーデータがひそかに収集されるリスクを減らすための技術開発も進める」。
チャベス氏は、「クロスアプリ識別子に依存しない、プライバシー保護に配慮したAPI」の開発には、「業界各社との緊密な技術協力が欠かせない」と強調する。
開発予定のAPIは、アトリビューションレポート、コンバージョン測定、広告のパーソナライズ(リターゲティングを含む)などの主要マーケティング機能を、デスクトップ版のプライバシーサンドボックスですでに提案されたユースケースに近い形で実現することを意図したものだという。
チャベス氏は次のように説明している。「Android版独自の機能として我々が提案したいのは『SDKランタイム』(SDK runtime)で、アプリとサードパーティの広告関連SDKとのより安全な連携を可能にするソリューションだ。これは、ユーザーデータがひそかに収集され共有されるリスクの低減に向けた大きな一歩となると考えている」。
Android OSのエコシステムはどうなる?
業界では、AndroidのMAIDを利用した広告配信を制限するGoogleの計画を警戒する人もいる。近年、iOSを取り巻くエコシステム内で激しい反発を招いた、広告識別子IDFAの利用を制限するAppleの取り組みに不気味なほど似ているように見えるからだろう。
チャベス氏は、Googleの協力的な姿勢は他プラットフォーム(Appleのこと)の「遠慮のない姿勢」と対照的だと述べ、デベロッパー各社は初期設計案を精査したうえでAndroidのデベロッパー向けウェブサイトにフィードバックを投稿できるメリットがあると力説した。
アドテク投資家でファーストパーティ・キャピタル(First Party Capital)の創業パートナーであるキアラン・オーケイン氏が同社のニュースレターに最近投稿した記事によると、Googleの計画発表の噂は数週間前から流れていたという。
「いま、業界がおかれている状況は、トム・ハンクス主演の映画『キャスト・アウェイ(Cast Away)』を思わせる。太平洋に墜落した貨物機から脱出し、救命ボートにしがみついて助かった主人公は無人島に漂着し、救出を待つが、しだいに正気を失っていく」とオーケイン氏は語る。
「この混乱を脱出する方法は、従来のサードパーティCookieやMAIDに頼らない計測とターゲティングの技術に再投資することだ」。
モバイル計測サービス事業者や広告主のなかには、過去にGoogle主導でMAIDによるトラッキングの制限が行われたときのような危機感をすでに抱いている企業もあり、プライバシーサンドボックス実装計画についてGoogleに問いただしたい思いにかられていることだろう。
モバイル計測会社コチャバ(Kochava)のチャールズ・F・マニングCEOによると、Googleはエコシステム内の企業と協業した経験があり、バリューチェーンのさまざまな利害関係者のニーズに応えられるソリューションを最終化できるよう連携するだろうという。
「Googleがデータの支配権を奪おうとしていると考える業界関係者もいるかもしれない。しかしそれは現実的ではないと思う」とマニング氏は述べている。「過去10年間で消費者は、ほぼ至るところでモバイルコンピューティングにアクセスできるようになった。OS提供者は当然ながら、モバイル端末の機能強化と利用者のプライバシー管理のバランスが取れるような設定変更を可能にするため、技術革新を続けている」。
一方、モバイルアプリ開発者支援サービスで知られるブランチ(Branch)のCEO、アレックス・オースティン氏は米DIGIDAYの取材に応えて、プライバシー保護強化の動きを歓迎しながらも、強化策の抜け穴を利用しようとする不心得者が出てくる可能性を指摘した。
「Googleの広告IDは信頼性が高く、アクセスしやすいMAIDだ」とオースティン氏はいう。「しかし、MAIDの利用に制限がかかると、非常識な会社(もちろん当社は違う)が回避策として、ユーザーに個人情報をコントロールさせないようなMAIDの代替手法を考案しようとするだろう。結果として、ユーザーのプライバシー侵害を引き起こすかもしれない」。
[原文:The Rundown: What you should know now that Google is bringing its Privacy Sandbox to Android]
RONAN SHIELDS(翻訳:SI Japan、編集:長田真)