動画編集向けの液晶ディスプレイの条件は何か?と問われたら、まず思いつく要素は“画質”だろう。実際、各社が画質にこだわった“クリエイター向けディスプレイ”を多数投入している。
その一方で、プロクリエイターは画質だけでディスプレイを選んでいるわけではないのが現実だ。作業がなるべく効率よく進むよう、使い勝手を高めてくれる機能も合わせて求められている。作業効率の向上は、言うまでもなく生産性のアップ、最終的には収益の向上に直結するからだ。
BenQの27型4Kモデル「PD2725U」は生産効率向上に現実的な視点からアプローチしたプロ映像クリエイター向けの製品。高い画質をベースとしながら、Rec.709やDisplay P3といった色域をワンタッチで比較する機能の搭載や、多くのクリエイターが使用しているMacBookとの親和性が高められている。
ここでは、テレビCMを始めとする放送向けコンテンツや、Web用の動画、映画などを手がける映像編集者の小林譲氏に「PD2725U」を試用していただき、同機が映像制作の現場でどのように活用できるのか伺った。
Display P3/DCI-P3カバー率95%の高色域対応
まず、プロ映像クリエイターがどのような視点で制作用のディスプレイを選んでいるのかから伺った。
小林氏「 僕はフリーランスの映像編集者として活動していて、自宅に作業部屋があります。そこでは、デスクトップのMacに2台のディスプレイを接続しています。1台はBlackmagicの編集機材を経由して繋いでおり、映像の確認用です。もう1台に編集ソフトの画面を表示しています。
外出先での作業用としてMacBook Proも使用していて、これ単体で使うこともあれば、外付けディスプレイと一緒に自動車で持ち運んで収録現場で展開して使うこともあります 」。
小林氏を始めとして、デスクトップ機とノートを併用しているクリエイターは多い。ディスプレイはその両方の環境を意識したものが求められる。
小林氏「 僕が納品するコンテンツはRec.709やsRGBで表示されるものが多いです。その上で、ディスプレイ環境においてまず重視するのは、きちんとキャリブレーションが取られていることです。
安定して同じ映像を表示できるようにすることで、彩度や暗部の表現、ディテールを細かくチェックできるようにしています。これを実現する上では、まずディスプレイ自体の色の表現能力がある程度のレベルであることが必要です 」。
Rec.709やsRGBのカバー率100%は当然のことながら、発色のよさや輝度ムラの少なさといった要素も重視するようだ。この点、PD2725Uは、Rec.709/sRGBはカバー率100%、Display P3/DCI-P3はカバー率95%と広色域で、さらに10bitカラーにVESA DisplayHDR 400もサポートする。輝度ムラの補正機能も備えており、広色域パネル採用の一つ上をゆく仕様だ。
さらに、入念にパフォーマンスチェックが行なわれている証明として、出荷前のキャリブレーションレポートが付属されており、品質はお墨付き。小林氏のようなプロも安心して使用できる。
プロ映像編集者にはどう見える?
では、その実際の使用感はどうだろうか。
小林氏「 パッケージを開封してまず思ったのが、部品構成がシンプルで組み立てが簡単。設置してからは、メタリックグレーでシンプルな外観がMacとマッチしている点に好感を持ちました 」。
作業環境のインテリアは作業者のモチベーションを左右する。とくにユーザーの目の前にあるMacとディスプレイの見た目がマッチしなかったり、ディスプレイ自体が主張し過ぎるデザインがだったりすると、後々まで気にしながら日々の作業をすることになってしまう。PD2725Uはスッキリとしたデザインでさらにスリムベゼルを採用しているので、多くの部屋になじむだろう。
映像編集環境の基本となる画質について、小林氏はどのように感じたのだろうか。
小林氏「 Macのデスクトップを表示した時には、クッキリとした印象で色味も違和感がない感じでした。今使用しているディスプレイと比べても、(同じRec.709モード同士でも)パキッとした映像が表示されているように感じます。
試用期間中にちょうど音楽ライブの映像のカラーグレーディング作業があったので、PD2725Uを映像確認用のディスプレイとして使ってみました。Rec.709モードで試用しましたが、やっぱりパキッとした印象で細部まで見通せて気持ちがよかったです。
音楽ライブの映像制作の仕事は何度もやっていますが、照明が明滅して急に明るくなったり暗くなったりする中で、出演者の肌の質感や表情が損なわれることがないように整えていく必要があります。同時に映像として格好よいものに仕上げることも求められます。その両面から申し分のない画質です。とくに暗部の再現度、明るい部分のきめ細かな表現は優れていると感じました 」。
筆者の経験上、明るさが均一なディスプレイの表示は全体的にカッチリとした印象になり、ディティールの表現精度やオブジェクトの前後感表現などが向上する感がある。PD2725Uは輝度ムラ補正機能が搭載されており、これを有効にして試用してもらったのでその効果が現れていると言えそうだ。
