岸田氏首相になれば中国と対立か – 木村正人

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岸田氏が首相になれば中国と真っ向から対立

[ロンドン発]4氏が立候補表明した自民党総裁選で、穏健な岸田文雄前政調会長が中国・新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧に対処する人権問題担当の首相補佐官を新設するとぶち上げた。岸田氏が首相になれば日本は真っ向から中国と対立する。党内最大の細田派に影響力を持つ安倍晋三前首相を後ろ盾にする高市早苗前総務相に対抗して「岩盤保守層」を取り込むのが狙いだ。親中の二階俊博幹事長に対する包囲網は次第に狭められている。

ロンドンでは9月10日から4日間、新疆ウイグル自治区でウイグル族などイスラム教徒を弾圧し、事実上の“再教育強制収容所”とみられる「職業技能教育訓練センター」で強制的に同化する中国を裁く「ウイグル民衆法廷」が開かれた。これに対して中国外交部は「ウイグル民衆法廷は法律や真実とは全く無縁のウソつきで、新疆ウイグル自治区の国際的信用を落とすことを目的とした茶番劇だ」と非難した。しかし少数民族を弾圧する中国への警戒心は国際社会でも次第に強まっている。

ロンドンで開かれた「ウイグル民衆法廷」(筆者撮影)

イスラム原理主義勢力タリバンに再び支配されたアフガニスタンでも、新疆ウイグル自治区の弾圧から逃れてきた少数のウイグル族が暮らす。経済圏構想「一帯一路」を進める中国の習近平国家主席にとってシルクロードの拠点としてかつて栄えたアフガンは地政学上の要。中国が米軍撤退と合わせるようにタリバンとの友好関係を強調したのはこのためだ。1兆~3兆ドル(110兆~330兆円)とされる地下資源の利権も念頭にある。

共同通信社

アフガンで活動する「東トルキスタンイスラム運動」はウイグル族のために独立したイスラム国家を樹立することを目指すテロ組織だ。中国はタリバンと協力して「東トルキスタンイスラム運動」などイスラム過激派の活動を抑え込みたいと考えており、タリバンと手を結んだ中国による少数民族弾圧はさらに激化する恐れがある。中国から攻撃されている「ウイグル民衆法廷」ではいったい何が報告されたのか。

「自分の子供をエジプトに留学させた罪で懲役7年」狙い撃ちされるイスラム教の指導者

中央アジアからトルコにかけて広がるチュルク系民族の人権問題に取り組む「ウイグル人権プロジェクト(UHRP)」のピーター・アーウィン氏は「ウイグル族をはじめとするチュルク系民族の文化的慣習の継承を抑圧し、最終的には根絶やしにしようとしている」と証言した。UHRPは2014年以降、新疆ウイグル自治区で当局に拘束されたイマーム(イスラム教の指導者)や宗教関係者1046人(このうちイマームは850人)の事例を調査した。拘束された理由が分かっている313人の主な内訳は次の通りだ。

(1)「違法な教え」「違法な説教」「子供への宗教教育」61人
(2)「宗教的プロパガンダを広げた」「イマームである」「宗教教育を受けている」など宗教的帰属50人
(3)結婚式での司会や説教10人
(4)祈祷11人
(5)海外への旅行や通信9人
(6)「違法な宗教資料」の所持や配布7人

全体の4割以上が実刑判決を受けており、中国が単に宗教的表現や実践を犯罪化するにとどまらず、イマームという職業ゆえに犯罪者とみなしていることがうかがえるという。「違法」や「過激派」という中国当局の定義は曖昧で、新疆ウイグル自治区のイマームは中国や国際社会が認める国際人権規約で保護されている日常的な宗教活動や表現に絡んで非常に重い懲役刑が科せられている。

