今回は(今回も?)少し技術的にマニアックな話を、なるべく丁寧に話したいと思う。
少し面倒くさい? いや、買い替えのタイミングを判断するには大切な話でもあるので、少しばかり付き合ってほしい。
たとえばApple(アップル)から発売された最新世代のAppleシリコン「M3」を搭載する24インチiMac。このアップデートは、実に魅力的なものとなった。
7色カラーに展開される、まるで単体ディスプレイのような佇まいをもつディスプレイ一体型デスクトップコンピュータは、付属するキーボードやマウス、トラックパッドなどがLightning対応ということを除けば、現在も魅力的なハードウェア構成、設計だ。
11.5ミリのきょう体に収まるM3は、その魅力的なデザインの中にM1と比べておよそ2倍というCPUパフォーマンスをもたらしてくれるだけではなく、24インチ4.5Kディスプレイ上で(十分に高い画質設定で)本格的な3Dグラフィクスのゲームも遊べるGPUのパワフルさも備えるようになった。
前モデルに搭載されるM1はMedia Engineを備えていなかったこともあり、動画編集を行なうユーザーなら動画編集ソフトでの大幅なパフォーマンスアップも期待できる。インテル時代の27インチモデルを含め、iMacという商品の枠組みにおいてはもっともパワフルで、納得の新製品だ。
M3ファミリ登場でもM2ユーザーは気にするな
しかし一方、そんなM3の特徴や性能向上について「世代が大きく変わったほど高性能とは言えないんじゃない?」との声も聞こえる。しかし、こうした意見には少しばかり誤解もある。
もちろん、使い方や目的、搭載するシステムによっては“M3ファミリであること”の重要性は異なるのだが、では“M3ファミリ”とはどんなSoCなのか。M2ファミリをすでに搭載している製品との位置関係について話を進めたい。
結論から言うと、M2搭載のMacBook Airを選びにくくなるということもないし、現在使っているM2 Pro搭載Mac miniは買い替えたほうがいいのでは?と迷う必要もない。しかし目的によっては、大幅に高性能ともなる。
M3ファミリは新しい半導体技術を使った大幅な進化を遂げているが、一方でM2ファミリを搭載した製品のオーナーも、世代が古いからといって悲観する必要はない。もちろん、両者には世代のちがいはあるが、M2搭載のMacBook Airが急に色褪せたり、M2 Pro搭載のMac miniの性能が旧世代になったと嘆く必要はない。
おそらくどちらも既存の使い方においては、悩むほどのちがいはないからだ。
M3ファミリの“特にいい”ところ
アップルがM3ファミリを搭載した製品を発表し、そのレビュー記事などで“絶賛”されているように感じている読者もいるだろう。そんな中、YouTubeなどで購入レポートを見ると、実はそうでもない、あるいはキャンセルしたなどの情報を見て、いったい何が本当なのだと訝しんでいる人もいるかもしれない。
しかし、M3ファミリがどんなアップデートなのかを知れば、なるほどiMacの24インチモデルを褒める理由もわかるはずだ(その理由の多くは冒頭にまとめてもいるのだが)。
M3ファミリは新たに3ナノメートルプロセスを採用し、より多くのトランジスタを集積した上で電力効率も向上しているのだが、ユーザーが受ける利点はそんなスペックではなく、実用時の性能がどう変化したかだ。
理解を深めるため、まずはクロック周波数の向上と回路設計の工夫による処理能力の向上、そして集積する処理コア数の三つに分けて考えることにしよう。
・動作クロック周波数
動作クロック周波数はデジタル論理回路を動かすスイッチングの速度を決める基準で、SoCの中で、処理回路ごとに異なることがほとんどで、しかも状況に応じて常に変化し続けているものだ。
向上すれば速くなるが、20年以上前ならいざ知らず、昨今は劇的な向上が望めるわけではない。
製造プロセスが3ナノメートルになったことで、CPUパートの動作クロックはおおよそ(動的に変化するため明確な数字で言えるものではないが)15%ほど上がっている。ただし処理ブロックごとに異なると考えられるので、部分的に最大性能が必要とされる場合に“動作クロックの上限を引き上げられる余力が生まれた”ていどに考えるのがいいだろう。
現在のSoCは複雑に多くの異なる役割の処理回路が隣接して混載されているので、全体の消費電流や発熱で制約を受ける場合もある。とはいえ5ナノメートルのM2よりは制約は少ないと想像される。15%ていどというのは、さほど外していない数字だろう。
