欧州合同原子核研究機構(CERN)がLHC(大型ハドロン衝突円型加速器) でヒッグス粒子の存在を証明したのは2012年のこと。
物質に質量を与えるヒッグス粒子が見つかったことで 「標準理論」 の中核の数学理論が実証されましたが、宇宙にはもっと人知の及ばない粒子や自然の力が存在すると言われています。
それを見つけるには、もっと高エネルギーの衝突が必要と考えたテキサスA&M大学のPeter McIntyre物理学教授のチーㇺでは、メキシコ湾にもっと巨大な円型粒子加速器を浮かべる構想を着想しました。
米版LHCは、人呼んで「Collider in the Sea(仮称)」。
スイス&フランス郊外の地下トンネルにめぐらせたLHCが全長27kmなのに対し、こちらは全長なんと2,000km。一気に100倍近くに規模拡大です。
教授に直接お話を伺ってみました。
Todd Feathers記者(Gizmodo US): LHCは27kmの円型衝突器なのに対し、教授が提唱するのはメキシコ湾に約2,000kmの円型衝突器を建造する計画です。大きいほうが有利と考える理由は?
Peter McIntyre教授:ハドロン衝突型加速器は超伝導磁石の巨大なリングです。これが生み出す磁場に沿って陽子ビームは周回します。いわばレーストラックのようなもの。ちなみに大型ハドロン衝突型加速器の磁場の強さは約8テスラで、地球磁場の約8万倍です。
もっと高エネルギーの衝突型加速器を作るとなると、もっと強い磁場を生み出さなけばダメ。これは技術面のハードルがけっこう高くて、ジレンマとして立ちはだかっています。
従来あるようなニオブチタン合金(の電磁石)ではとても無理なので、もっと異なる超伝導体を使わなければならないし、それがムリなら、もっともっと大きな円周のトンネルを掘らなければなりません。
もっと強い磁場の超伝導双極子と、それを実現する磁石の工法を開発するプロジェクトも各種あって、大型ハドロン衝突型加速器の2倍となる16テスラの磁場強度を目標に、欧・米・日・中の研究コンソーシアムが個別または共同で取り組んではいるのですが、これまで正常な稼働状態で16テスラまで到達できた磁石は1つだけ。衝突型加速器に適した形状の磁石にいたっては、まだ1つも実現されていないのが現状です。
それがモチベーションになって、海の衝突器なんて壮大な夢を抱くようになったのです。 提案では周径最大2,000kmで、メキシコ湾をぐるっと円で囲む計画です。 サイズは自然の地形から導き出したものです。2000kmの円型衝突型加速器であれば500テラボルトの衝突エネルギーの生成が可能(編注:LHCは14テラボルト)。さまざまな発見の突破口になるだろうし、この規模なら未知の現象発見にかける足がかりになります。
Gizmodo:基本的なところですが、粒子加速器って何なんでしょう? しくみは?
McIntyre教授:ハドロン衝突加速器の場合、気体の水素がつまったボトルからスタートします。これを電極と強いRFフィールド(高周波/電磁波フィールド)のセルに入れると気体がイオン化します。すると水素原子の核から電子が分離され、素の陽子を抽出できるんですね。陽子は水素原子の核であり、あらゆる原子核の基本成要素であり、宇宙・地球に存するあらゆる水素原子の核ですから、核物質の内部構造の解明をしたかったら、ここが出発点になります。
次に、取り出した陽子を電界で加速します。これは通常、電磁場のパターンを使ってやります。つまり電磁場で急速に振動しながら徐々に高い運動エネルギーへと加速していく作業を連続して繰り返して行なうわけです。
LINAC(ライナック)と呼ばれる直線加速器でこの種の作業を行ない、限界までエネルギーを高めたうえで、最初の円形加速器に投じ、強力な磁場の力でビームが円型に回るよう誘導してやるんですね。
あとはリングの一カ所か複数の箇所にRFのくぼみを入れて、その上を通るたびに加速するようにし、円型リングが持ちこたえる限界までエネルギーを高めたうえで、もっと大きなリングに移して同じプロセスを繰り返します。
現在LHCで行なわれていることは以上のようなことです。そこで生み出される衝突エネルギーは人類が手にしたなかでも最大です。
Gizmodo:メキシコ湾サイズの磁場リングを海中に建造するなんて途方もないことに思えるんですが、どう行なうのですか?
