今回のテーマは「ウクライナ危機を政治利用するトランプ」である。米エマーソン大学(東部マサチューセッツ州)の世論調査(22年2月19~20日実施)によれば、「仮に2024年米大統領選挙が今日行われ、候補者がドナルド・トランプ氏とジョー・バイデン氏であったら、あなたはどちらの候補に投票しますか」という質問に対して、48%がトランプ氏、44%がバイデン氏と回答した。トランプ氏がバイデン氏を4ポイントリードした。
トランプ前大統領はウクライナ危機を政治利用して、今秋の米中間選挙に向けて弾みをつけたい考えだ。ではトランプ氏はこの危機をどのように利用しようと考えているのか――。
バイデンの高い理想
バイデン大統領は2月22日ホワイトハウスでの国民向けのテレビ演説で、「自由を守ることは我々にもコストがかかる」と説明し、米国民の理解を求めた。自由を擁護するために科した経済制裁は、原油価格の高騰を招き、ロシアのみならず米国にも悪影響を及ぼすからである。
同じ演説でバイデン氏は、経済制裁はロシアに対して最大限の効果を発揮するものであり、米国民および同盟国やパートナーに対する打撃は最小限に抑えると約束した。
バイデン大統領は民主主義国家の担い手である米国には、「自由」を守る道徳的義務があると信じている。米国の文化的価値観である自由の重要性を再確認し、リーダーとして高い理想を米国民に示したといえる。
厳しい現実
ただ、この議論は反共産主義と民主主義擁護の風潮が強かったレーガン元政権時代では効果的であったかもしれない。他国の衝突に巻き込まれることに不快感をあらわにするトランプ氏の「米国第一主義」が一定の支持を受け、社会の分断が進む現在の米国では、バイデン氏の訴えは以前ほど説得力を持たない。
しかもロシアへの経済制裁によりガソリン価格など物価が高騰する中で、米国民はウクライナの「自由」を擁護するために自分たちの生活を犠牲にすることには消極的だ。
米ワシントン・ポスト紙とABCニュースの共同世論調査(22年2月20~24日実施)によれば、「たとえ米国のエネルギーの価格が高騰しても制裁を支持する」と回答した米国民は51%であった。共和党支持者は全体の数字よりも7ポイント低く、44%に止まった。これが現実であり、バイデン氏の理想との間にギャップが生じている。
学歴で異なるロシア対応の支持率
米ワシントン・ポスト紙とABCニュースの共同世論調査では、バイデン氏のロシア対応に関して33%が支持、47%が不支持と回答した。不支持が支持を14ポイント上回った。
ただし学歴別にみると、バイデン氏のロシア対応に対する評価が異なる。高卒以下は支持が29%、不支持が45%であり、不支持が支持よりも16ポイントも高い。
ところが大卒は支持が38%、不支持が45%で、その差が7ポイントまで低下した。大学院卒になると支持が48%に上昇し、不支持が43%に下がり、支持が不支持を3ポイント逆転した。
「米国第一主義」の影響?
