旧ソ連の大統領で、ノーベル平和賞も受賞したミハイル・ゴルバチョフ氏が2022年8月30日に亡くなった。91歳だった。
父はロシア人、母はウクライナ人、妻もウクライナ系。生まれ故郷はロシア人とウクライナ人が住む小さな農村だった。今日のロシアとウクライナのねじれた関係を体現したような人物だった。
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ゴルバチョフ氏と妻のライーサさん(1987年)。ともに親族にウクライナ系のルーツを持つ(米ホワイトハウス写真コレクションより)
母の手紙を口述筆記
ゴルバチョフ氏は1931年、ロシア南部の北カフカスに近いプリヴォリノエ村で生まれた。『ゴルバチョフ――その人生と時代』(ウィリアム・トーブマン著、白水社)によると、一帯はいわゆる開拓地。18世紀以降、コサックや農奴、追放された農民などが入植し、開墾した土地だ。村民はロシア人とウクライナ人が半々だった。
ゴルバチョフ氏の父方の祖先は19世紀末に、ロシア内部から移住してきた。母方はウクライナ北部チェルニゴフからやってきた。祖父母はウクライナ人。したがってその娘で、後にゴルバチョフ氏を生むマリーヤさんもウクライナ人だった。
ゴルバチョフ氏は3歳からの数年間を、ウクライナ人である母方の祖父母と集団農場で暮らした。13歳になるまで列車を見たことがなかったという。生まれ故郷は相当の田舎だったことがわかる。
ゴルバチョフ氏の母は、ロシア語の読み書きができなかった。母が独ソ戦で出征した夫に宛てて手紙を書く時は、まだ子どもだったゴルバチョフ氏が口述筆記していた。