また処理コアによっては動作周波数が上がっていない場合もある。たとえばGPUコアの最高動作周波数(高負荷時の最大値)はM2でもM3でも同じ1.4GHzだ。
・回路設計による処理効率の向上
Media EngineにAV1という新しい主に動画配信やYouTubeなどで使われ始めている高効率動画圧縮技術をデコードする回路が組み込まれたというニュースはあるが、M3ファミリ全体で見ると処理回路のアップデートはGPUの改良が主だ。CPUも改良されているが、主に高効率コアの処理速度向上がメインのアップデートだ。
なお、以下はすべて1コアあたりの処理効率、性能についての話で、搭載するコア数によってSoC全体の性能は異なるので注意してほしい。
アップルは高性能コアが15%、高効率コアが30%、性能向上していると話しており、高性能コアに関してはほぼクロック周波数向上分と考えていいだろう。高効率コアは処理効率が高まっているようだが、おそらくスループットが12-13%ていど上がっているというところだろうか。
高効率コアは比較的低負荷の処理を担当するため、絶対的な性能よりも“同じ処理を行なうなら”30%電力効率が高いことのほうが重要だ。同じ処理をさせた際に、30%少ない電力(=発熱)で処理を完了できる。
明らかにもっとも大きな改良はGPUだ。
メッシュシェーダーという頂点シェーダーの処理と、レイトレーシングによるライティング効果のハードウェアアクセラレート(加速)機能を加えた。
加えてGPUでのグラフィクス処理を行なう際に、動的にメモリリソースを割り当て、解放する回路をハードウェアで搭載したことで、より効率的に処理が行えるようになった。一方で演算ユニットやシェーダーの数は全く同じであり、GPUの演算スループットそのものは、筆者のテストでもM2世代とほとんど変化していない。
・搭載するコア数の増加
ふたつ目に書いたのはコアあたりの処理能力なので、搭載するコア数によってトータル性能は変化する。Appleシリコンは共有メモリアーキテクチャを採用し、同じメモリに対して超広帯域のメモリアクセスをサポートし、さらにコア数上昇に合わせてメモリチャネルの帯域も拡張しているので、コア数にほぼ比例して性能が上がってくれる。この数字はとても重要だ。
CPUに関しては、高性能コアと高効率コアは、M2世代ではM2が4+4、M2 ProとM2 Maxが8+2(両者とも同じ)だったのに対して、M3世代ではM3が4+4、M3 Proが6+6、M3 Maxが12+4と構成が大きく変化した。
GPUはM2 Proが最大19、M2 Maxが最大38コアに対して、M3 Proは最大18、M3 Maxは40コアと、こちらもProとMaxに搭載するコア数が見直されている。
概してM3 ProはM2 Proよりも電力効率重視で、実際に使われるアプリケーションに合わせてコア数(=コストでもある)を最適化する方向へとコンセプトチェンジした。一方でM3 Maxは全力投球で性能を最大にすべくコア数を詰め込んでいるという点で、従来のコンセプトを踏襲したまま、3ナノメートルプロセスに最適化した。
具体的にM2とM3がどんなちがいをもたらす?
筆者はM3搭載iMacとM3 Max搭載の16インチMacBook Proをテストしたが、M3 Pro搭載機はテストしていない。このためM3 Proについては、二つのテストを通じた推察になることを最初に付記しておく。
まずM3ファミリがその能力を発揮するシーンだ。
・GPUを“3Dグラフィックスのレンダリング用プロセッサ”として利用する場合
M3ファミリ最大の長所は、実際に3Dグラフィックスを生成する際に発揮される。
メッシュシェーダーとレイトレーシングのハードウェアによるサポートは、処理スループットを2倍以上、場合によっては最大2.5倍ていどにまで加速する(GPUコアあたりの性能でM2のGPU比)。
Metal 3(アップルの3Dグラフィクス API)が使われる3Dグラフィックスを応用したソフトウェアなら、ひとしくそれら恩恵を受けることが可能だ。それはUnreal Engine 5を用いたゲーム然り、Metalに直接対応するゲームやアプリケーション(Cine4Dなどで知られるMaxonのCinerenderなど)然りだ。
さらにメモリ資源を有効に活用できる動的かつ自動的なリソース管理機能がDynamic Cashingの名前で搭載されたことで、メモリが不足するようなシーンでレンダリングのタスクがストール(待機状態で止まること)することなく動くため、効率よく性能が出るようになった。