バイデン氏が直面している理想と現実との乖離は、大学院卒と大卒においては高卒ほど大きくない。高学歴になるほど、バイデン氏が訴える自由と自己犠牲の精神に基づいたウクライナ支援が支持されていることが分かる。
では、なぜ高卒以下はバイデン氏の理想を受容しない傾向があるのか。
高卒以下はトランプ支持者が多く、彼らは「米国第一主義」の信奉者だ。もちろんトランプ支持者も自由を尊重するのだが、今回のロシアとウクライナの衝突で見えてくるのは、彼らの「内向き思考」である。率直に言ってしまえば、彼らは他国における自由の擁護にほとんど価値を置いていないのだ。
ウクライナ危機を利用して分断を煽るトランプ
トランプ前大統領は2月26日、南部フロリダ州で開催された保守政治行動会議(CPAC:シーパック)で演説を行い、バイデン氏の理想と現実のギャップをさらに拡大させるために「2つの国境」に焦点を当てた。バイデン政権は移民が不法入国する米国とメキシコとの国境よりも、ウクライナとロシアの国境を優先していると痛烈に批判した。
その上で、ウクライナの自由を守るために米国民に犠牲を求めるバイデン氏を厳しく非難したのだ。
トランプ前大統領の狙いはこうだ。バイデン大統領のロシア対応を支持する米国民と、ウクライナのための自己犠牲に反対する米国民の分断を煽り深めることである。
トランプ氏は今回のウクライナとロシアの衝突を機に、米国民が反ロシアで団結し、米国社会が統一することを阻止したいのだ。というのは、トランプ前大統領の視線の先にあるのは今秋の中間選挙と24年の大統領選挙である。米国社会の統一は、双方の選挙においてバイデン氏に多大なアドバンテージを与えてしまう。
トランプ氏にはウクライナ危機は分断を煽り維持するための「道具」でしかない。
なぜプーチンはトランプ政権時代に侵攻しなかったのか?
トランプ前大統領は保守政治行動会議での演説で、「ブッシュ政権下でロシアはジョージアを侵略した。オバマ政権下でロシアはクリミアを併合した。バイデン政権下でロシアはウクライナを侵略した。21世紀において私はロシアが他国を侵略しなかったときの唯一の大統領だ」と豪語した。確かにその通りだが、なぜプーチン氏はトランプ政権時代にウクライナに侵攻しなかったのか。
21年8月のアフガニスタン駐留米軍撤退と無関係ではあるまい。バイデン政権は同年11月からロシアがウクライナとの国境の部隊を増派したと明かした。
プーチン大統領はアフガニスタン駐留米軍撤退の混乱と、バイデン大統領の戦争回避の意思を「弱さ」と判断したのではないだろうか。一言で言えば、バイデン氏の足元を見たのである。
トランプ前大統領は同演説で、プーチン大統領がアフガニスタンからの米軍撤退を見て、ウクライナ侵攻を意思決定したと述べた。今後、トランプ氏は中間選挙に向けてアフガニスタンとウクライナを結びつけてバイデン氏を攻撃し続けるだろう。
プーチンまで利用するトランプ
バイデン支持者とトランプ支持者はプーチン大統領をどのようにみているのか。プーチン氏と習近平国家主席を比較してみよう。
エコノミストと調査会社ユーゴブの世論調査(22年1月29~2月1日実施)によれば、「ウラジミール・プーチン氏は強いリーダーですか?」という質問に対して、20年米大統領選挙でバイデン氏に投じた有権者の55%、トランプ氏に投票した75%が「はい」と回答した。トランプ支持者はバイデン支持者よりも「はい」が20ポイントも上回った。
同調査(同年2月5~8日実施)では習氏について、バイデン氏に投じた有権者の45%、トランプ氏に投票した53%が強いリーダーであると答えた。トランプ支持者は習氏よりもプーチン氏を「強いリーダー」と捉えている。
これに対して、米ワシントン・ポスト紙とABCニュースの共同世論調査では、「バイデン大統領は強いリーダーですか?」という質問に、有権者の36%が「はい」、59%が「いいえ」と回答した。「いいえ」が「はい」を23%も上回った。ウクライナ危機においてバイデン政権の外交努力が実らず、経済制裁を科してもロシアの軍事侵攻を抑止できない状況が数字に反映されているとみてよい。
トランプ前大統領はウクライナ東部2地域の独立を承認したプーチン大統領を「天才」と呼び、「賢い」と称賛した。プーチン氏と比較して、バイデン大統領のリーダーシップの欠如と無能さを強調する意図があったことは確かだ。
ロシアが軍事力でウクライナの領土を蹂躙し死者が発生しているのにもかかわらず、トランプ氏は両国の衝突を政治利用しているのだ。