今年、CEATECに初出展したのが、化粧品メーカーのポーラである。
同社の及川美紀社長は、CEATEC 2021 ONLINEの開催初日となる2021年10月19日、「We Care More. 世界を変える、心づかいを」と題した講演を行い、ポーラのDXへの取り組みについて説明した。
ポーラが掲げる経営理念の3つの軸
ポーラは、2029年に創業100周年を迎えるのに向けて、「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会」というビジョンを掲げ、その実現に向けた新たなスローガンとして、今回の講演タイトルとなった「We Care More. 世界を変える、心づかいを」を打ち出している。
また、経営理念は「Science. Art. Love。私たちは、美と健康を願う人々および社会の永続的幸福を実現します」としており、科学的探究心と挑戦で、革新を生む「Science」、卓越した美と技で、驚きと感動を生む「Art」、一人ひとりの人間を尊重し、愛あふれる関係を築く「Love」を掲げ、「これを毎日、いろいろなところで唱和したり、目にしたりしている」という。
社員数は1374人だが、全国に約3800店舗の販売拠点があり、約3万5000人のポーラ専業の販売員がいる。POLAブランドのほかに、ORBIS、H2O+、THREEなどのブランドを展開。エステや訪問販売などを行うトータルビューティ事業が全社売上げの73.7%を占め、百貨店などに店舗展開するプレステージ事業、7つの国と地域に展開する海外事業、ネット販売によるEC事業、ホテルアメニティを取り扱うBtoB事業で構成する。化粧品メーカーのなかでも、アンチエイジング分野に強みを持つという。
及川社長は、「これからの経営は、人間のプリミティブな感情にしっかり向き合いながら、人を中心として、そのまわりにある社会、環境を捉えることが必要である。そして、つながりに可能性を拡張するヒントがある」としたほか、「ストーリー」による企業目線のカスタマジャーニーではなく、顧客一人ひとりの行動や、意思を持った体験の視点から作り上げる「ナラティブ」が重要であり、それを捉えたビジネスモデルへの進化を目指す姿勢を強調した。
「化粧品ひとつを届けるにも、訪問販売、エステサロン、百貨店、駅ビル、ECといったさまざまなチャネルがある。それぞれの利便性や特性を伝えながら、ポーラらしいおもてなしで豊かな時間を創出したい。それによって、お客様とブランドとのつながりが高まり、QoLを高める手伝いができ、高いLTV (Life Time Value)が実現できる」とする。
ポーラは、ダイレクトセリングがルーツだ。「DXにおいても、あくまでも人中心のダイレクトセリングにしたい。情報技術はツールであり、その中心には人がいる」と及川社長は語る。
ポーラでは、2029年に向けたスローガンのなかでは、人をケアする、社会をケアする、地球をケアすることを掲げた。「デジタルは、人をケアするところでまず活用し、サービス、つながりを拡張することになる。また、社会のケアを実現するために必要なネットワークにおいてもデジタルを活用し、地球をケアするという点でもグリーンテクノロジーの活用などにより、環境やエコシステムの実現につなげる」とする。
デジタルだからこそ、「人肌」を大切に
ポーラでは、「顧客コミュニケーションの進化」と「営業・販売の進化」という2つの観点からDXに取り組んでいるという。
今回の講演では、主に「顧客コミュニケーションの進化」のためのDXを紹介した。その取り組みのひとつとしてあげたのが、コロナ禍において、販売員である「ビューティーディレクター」が、オンライン上で、数十人から100人強の顧客コミュニティに向けた情報提供を開始した事例だ。
コミュニティの参加者は分かれており、若い女性やシニアの女性、働く女性、子供を持つ女性といったように多岐にわたる。これまではコミュニティに対する情報発信は、リアルな場に限定していたが、この接点にデジタルを活用しているというわけだ。「お客様に対して、タイムリーな情報提供が可能になり、ビューティーディレクターは、売り場や自宅から、直接カウンセリングをしたり、美容情報の提供を行ったりしている。様々なコミュニティに対して、最適な情報を、迅速に提供できる」という。
また、顧客への情報発信に公式SNSやインスタライブを活用しているほか、店舗ごとのSNSの発信も強化しているという。「化粧品は季節とともに動くビジネス。同じ1日でも、北海道から沖縄まで、様々な季節感があり、それに伴い、地域ごとに最適なお手入れの方法が違ってくる。東京一極からの情報提供ではなく、地域ごとの情報提供ができるのは有効である。地域社会を『人肌』で感じることができる店舗からのSNS発信は有効な情報提供手段になる」とする。
また、全国のビューティーディレクター同士が、Zoomを活用したオンライン会議を積極的に開催。90歳を超えたビューティーディレクターや、ショップオーナーも積極的に参加しているという。
「2020年3月にスタートした際には、課題もあったが、いまでは、ビューティーディレクター同士のナレッジ共有が加速しており、リアルタイムで顧客体験の情報共有を進めることができる。かつては、ビデオを撮影し、これをそれぞれに見てもらうことで情報共有をしていたが、オンライン化で大きく進化し、メリットを生んでいる。また、店舗から半径数kmの範囲にしかアプローチできなかったものが、オンラインの活用により、遠方のお客様にもカウンセリングができるようになった。オンラインによって、ビジネスチャンスが拡張している」と語った。
