お店に入って注文をして、料理が出てくるのを待っている間に厨房が見えたとする。ちょっと気になって見ちゃいますよね。
でも、お客さんから厨房が見えるということは、厨房からもお客さんが見えているということ。厨房からだと、お客さんの様子はどう見えているんだろう。
気になったので実際に厨房に立つお店の人に聞いてみました。また、お客さんは厨房が見えるお店でどこを見ると面白いのか、そのポイントも聞いています。
地域で愛されている人気ラーメン店に聞いてみた
今回話を聞いたのは東京・江古田にあるラーメン店「横浜家系ラーメン 五十三家(いそみや)」さん。地域に愛されているお店である(地域からの愛されエピソードは後半に出てきます。泣けるので期待していてください)。
満席のカウンターの向こうに見える厨房では店主の五十嵐さんが忙しそうに働いていた。客席から見ると、麺を茹で、スープを作り、ご飯をよそい、お客さんに届ける、というのを全て厨房で行っているのが分かる。
まったく無駄のない動きにほれぼれしてしまうが、まずは普段通り、客席から厨房の様子についてあらためて見てみる。
普通に座って見えるのは、厨房のごく一部。店主が忙しそうにしているのは見えるが、手元は見えないので何をやっているかまでは正直分からない。
お! 麵の湯切りだ! かっこいいぞ!
と思ったらギリギリ見えず!
この見えそうで見えない感じがよけいに魅力的でもあるのだ。
だからつい覗き込んじゃう(お店の了解を得て覗き込んでます)。
厨房側からお客さんはどう見えているの?
これ、逆に厨房側からはお客さんはどう見えているのだろう。そして、お店の人はお客さんから見られているという自覚はあるのだろうか。
店主の五十嵐さんに聞いた。
「そうですねー、お子さんにすっごい見られたりするとやっぱり緊張しますね。厨房からもお客さんの顔はわりとよく見えているので」
やっぱり緊張するのだ。逆にお客さんのことはどのくらい見ているのだろう。
「見てますよ。でも、あからさまに見ているのが伝わっちゃうと食べてる方もプレッシャーですよね。だから、ばれないようにチラチラ見るようにしています」
厨房からはお客さんのどこを見ているのかも聞いてみた。
「やっぱりお客さんを待たせたくないですからね、入ってきて食券を買うところから何買ったかな? って見てます。あと、うちはご飯のお代わりが無料なので、ご飯を出したタイミングを覚えておいて、そろそろ食べ終えたかな、とかも見てますね」
そんなにいろいろ見ていたとは。もしかしたら厨房からだとお客さんのことがすごくよく見えるんだろうか。
今回は特別にお願いして、厨房からの景色を見せてもらった。
憧れの厨房に入れてもらいました。
なるほどー、これが厨房かー。
五十嵐さんにお客さんとしてカウンターに座ってもらい、僕が厨房に立って見させてもらった。
そしたら驚いた。
厨房からだとこうやって見えるんだ!
予想してたよりも視界が狭いのだ。カウンターの中は、キャンピングカーみたいに隙間なく厨房機器やら食器やらが配置されている。
確かに食券の券売機は見えるが、お客さんが座ってしまうと顔しか見えない。顔しか見えないからか「見られている」感もすごい。そして、けっこうな圧を感じる。
この状態でラーメンを作りながら、ご飯のお代わりのタイミングを見計らっていたのか。それはすごいことだぞ。
お客さんには厨房のここを見てもらいたい!
