「司会者・タモリ」は、なぜ長年にわたって人気を博しているのか。フリーアナウンサーの古舘伊知郎さんは「タモリさんは、クフ王の大ピラミッドの前のスフィンクスみたいなもの。いなきゃ困るけど、何もしなくていい。そんな存在に神格化されている」という――。
※本稿は、古舘伊知郎『MC論 昭和レジェンドから令和新世代まで「仕切り屋」の本懐』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
「髪切った?」相手を立てて、泳がす名人
『森田一義アワー 笑っていいとも!』。お昼の番組なのにサングラスをかけて出てきたタモリさんは、それだけで革命的でした。
サントリー食品インターナショナルの缶コーヒー「BOSS(ボス)」の新キャンペーン・新CM発表会に登場したタモリさん=2015年1月29日、東京都港区六本木のグランドハイアット東京(写真=時事通信フォト)
タモリさんをモノマネする時のおなじみのフレーズ「髪切った?」。
テレフォンショッキングのゲストに時々言っていたセリフですが、髪を切ったことに気づいてくれるって単純に嬉しい。実は、特に質問のないゲストに言っていたセリフという説もありますが、あれを秀逸なコミュニケーション術と思う人はたくさんいますよね。
ここだけを切り取っても、タモリさんは「相手を立てる司会者」です。相手を立てて、泳がす。泳がし名人です。
僕は、1984年から3年近く、同番組内の『激突! 食べるマッチ』というコーナーを毎週木曜日に担当していたので、タモリさんとは週1ペースで顔を合わせていました。
基本マイペースなタモリさんですが、いつも早く来て、いろんな芸人さんのオーディションを見ていました。打ち合わせめいた打ち合わせは一切しないけど、スタッフや芸人さんと楽しそうに雑談をしていましたね。
そして、いざ番組がはじまると、相手を立てながら淡々とこなしていく。
古舘伊知郎『MC論 昭和レジェンドから令和新世代まで「仕切り屋」の本懐』(ワニブックス)
気負いがないように見えるけど、僕は、芸人さんで気負わない人はいないと思うんです。タモリさんの中にだってメラメラとしたものはあるはずなんですよ。
だけど、それを種火ぐらいまでぐっと抑え込むのが上手だったんじゃないかなと思います。
32年も続いた長寿番組でしたけど、当初は「絶対に当たらない番組」と揶揄(やゆ)されていました。真っ黒いタレ目のサングラスをかけたタモリさんは、案の定、「暑苦しい」「昼に向かない」など散々な言われようでした
でも、こうした反発があるからドラマが生まれるんです。
第一印象で「嫌い」だったMCほど、病みつきになる
MCを生業にしている人は一度は何らかの反発を受けるものです。ちなみに僕も、「このおしゃべり野郎の古舘が!」と言われ続けました。
しかし、どんなに反発を受けても、繰り返し見ているうちに、見ている側に昼間にサングラスをするタモリさんへの耐性ができてくる。すると何かの拍子に「好き」にひっくり返る。反動のドラマというべきものが起こるんです。
これは昔の大ヒット曲が誕生するのによく似ています。
僕が知っている中でいえば、最後のロングラン大ヒット曲は、1985年に発売された小林旭さんの「♪北国の〜、旅の空〜」ではじまる『熱き心に』。老若男女、全世代が聴いたからこそ、3年もの間、ヒットし続けたんです。
前に友人の秋元康氏から、『熱き心に』の作詞をした阿久悠さんのこんな名言を教えてもらったことがあります。
「もうロングランになるようなヒット曲は生まれないだろう。なぜならば“街鳴り”がなくなったから」
これは未来を予見した名言です。
街が鳴る。
昔はいたるところで有線から音楽が流れていました。喫茶店で流れ、居酒屋で流れ、スナックで流れる。別に聴きたくもない曲を四六時中、聴くことになる。
でもこれ、CMの「15秒スポットの鉄則」と同じで、“ザイオンス効果”と言って、見たくないのに繰り返し見ているうちに、「面白いCMだね」なんて予定調和的に言い出す。そして、いい商品に思えてくる。だから、わざと繰り返し短い15秒スポットを流し続けるんです。
有線でかかった耳障りだったあの曲が、のちに好きになるのも同じで、それが『熱き心に』のようなロングラン大ヒットに繋がったわけです。
イヤホンやヘッドホンで個々が思い思いの曲を聴く現代で、ロングランヒットが誕生しないのは当然至極なんです。