McIntyre教授:設営作業は遠隔操作型無人潜水機(ROV)でやります。これは海洋開発技術の世界で標準的に用いられる機械ですね。
リングは水深100mで操業します。つまり海面でも海底でもありません。海面は貿易船が行き交うので論外だし、海底付近は平らじゃないので地形の観点から無理。
というわけで、海の中間に浮かせる格好になります。 定位置に浮かせる部分は、潜水艦などで使われるマリンスラスタと呼ばれる装置で浮力を確保します。これは基本、艦上数か所に取り付けるモーターみたいなもので、360度回転が可能。推力を得たい角度に自在に回すことができます。
超伝導磁石のリング上にこういうモーターを並べて取り付けることで定位置に固定し、海流に流されるのを防ぎます。水深100mなのでハリケーン到達域よりは下。 仮に暴風雨が通過しても、どこ吹く風です。
加速器建造を話し合う国際会議でこの内容は発表したんですが、実現を阻む不安材料はだれからも提示されませんでした。よくいただくのは「McIntyre博士も承知済みとは思いますが、われわれのハドロン衝突型加速器建設手法とはだいぶ違いますよ…ね?」という質問です。これに対しては「仰る通りです。自分も建造に幾度か関わった身なので、それは一番よくわかっているつもり。そのうえで敢えて申し上げると、今後再び建造することがあるとするなら従来のやり方では通用しないと思うんですね。もっと大きな視野に立って物事を考えるアプローチを学ばない限り次はないというのが自分個人の認識です」と答えることにしています。
Gizmodo:気になる建設費は?
McIntyre教授:モノがモノだけに現段階で具体的な金額を出すのは難しい面もありますが、ざっと200億~300億ドル(約3兆~4.6兆円)でしょうか。これは全世界で全人類がこれまで高エネルギー物理学研究に注ぎ込んできた公的予算とほぼ同額。物理の世界で「ユニタリ性境界」と呼ばれるラインは最低でも出ていません。つまり、頭のヒューズが飛んでるような、ありえない金額ではないということですね。これを超えるような事業なら、さすがにそれはアウトでしょうけど。その閾値は超えていないのです。
この種の話はほかにもありますが、この限界を超えるものがほとんどです。そういう具体的な金額の話が出る段階まで物事が進んだ例もないので、金額を公表する義理もないんですけどね。
自分自身、米エネルギー省から補助金を確保できるとは期待していないし、海中の衝突器実現に向け開発に手を貸してくれる人がほかに現れるという甘い期待も持っていないのが正直なところです。まだだれも本気にしてくれていないので。
Gizmodo:もっと大きい加速器でなければ発見できないものがある──。そう言い切る自信はいかほどのものでしょうか?
McIntyre教授:地球上の加速器や衝突型加速器で直接発見できる範囲でまだ見つかっていない点状粒子が残っていると言い切る自信はありません。見つかって欲しいけど、自信なんてないです。
Gizmodo:新しい粒子が見つかる保証がないのに、これだけ大規模な衝突器建造に何百億ドルものお金を注ぎ込む価値があるとなぜ言えるのでしょう?
McIntyre教授:認識論みたいで恐縮ですが、到達してみないことには重要度はわかりません。
かのアーネスト・ラザフォードが実験したときにも、それは単なる気まぐれに過ぎませんでした。その目指すところは、原子の性質を解き明かすこと。当時そんなこと考えるのは完全に異端の発想だったのです。
報道陣に「実験はどれくらい重要とお考えですか?」と問われたラザフォードはこう答えたとされます。「ひどく有意義な実験かどうかもわからないし、実用に直結する重要性があるかどうかもわからない。だが、ひどく面白いことは確かだ」