今回のテーマは「逆差別――トランプの新たなメッセージ」である。ジョー・バイデン米大統領は連邦最高裁判事の後任に、米国史上初となる黒人女性を2月末までに指名すると約束した。一方、ドナルド・トランプ前大統領は人種を絡めた新しいメッセージを打ち出した。そのメッセージとは何か――。
「人種差別」の経験
読者の皆さんは米国で人種差別を受けた経験があるだろうか。
私事で恐縮だが、2001年同時多発テロの後、西部オレゴン州ポートランドの空港で出発便の列に並んでいた筆者は、TSA(運輸保安庁)の白人男性の職員からある指示を受けた。当時、実験段階にあった航空機テロ対策の金属探知機の中に入り、両手を高く上げて静止しろと言うのだ。
周辺にいた旅行者は白人であったので、筆者は非白人の自分のみが指名されたことに納得がいかず、TSAの複数の白人職員を相手に「人種差別だ」と強く抗議した。彼らは「人種差別をしていない」と反論し、議論は平行線のまま終わった。
コロナ禍でアジア系を標的にした人種差別に基づく憎悪犯罪が増加し、少数派間で加害者と被害者が分かれるケースがある。ただ、人種差別の加害者は多数派の白人で、被害者は少数派の非白人というのが一般的な見方だ。
米国民は「アファーマティブ・アクション」をどうみているのか?
人種差別が日常茶飯事に発生する米国社会では、「アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)」を通じて企業の採用や大学入試の際に、黒人ら少数派を優遇する措置がとられている。積極的に少数派を採用している民間企業は、連邦政府と調達契約を結ぶことができる。
では、米国民は「アファーマティブ・アクション」をどのようにみているのだろうか。モーニング・コンサルトと米政治専門サイトポリティコの共同世論調査(22年1月28~30日実施)によれば、「アファーマティブ・アクション」に関して有権者の40%が「好感を持っている」、31%が「好感を持っていない」と回答した。肯定派が否定派を9ポイント上回った。
同調査では、少数派の大学入学の機会を増やす教育における「アファーマティブ・アクション」について、36%が賛成、32%が反対と答え、賛成派が4ポイントリードした。加えて、「次の最高裁判事はアファーマティブ・アクションを支持する判事が望ましい」という声明に関して、39%が賛成、36%が反対と回答した。こちらは賛成派が3ポイント上回った。
初の黒人女性最高裁判事指名の意味
連邦判事指名において「アファーマティブ・アクション」は適用されない。トランプ前大統領は4年間で229名の連邦判事を指名した。その内訳は白人男性が148名、白人女性が44名で合計192名であり、白人が全体の83.8%を占めた。一方、少数派男性は28名、少数派女性は11名で合計37名であった。
20年米国勢調査によれば、57.8%が白人、18.7%がヒスパニック系(中南米系)、12.1%が黒人で、5.9%がアジア系であった。ということは、トランプ氏が指名した白人の連邦判事の割合は、白人人口よりも26ポイントも高いことになる。裁判所における白人支配の印象は拭えない。
これに対し、バイデン大統領は人種において多様性に富んだ「米国らしい裁判所」を目指している。
バイデン大統領の最高裁判事指名によって、保守派とリベラル派の構成は「6対3」から変わることはない。だが、バイデン氏にとって初の黒人女性最高裁判事指名は極めて重要な意味を持つ。
第1に、支持基盤固めになるからである。支持基盤である「黒人」と「大卒の白人女性」の双方から支持を得ることは間違いない。
第2に、民主党内の結束を図る機会にもなるからである。昨年、目玉政策である大型歳出法案を巡り、身内の対立が先鋭化し成立しなかった。
第3に、共和党上院議員の支持を得て、超党派で黒人女性最高裁判事が誕生すれば、無党派層に対するアピールになるからである。無党派層の支持を回復するきっかけになるかもしれない。