【懲役刑の実例】
・結婚式などのセレモニーで男女を分けることを主張した「宗教的過激主義」で懲役4年6月
・虚偽の結婚証明書に基づいて婚姻を行ったとして懲役5年
・自分の子供をエジプトに留学させた罪で懲役7年
・モスクで結婚式を執り行った“テロリズムと過激主義“で懲役8年6月
・集団で礼拝し、聖典を唱えたとして懲役10年
・他の人に祈りを教えたり、メモリーカードでイスラム教の布教を聞いたりしたとして懲役17年
・エジプトで6カ月間勉強して子供たちに教え、祖国を分裂させようとした罪で懲役20年
・燃やされるのを避けるためコーランの提出を拒否したとして懲役25年
・小学生がモスク(イスラム教の礼拝堂)に入るのを止めず、説教をして群衆を増やしたとして懲役25年
・信仰を広め、人々を組織した罪で終身刑

タリバンと中国が相思相愛な理由

17年にはウイグル族を恣意的に拘束し、強制的に同化することを目的とした“再教育強制収容所”が爆発的に増加したため、宗教関係者の拘束も激増。全体の約65%に当たる最大1万6000のモスクが当局の政策によって破壊または損壊され、8500のモスクが完全に取り壊されたと推定されるという。同時にイスラム寺院、墓地、巡礼路などイスラム教の聖なる施設や場所の約30%が取り壊された。

1990年代から2000年代にかけ宗教活動を行う場所は法律でモスクに限定されていたが、「合法的」な宗教活動の場だったモスクが破壊された。教育のすべてのレベルで宗教を教えることや、ウイグル族の子供たちに伝統的なイスラムの名前を使うことが許されず、男性の長いひげや女性のヘッドスカーフが禁止された。イマームをはじめとする宗教関係者がウイグル族社会の知識人と同様に、弾圧のターゲットにされた。

習主席になってから、新疆ウイグル自治区の経済発展は二の次とされ、体制の安定が最優先にされた。日常的に行われていた信仰表現にも「過激主義」のレッテルが貼られた。米ワシントンに拠点を置く「共産主義の犠牲者記念財団」のアドリアン・ツェンツ上級研究員によると、ウイグル族は中国の国家安全保障を脅かす脅威であり、地域のテロ問題を解決するにはイスラム教徒の人口集中と急増を軽減しなければならないという方針が強化された。

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新疆ウイグル自治区の繊維企業に「強制労働のウワサを捏造した」と現地の裁判所に訴えられているツェンツ氏はこう指摘する。

「さまざまな資料は新疆ウイグル自治区で行われた残虐行為に習主席の側近が事実上関与していることや中央政府機関が再教育収容キャンペーンの法的基盤の起草に直接関与したことを示している。アメリカの制裁対象となった同自治区の党委員会書記、陳全国氏は再教育収容計画の正確な実施に貢献したかもしれないが、彼の役割は、中央政府の政策決定発案者ではなく、実行者であると評価するのが最も適切であろう」

習主席が指導者に選ばれたのは中国共産党重慶市委員会書記だった薄熙来氏がクーデターを計画(12年に失脚)していると中国共産党指導部が疑ったからだろう。中国共産党支配はどんな手段を使ってでも死守するという防衛本能が働いた。胡錦濤時代(02~12年)にそのタガが緩んだとして、引き締め役に抜擢されたのが強面の習主席だった。

気巧集団「法輪功」も、香港の民主派も、台湾の民主進歩党も、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒も、習主席にとっては中国共産党支配を弱める「負のエネルギー」だ。体制基盤を強化するには「負のエネルギー」は弱めるに限る。これまでのツェンツ氏の報告によると、ウイグル族の出生率を抑制するなどして、ウイグル族が集中する新疆ウイグル自治区南部だけでも2040年までに260万~450万人の出生を阻止し、人口増加を抑えたいと中国は計画しているという。

イスラム原理主義のタリバンがイスラム教徒を弾圧する中国と手を結んだのは、中国マネーを取り込むことで体制基盤を強化したいからだ。タリバンと中国が相思相愛なのは「反米」だからではなく、体制の維持という一点に尽きる。しかし、イスラム教徒の弾圧に目をつぶるタリバンの評判が、テロ組織の間だけでなく、イスラム圏でも著しく下がるのは避けようがないだろう。

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