つまり、3DゲームやGPUをレンダリングに用いる3D画像生成ソフトなど、Metal 3を何らかの形で使っていれば恩恵を受けられるが、頂点情報が多数ある精緻なモデリングが行われているほど顕著な利点がある。もちろんレイトレーシングが効くような、複雑なライティング設定でよりいい結果が出せる。
・“重めの処理”をバッテリ環境で長時間行なう場合
M2であろうがM3であろうが、CPUが“ビターっ”と100%で張り付くような処理を行わせると、時間あたりの電力消費はあまり変わらない。省電力に動作する余地がなく、設計目一杯の電力でできる限りの力を振り絞るためだ。
そしてMacBook Proの熱設計、冷却機構は以前のモデルとほとんど変化していない。
しかし、ビターっと100% で張り付いた状態での時間あたりの処理量は当然ながらM3のほうが多くなる。
それがよくわかるのはCinebench 2024におけるマルチコアCPUでのスコアで、660対555ポイントと19%向上している。
しかし、ここまでCPUに負荷をかける処理はごく限られている。特別な魅力にはならない。しかし見方を変えれば、19%早く処理を終えて待機状態に戻ることが可能ということにもなる。まさにそれこそが、M3 Max採用のMacBook Proを使う理由になるだろう。またデスクトップ型でバッテリ持続時間の心配が無用なiMacでも、M3の能力は存分に活かせる。
しかし、仮にM3をMacBook Airのような製品に採用するとなると、ちょっと意味がちがってくる。
十分にバッテリの持続時間が取られている現世代のMacBook Airで、M3ファミリが活躍する場面となると、出先で大量のRAW現像など重い処理を行なう場合なら、ちがいを感じるかもしれない。
とはいえ、一度、省電力な状態になってしまえば大きなちがいはない。いずれはM3に切り替わるのだろうが、現時点で議論する必要はないと思う。
・無印M1搭載MacBook Proからのリプレイス
無印M1は現在でも十分に高い電力効率をもつ優秀なモバイルプロセッサだと思うが、ふた世代進化したM3では、電力効率が2倍になっているため、その差は小さくはない。同じ処理を行なった場合の電力消費は半分(SoC部分のみの数字だが)で、ピーク性能は2倍になる。
したがって無印Mプロセッサが初搭載となるMacBook Proの14インチモデルは、M1搭載MacBook Proからのいいリプレースになるだろう。SDXCスロットの存在も、動画カメラを併用しつつ、出先で動画編集する際などに役立つ。
また無印のM1にはMedia Engineが搭載されていなかったため、動画編集時のパフォーマンスや電力効率は大幅に向上する。M2からでは微妙だが、M1からなら乗り換える価値が高いだろう。
もちろん、インテルCPU搭載モデルなら問答無用で比較できないほどだ。
M2 Proユーザーは安心して
M3ファミリの登場後も、次世代チップの登場をほとんど気にかけなくていいと思うのはM2 Pro搭載機のユーザーだ。特に電力消費や発熱を気にしなくていいMac miniのM2 Pro搭載モデルのオーナーは安心すべきだ。
もちろん、メッシュシェーダやレイトレーシングのアクセラレーション機能のちがいはあるが、CPU、GPUともに演算スループットそのものはほとんど変わらない。
特にCPU処理はコア数こそ10から12に増えているものの、高性能なPコアの数がM2 Proが8コアに対し、M3 Proは6コアと異なることもあり、ピーク性能はほぼ同じ。電力効率はM3 Proのほうが高いが、Mac miniユーザーの恩恵はない。
もしM2 ProをMac miniで選んだという読者がいるなら、M3 Proとの差はほとんどないから安心しようとお伝えしておこう。ちなみに集積しているトランジスタ数も、M2 Proのほうが多く、同じProでも少しばかり位置付けが調整されている。
額面だけを見れば、最先端の3ナノメートルプロセスで製造され、GPUが大幅に強化された上にCPUも高速化。新しい動画コーデックのAV1にも対応し、M1のピークパワーを半分の消費電力で出すなど、確実に進化しているのだが、実際に使うのはSoC単体ではなく、それを搭載した製品。
世代が進むことで進化するのは当然だが、アップルは計画的にラインナップ全体のバランスを崩さないようにSoCのリプレイスを進めている。
Appleシリコンが登場して三世代目となり、今後はインテルCPU搭載モデルのリプレイスが進むだろう。インテルからAppleシリコンへの切り替えは大いに推奨するが、M2以降のAppleシリコンならば、世代切り替えを大きく意識しなくてもいいと思う。
その時々に欲しい製品を予算に応じて安心して選べばいい。