ミルカツ、というカツがある。薄切りの豚肉をミルフィーユのように重ねて揚げて「ミルカツ」。これがうまい。専門店があったり、弁当屋チェーンでもメニューにあるので食べたことある人も多いだろう。
さて、今ミルフィーユという言葉が出てきた。「ミル(mille)」とはフランス語で「1000」、「フィーユ(feuille)」は「葉」という意味である。つまり「1000枚の葉」だ。というわけで、ミルカツは「1000枚のカツ」すなわち1000枚の豚肉という意味を表さなくてはならない。
しかし、例えば某専門店のミルカツは「25枚以上の肉を重ねて・・・」とある。1000枚には程遠い。程遠いのは当たり前のことかもしれないが、もしかしてもっと重ねたら、何か違う地平が見えて来はしないだろうか。というか単に、べらぼうに肉を重ねて揚げてみたい、それだけだ。
※2006年11月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
豚肉部に敬意を表して
というわけで、まずは薄い肉の用意だ。薄い肉といっても、1000枚を目指そうというのだから、思い切り薄くなければならない。そこで、肉屋さんに聞いてみる。
「あの、薄い肉を重ねてカツを作りたいんですが、この薄切りロース(とショウウィンドウを指差し)より薄く切れます?」
すると肉屋さんいわく「ああ、うちのロースはやわらかいから、これくらいで大丈夫だよ。」
いや、その、1000枚にですね、あの、と聞き返すタイミングを失い、結局肉屋さんの自慢のやわらかい薄切りロースを300g買ってきた。まあ、これを叩くなりして作ってみるしかないな。
欲しかった肉叩きをこの際買ったわけだが、そのほか、実は、失敗したとき用のため、豚ヒレ肉のかたまりも買っておいた。自分でなんとか薄く切って再挑戦しようと思っていたのだ。
というわけで、よく切れる包丁も新調した。どれだけでかいカツになるかわからなかったため、揚げ物用鍋も新調。だんだんおおごとになってきた。
がまの油売りのように
さて、慎重に、できるだけ肉を平たく伸ばしながら重ねていく。このページ、以降はほぼ生肉の映像となりますこと、ご了承ください。
ちょっと待て。
5枚で1cm?私は「ミルカツ=1000枚カツ」を作るつもりだ、ということは、ごにじゅうの、にひゃくで、かけることの1cmは・・・。
1000枚で、厚さ2メートル。
大変だ、早く押さないと!叩かないと!キャー!
買ってきた300gの薄切りロース、枚数で言えば結局24枚だった。計算上、ここから6回等分して重ねていけば1500枚を超えることになる。たった6回だ。なんだかできそうな気もする。
ではここからが正念場である。やあっ!
3回、2等分に切って重ねたところで、かなりの厚さになった。計ってみよう。
繰り返すが192枚だ。しかし厚さは12cm。もうこれを等分して重ねたら、わけがわかるまい。たぶん、マージャン牌並べた、みたいな形になるに違いない。1000枚にはとうてい満たなかったが、200枚近く重ねられたことに気をよくし、ここで衣を着けて揚げてみることにした。
豚肉再構築
この、重なって押しつぶされて何がなんだかわからなくなっている肉を、慎重に調味していく。
いやがうえにも慎重にならざるを得ず、パン粉までひとおおりつけ終わったあとも、思わずもう一度卵液→パン粉の過程を繰り返す。
そして、またいやがうえにも慎重を期さねばならず、クッキングペーパーに包んで天ぷら鍋に投入する。ペーパーは185度以上に熱してはいけないし、薄切り集合体とはいえかなりの分量の肉なので、一気に温度を上げず、低い温度でじわじわといじめるように揚げてみる。
きつね色になるまで揚げること、15分!しかし某専門店では8分かけて低温で、とサイトに書いてあったから、あながち間違いではなさそうだ。
ちょっと持ち上げてみると、あんなに頼りなさそうだったやつが立派な大人に!
「1000枚のミルカツ!」などと意気込まなくても、なんだか普通にこの「192枚カツ」が楽しみになってきた。どんな仕上がりだろう。
縦横逆のミルカツ
くどいようだが、某専門店では、揚がったあとに「縦にして蒸らして」いるらしい。うまみが均一に伝わるとか。
でもこのカツの場合、縦ってどっちなのか。お店などのミルカツとは、幅と奥行きが逆になっているのである。1枚1枚の肉が「縦に」なっているのだ。ってどっちでもいいや。
うーわー、なーんーだーこりゃー。と、感嘆の声もなんだか間延びしてしまうような、何がなんだかなカツができてしまった。運動神経鈍そうなカツである。
しかし、塊状とはいえ薄切り肉の集合体なので、火はムラなく通っているようだ。
ではさっそく、いただいてみます。
と、箸を縦に入れる。スルッとさくっと箸が通る。やわらかい!
でも当たり前なのだ。肉の重なりに対して水平に箸を入れれば、通りやすいに決まってる。
うまい。何これ普通にうまい。
手作りで見よう見まねで作ったので、そして何よりも枚数が多すぎるため、お店などのあの「重なったものに歯を入れる快感」がちょっと足らないのはしょうがないとして、でもちゃんと口の中ではらはらと散らばる感じがして、ミルカツとしての楽しみは味わえてる。
そして、縦だけでなく、横にも(つまり肉に対して垂直に・・・えーい説明が面倒だ)歯の通りがよく、やわらかく仕上がっている。あの肉屋さんのおかげだな。ありがとう。
かくして、1000枚には程遠く、私のミルカツの限界は今回「192枚」だったわけだが、お腹は満足のうちに終わるのだった。
ちなみに、「192枚カツ」ですと、ミルカツのように言うとするなら「サン・キャトル・ヴァン・ドゥーズ・カツ(cent quatre-vingt-deuze)」ですな確か。もうこれも何がなんだか。