厨房って、実際に立ってみると、お客さんからの視線をもろに確実に感じることが分かった。
見られている前提で仕事をするからには、見てほしいところと見られたくないところがあるんじゃないか。お客さんに「ここを見てほしい」とか、意識してるところがあるかを聞いてみる。
「スープの鍋を混ぜてるところですかね。これはコツがいるしダイナミックで目立つ作業なので」
お店では毎日大量のトンコツを煮だしてスープを作っている。この作業、常に気を配ってかき混ぜておかないと焦げ付いてしまってスープをダメにしてしまうのだ。
もちろん、これが見られるのはスープを店内で手作りしているお店に限られる。つまり、これを見せることでお客さんに「スープも手作りですよ!」と厨房からアピールしているのだ。
お客さんの視線を想像しながら、ちょっとやらせてもらった。
そしたらものすごく重い。すみません五十嵐さん、まったく動かないんですけど。
「コツがあるんです。腰を入れてぐっと下に押す感じなんですが、力いっぱい押すと鍋ごと動いちゃうので、ある程度、優しさをもって」
力強く、だけど優しく。これ、一朝一夕にできるものじゃないし、お客さんの目を意識しながらできるものでもないぞ。そして恥ずかしながら、ラーメン屋さんってこんなに力仕事だったんだ、とあらためて思った。
他に見てほしいところはあるだろうか。
「あとは、これはどの飲食店でも言えることだと思うんですが、厨房がきれいに掃除されてるかどうか。汚れた厨房を見られたくないので、どこを見られてもいいように常に気を付けていますね」
五十嵐さんも外食するときはやっぱり厨房を気にしちゃう、と言っていた。
「ラーメン店ってどうしても油を使うので、こまめに掃除しておかないとべとべとになっちゃうんです。厨房のすみまで時間かけて掃除してるお店は、やっぱり信用できるかなと」
そういえばこのお店の厨房はピカピカだ。
「きれいなお店って、意外とそれが当たり前に見えちゃって印象に残らないんですよね。汚れているとすぐ気づいちゃうんですが」
確かに。
五十三家では掃除も含め、閉店作業にだいたい2時間くらいかけているのだとか。見られても大丈夫なように見られてないときにもがんばる。そういうお客さんに対する姿勢みたいなものが見えてしまうのも厨房なんだろう。
ここまで話を聞いてきて、五十嵐さんのお店とお客さんに対する「こだわり」の強さがすごくよく分かった。ここにもう一つ、分かりやすいお客さんとお店とのエピソードがある。
お客さんがお店を救った「おごってやるよ」企画
どこを見られてもいいように厨房をピカピカにしている五十三家さんが、いかにお客さんに愛されているかが分かるエピソードがある。
「五十三家おごってやるよ」企画である。
新型コロナウイルスの影響でお店の営業時間が短縮された。さらに、よく来てくれていた近所の大学生たちもアルバイトがなくなって収入が減少し、ラーメンを食べに来られなくなった。そんなこんなでお互いに困っていたときのこと。
近くの大学の卒業生が、仲間を募って集めたお金を五十三家に預けたのだという。これで後輩にラーメンおごってやってください、と。
このお客さんが始めた運動が人伝いに広がり、最終的には70人がおごり、800人がおごられたというからすごい。
お店に置かれたノートには、おごってもらった後輩が書いた感謝のメッセージが連なっていた。
「バイトがなくて食に困っていたので助かりました」
「お金がなくて困ってました」
これには五十嵐さんも驚いたという。
「最初はだまされてるのかと思いましたよ。だって、うちにはメリットしかないんですから」
分かる。
この「おごってやるよ」企画をはじめたお客さんは、この場所に五十三家がなくなってしまうのは困る、という思いだけで動いてくれたのだとか。かつて先輩からおごってもらって嬉しかった卒業生が、今度は顔も知らない後輩たちにおごる。後輩喜ぶ、お店助かる。特にお願いしたわけでもないのに、である。
この写真もお客さんだった学生さんが撮ってくれたものらしい。
この時のお店は、新型コロナウイルスによる自粛の影響に加えて、設備への投資なども重なり、先行きが不透明な状態だった。ぽろっとTwitterに弱音をはいたこともあった。
そんなお店の状況を、お客さんはしっかり見てくれていたのだ。
「どうしてそんな夢みたいな企画がうまくいったんですか、って聞かれることがあるんですけど、本当に分からないんです。分からないからいつも『愛ですかね』って答えてごまかしちゃってます」
ちょっと照れくさいけど、それは愛ですよ、五十嵐さん。
やっぱり厨房に立つ五十嵐さんを客席から見るのが一番かっこいい。(僕はおまけ)
お客が厨房を見るとき、厨房もお客を見てる(かもしれない)
客席から見る厨房と、厨房から見る客席とでは、まったく別の景色が広がっていた。いままで意識していなかったけど、僕らが厨房を見ているように、厨房もやっぱり僕らを気にしているのだ。
せっかく食べに行くなら、こうやって気にして気にされる、おなじみの店を作っていくのもいいなと思った。
【取材先紹介】
横浜家系ラーメン 五十三家(いそみや)
東京都練馬区栄町4-7西村ビル1F
電話:03-5946-9918
Web:http://www2.ttcn.ne.jp/isomiya/
Twitter:@isomiya
取材・文・撮影:安藤昌教/デイリーポータルZ
まいにち休まずゆかいな気分になる読みもの記事を更新するウェブメディア。楽しく仲良く運営してます
Twitter:@dailyportalz
編集:はてな編集部
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