MacBookのディスプレイと色味が一発で合う「M-book」モード
PD2725Uのカラーモードは、sRGB、Rec.709、DCI-P3、Display P3を含めて12種類もある。その中には、「ディスプレイと接続したMacBookシリーズの視覚的差異を最小化(マニュアルより引用)」する“M-book”と呼ばれるモードがある。最初からMacBookシリーズに合わせた調整がなされたモードだ。
現在ではMacBookやiPhone、iPadのディスプレイが対応しているDisplay P3規格のカラーモードを持った外部ディスプレイが増えているが、ディスプレイ側をDisplay P3モードで表示すればすぐにApple製品のディスプレイと同じ表示になるという製品ばかりではない。
これはsRGB表示100%カバーのノートPCと外部ディスプレイでも同じことが言える。その表示のギャップを埋めるのがキャリブレーションという調整作業なのだが、結構な手間がかかる。
M-bookモードはその手間を省いてくれる。小林氏はどのように感じたのだろうか。
小林氏「 Appleは映像表現にこだわりがあって、MacBookのディスプレイにも特長がありますよね。PD2725UのM-bookモードはそのAppleのこだわりの部分にまで表現を合わせてきているなと思いました。感覚的なところなのですが、ほかのディスプレイだと“Retinaディスプレイっぽさ”がなくなってしまいがちですが、そのような違和感がないんです 」。
続いてApple製品と同じ印象で表示されていればそれでよいのか、同じ色が出ることがどれほど重要なのについて伺った。
小林氏「 もちろん、個人によってその重要性は違ってくるとは思います。僕の場合はMacBookとディスプレイの色味が違うと“あれ、こっちで見ると少し沈んで見えるな”などという違和感を感じることがあって、そこに瞬間的とは言え意識を引っ張られてしまうのがストレスなんです。それを気にしなくて良くなるのは大きいですね 」。
様々なカラーモードを手元コントローラで切り換えて、見比べることも可能
PD2725Uは数多くのカラーモードを持っており、様々なデバイス、コンテンツに合わせた色味を再現できる。しかも、1画面を二つのカラーモードで表示して比較するサイドバイサイド機能を搭載。PCやMacで編集中のコンテンツが、スマホやテレビでどのように見えるのかを簡単に確認することが可能だ。
しかも、設定は外付けの有線コントローラで行なうことができる。このコントローラの使いやすさも相まって、ストレスなく、パパッと画質比較を行なうことができてしまう。
こうしたカラーモード回りの機能について、小林氏は以下のように語ってくれた。
小林氏「 最近は視聴者が様々なデバイスで映像を見るようになりました。Windows PC、Mac、iPhone、iPad、Androidスマホにタブレット、HDR対応ディスプレイやテレビもあります。それぞれ対応している色域が異なっており、見え方が違います。でも、見る側は思ったほど色域や見え方は気にしていないのが現実ではないでしょうか。
とはいえ僕のような映像技術者からすると、制作時の意図と違った見え方になるのは避けたい。これはもう絶対に避けたい。プロとしてそこは守りたいところなんです。対策としてよくやるのは、完成前のコンテンツを様々なデバイスで再生してみるという方法です。MacやPCで制作したコンテンツを様々なデバイスで再生してみます。その際に、iPhoneだとちょっと意図と違う見え方をするな、調整が必要だなということはあります。
また、クライアントを交えて編集室の機材でチェックした際に“問題なし”と合意したのに、後日、クライアントから「手元のPCで見たら先日見たのと違いました。修正できますか?」というような意見が来ることを何度も経験しています。
クライアントのPCの画質設定まで分からないので、先方がよく感じるようにするのが正解とは言えませんし、調整するにしても、再納品か?みたいな感じで各方面にしこりが残ってしまいがちです。
1台のディスプレイの中で様々なデバイスの色域を再現できるPD2725Uは事前の色味のチェックに最適と言えるかもしれません。クライアント同席の場で、これがPCでの見え方、こちらがiPhoneでの見え方です、といった説明をしてもいいかもしれませんね 」。
小林氏はPD2725Uのカラーモードの使い勝手に関して、大きな可能性を感じているようだ。
また、広色域対応という点については以下のように語る。
小林氏「 昨年映画の制作に携わったときには、ポストプロダクション業者の試写室でDCI-P3(デジタルシネマ向けの広色域規格)での表示を確認しましたが、DCI-P3カバー率95%のPD2725Uなら、試写の前段階として自宅の作業室で手軽にDCI-P3の確認までできて安心して作業ができそうです 」。
さらに、PD2725Uの印象的な外付けコントローラ「Hotkey Puck G2」の感想も伺った。こうした一見奇抜なデバイスが作業環境を大きく変えてくれることがあるのだろうか?