講演のなかで及川社長は、何度も「人肌」という言葉を使った。「オンラインストアにおいても、人を軸にし、人肌感を意識した個対応を行うことで、より身近に感じてもらい、共感してもらうことが大切である。商品やブランドに加えて、そこに所属する人の姿が見えることで共感の価値が太くなる。デジタルの裏にいる人の気持ちを伝えることが大切であり、デジタルだからこそ、人肌を大切になる」とする。
AIを使った肌分析と、顧客に寄り添った商品提案
ポーラでは、1989年からスタートしたパーソナライズスキンケアとして「APEX」がある。肌分析を行ったデータをもとに、時代に応じたケアを提供。未来の肌変化の予兆を捉えて、将来なりたい肌へのケアのための製品を提供していくものだ。
昨今では、30年間蓄積してきた16歳以上の女性の肌データの資産に、最新の研究による肌の変化の兆候を組み合わせて、データを抽出、AIを活用して分析し、最適な製品やケアを提案する仕組みへと進化している。
具体的には、ディープラーニングによる肌内部構造の解析を行い、肌表面の写真と肌の動きを捉えた動画を解析し、肌の170万個の特徴を捉えて、862万通りに肌を分類。1万5642通りの組み合わせで、最適なケアや商品を提供することができる。
「生活データや、カウンセリングの実感なども含めて、科学と心による分析をしている」という。約10年前から、居住地域ごとの分析を進め、都道府県別の肌とライフスタイルを考慮した美肌県グランプリも発表している。10年目となる今年は、11月にランキングが発表される予定だ。
そして、ここでも、人の重要性を示す。「肌の状態がわかるだけでは最適なケアにはならない。大事なのはAIによる科学的な肌分析と、専任パートナーによるお客様へのコーチングがセットになっているという点である。デジタルと人の両方が揃って、完成する仕組みになっている」とする。
また、顧客との関係については、「精緻な肌分析と、優れた商品提案があっても継続しない。お客様が、こうなりたいという『ウィル』の気持ちが根幹にないと続かない。この部分をサポートするのが、ビューティーディレクターの役割である。ポーラが目指すパーソナライズとは、お客様の可能性の拡張であり、だからこそ人の役割が重要になる」と述べ、顧客の意向を受けて、同社のテクノロジーやデータも用いてサポートするのがビューティーディレクターの役割であると述べた。
同社の調査によると、同じ化粧品を購入した場合、ビューティーディレクターが1対1でカウンセリングや、肌のお手入れの支援を行う販売方法では、改善実感が79.4%にも達しているのに対して、百貨店での販売では68.6%、ウェブ通販では59.3%になる。
及川社長は、「いずれも高い改善度である」としながらも、「オンラインを活用しても、ビューティーディレクターが顔を見せていくこと、共感してもらえるように姿をみせていくことが、お客様の効果実感に直結する」と語る。
ポーラでは、ビューティーディレクターの能力拡張のためのデジタル化も進めている。「デジタルは人の能力を拡張する。デジタルによって導き出されたデータを、ビューティーディレクターが見ることによって、気づきが生まれ、アドバイスのクオリティが上がり、お客様との関係性も進化させることができる。これが大事である」とした。
デジタルによる人の能力の拡張が、価値ソリューションを高める
ポーラのDNAは、1929年に創業者の鈴木忍氏が、手が荒れた妻のためを考えてクリームを作ったのがはじまりだ。「根幹にあるのは人を想う気持ちである」と、及川社長は語る。
「ポーラは、化粧品を販売するだけでなく、美しくなりたいという気持ちを引き出し、同時に、自分の将来への期待を引き出し、自分の可能性を高め、拡張していくことを大事にしている。デジタルを使うことで、これを高めていきたい」とする。
講演では、思考を科学した結果、導き出した「利き脳」を捉えた対応を実践していることや、大分県の高校における高校総合学習の場における教育支援の事例、飛騨高山で行っている地域と産官学による地域創生への貢献への取り組みなどについても紹介した。さらに、2021年4月に「ポーラ幸せ研究所」を設立したことや、ポーラのビジネスパートナーには人生満足度が高いことが調査からわかったことなどを示し、今後、幸せに関る研究成果を発表していく考えも明らかにした。
最後に及川社長は、「ウェアルビーイングの実現には、デジタルによる人の能力の拡張と、正しいファクトの分析が欠かせない。また、人同士をつなぐコミュニティの増幅にもデジタルは貢献する。そして、デジタルによってわかることや、気がつけることが増えてきた。だが、デジタルにおいても、人の力は大切である。いまの状況を捉えることはデジタルの力で行い、お客様のウィルの発掘や、未来への期待づくり、未来に向けて寄り添っていくことは人の力でやっていく」と述べた。
また最後に、今後のビジネスに関して「ポーラは、もともとリアルのチャネルが強く、リアルの場で、リアルの体験で、リアルの商品を買ってもらうという価値観で物事を進めてきたが、ここにデジタルの可能性を加わることにより、さらに提供できる価値ソリューションが高まることを期待している」と締めくくった。