小林氏「 実はすでにBenQのほかの外付けコントローラ搭載モデルを使っていまして、とても重宝しています。通常のディスプレイだとディスプレイの側面や背後にあるボタンを画面を見ながら半分手探りで操作するようなイメージですが、それに比べてはるかに快適です。PD2725の場合、先ほど話したサイドバイサイド表示などの切り替えが一層使いやすくなります 」。
ちょっと出来レースのような展開になってしまったが、このインタビューをするまで小林氏が同タイプのコントローラを使っていることは筆者も担当編集者も聞かされていなかったことは付け加えておきたい。
Thunderbolt 3接続の便利さ
MacBookとケーブル1本で接続して映像出力と給電までできてしまうのもPD2725Uのメリット。給電は65Wまでの対応なので、MacBook Airや13インチのMacBook Proの駆動はまったく問題ない。
ただし、標準のACアダプタが95WのMacBook Proの大型モデルでは利用状況しだい(フルパワーで駆動しながらの充電は難しいだろう)となってしまう点は注意が必要だ。
小林氏は、Thunderbolt 3接続によるスマートなケーブル接続についてこのように語る。
小林氏「 撮影の現場に編集担当として出向くことがあります。そのとき、撮影した映像をその場で仮編集して、発注者やスポンサーに確認してもらう機会が増えています。映像を繋いだ際に違和感がないか、意図通りに見えているか、思わぬところに失敗はないかなどをチェックするわけです。問題が見つかったら撮り直しもあります。
撮影から時間が経つにつれて撮り直しはどんどんハードルが上がって行くので(当日であっても、ほかのセットにスタッフと機材が移動した後に戻ってきて再撮影、後日であればセットを組み直して演者に再出演を依頼するなど)、近年ではこの現場編集と呼ばれる作業はマストに近いと考えている方も多いと思います。
僕もそうした現場編集を行なうのですが、その時の編集機材は自分で持ち込みます。撮影現場は人も機材も多くてどうしてもバタバタしますし、機材の設置場所は当然カメラや照明が優先です。
編集者は部屋の角に即席で編集ブースを作る形になります。さらに、複数のセットを移動することもあって、ほかのスタッフと足並みを揃えて僕の機材を動かす必要もあります。そうなると、ケーブルの接続を含めて編集機材の設置は極力シンプルにしたいところです。
その点、PD2725UのThunderbolt 3接続はシンプルでいいですよね。僕のMacBook ProはACアダプタが95Wのタイプなので、ACアダプタを持たずに現場に出ることはできませんが、機材設置の時間をなかなか取れないような本当にバタついた状況では、Thunderbolt 3ケーブル1本で繋げばとりあえずMacBookが動作して外部ディスプレイに表示できるのでつぶしが効きます 」。
画質、使い勝手にプロ映像編集者も納得!
今回、小林氏へのインタビューを通じてPD2725Uが使い勝手の面で意欲的に機能を取り込みながらも、現代の映像クリエイターにとって現実的なアプローチであることが確認できた。画質面においても十分プロフェッショナルの実用に足るものであり、かつ多様化する再生デバイス環境に対応できることも分かった。
PD2725Uは映像制作環境をディスプレイから変えてゆく、画期的なクリエイター向け製品と言えそうだ。
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