デジタル化にとどまらないDXへ–キーパーソンが「全産業連携DXセミナー」で語ったポイント

CNET Japan

 業務のデジタル化・オンライン化が必至との共通認識は、以前からある。しかし、実際の職場は、紙やハンコ、対面を軸にした環境から脱却できなかった。そこに降って湧いたコロナ禍で、オフィス中心からリモートワークへ方向転換し、デジタル化を急速に進めた企業は多い。

 ただし、情報処理推進機構(IPA)は「DX白書2023」のなかで、日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)がまだ不十分と指摘した。確かに、デジタル化(D)は大きく進展している。一方、ICTで業務プロセスの変革や新事業の創出まで起こすトランスフォーメーション(X)の意味は、あまり理解されていない。

 企業でDXを推進する舵取り役は、CEOやCOO、CIO、さらに最近その重要性が増している最高デジタル責任者(CDO)といった経営陣が担う。DXできている企業は、トップがDXの本質を理解し、多彩な事例を知り、そうした知見を自社の事業にうまくアレンジするものだ。

 そんなDX成功の鍵となる経営層を対象として、DX関連イベント「全産業連携DXセミナー」が4月に開催された。

 主催者のミークは、長年のMVNE(Mobile Virtual Network Enabler:仮想移動体サービス提供者)事業で培ったケイパビリティを活かし、IoT通信回線プラットフォーム「MEEQ」などの提供を通じて、さまざまな企業、産業の連携するDXを支援している。このセミナーでは、最先端DXを牽引する企業の役員や業界キーパーソンが登壇し、実例や勘所、海外との比較などを語った。ミークも、全産業の連携するDXを支えるMEEQの可能性を示した。

 本稿は、同セミナーの一部をピックアップする。DXを自分ごとと捉え、DX実践のヒントにしてもらいたい。

通信の泥臭い部分をカバーし、DXと産業連携を推進

 ミーク代表取締役で執行役員社長の峯村竜太氏は、「DXおよび産業連携への貢献」と題した講演のなかで、IoT通信回線プラットフォーム「MEEQ」がDXにどう貢献しているのか、実例を挙げながら紹介した。MEEQは、NTTドコモとソフトバンク、KDDIのネットワークを利用可能なトリプルキャリア対応モバイル通信サービスであり、需要が急拡大しているIoT通信の基盤として、多くの企業、産業を連携させてDXを推進するという。

ミーク
代表取締役 執行役員社長 峯村竜太氏
ミーク
代表取締役 執行役員社長 峯村竜太氏

 MEEQ導入事例の1つは、乗り合いバスの決済システムだ。バスで利用可能なモバイルキャリアは、走行地域によって異なる。山間部などは、キャリアの選択肢が少ないといった制約もあるだろう。こうした用途の場合、3キャリア対応のMEEQが威力を発揮する。

 さらに、バス乗降時のクレジットカードや交通系ICカードによる決済を安全に処理するため、車両側のシステムと決済用サーバー間の通信セキュリティ確保がマストだ。機密性の高い閉域ネットワーク経由で通信するMEEQは、こうした要件にも応えられる。

交通機関向け決済シーンへの採用事例
交通機関向け決済シーンへの採用事例

 ゴルフ場でのスコア集計にもMEEQは活用されている。プレイヤーの乗るゴルフカートに通信機能を持たせ、MEEQのSIM経由でデータをクラブハウスへ送信する、という仕組みだ。このシステムにより、多くのプレイヤーが参加するコンペなどでプレー終了と同時にスコア集計が済み、結果がすぐ判明する。ゴルフ場やコンペ主催者の手間を省きつつ、プレイヤーの利便性も高められるのだ。

 そのほか、セキュアで安定した通信を提供することで、タクシーの配車管理やビルの電力管理、農作物の品質管理など、さまざまなシーンで活用されているという。

MEEQの導入事例
MEEQの導入事例

産業を跨いだ連携で、より効果的・効率的なDXが可能に

 MEEQの導入事例をみていくと、構築されたIoT、DXサービスは多種多様だが、基盤となるIoT通信回線プラットフォームの構成は同じだとわかる。利用シーンは違っても、すべて共通のプラットフォームで対応できている。つまり、MEEQという通信プラットフォームは、産業横断連携を可能にするサービス開発の基盤、とみなせる。

IoT通信回線プラットフォームの役割
IoT通信回線プラットフォームの役割

 通信という「泥臭い部分」をMEEQがカバーすることで、顧客は上層のサービス開発にパワーを集中できる。高い視座からみると、社会全体の工数削減にも貢献していると言えるだろう。

 また、先述のゴルフカートの例では、ゴルフカートナビシステムの開発会社がMEEQを導入し、ナビ端末やゴルフカート、ゴルフ場との異業種で連携を行った。このように、多彩な企業やサービスのDXを下支えし、多くの産業との接点を持っているIoT通信回線プラットフォームには、あらゆる産業を連携させ、DX時代に求められる新しい価値を生み出すポテンシャルがあると言える。

 より効果的、効率的なDXを可能にする産業を跨いだ連携を推進するため、峯村氏は「MEEQのようにシステム開発にともなう初期投資を減らし、コーディング不要で自社のサービス開発に注力できることは、顧客のDX推進に大きく貢献できると考える。今後もより一層、どのような事業者でもすぐ使えるサービスの提供を目指していく」とまとめた。

「DXとは何か」、現場を知るキーパーソンからの答えは

 続いて、実際の現場でDXを牽引している企業の役員によるパネルディスカッションの内容を紹介する。

 登壇者は、政府にデジタル政策やDX推進を提言してきた慶応義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏、LIXILの執行役専務CDOである金澤祐悟氏、日揮ホールディングスの専務執行役員CHROである花田琢也氏、旭化成の取締役兼専務執行役員 DX統括デジタル共創本部長である久世和資氏の4名。モデレーターは、ミークの営業本部担当執行役員である廣中浩氏が務めた。

左から、ミーク 営業本部担当執行役員 廣中浩氏、旭化成 取締役兼専務執行役員 DX統括 デジタル共創本部長 久世和資氏、日揮ホールディングス 専務執行役員CHRO花田琢也氏、LIXIL 執行役専務CDO 金澤祐悟氏、慶応義塾大学名誉教授 竹中平蔵氏
左から、ミーク 営業本部担当執行役員 廣中浩氏、旭化成 取締役兼専務執行役員 DX統括 デジタル共創本部長 久世和資氏、日揮ホールディングス 専務執行役員CHRO花田琢也氏、LIXIL 執行役専務CDO 金澤祐悟氏、慶応義塾大学名誉教授 竹中平蔵氏

 ディスカッションの大きなテーマは、「DXは何を改善するのか、そのためにすべき変革は何か」を考えること。コロナ禍の3年間で働き方が大きく変わり、本格的なDXの時代を迎えた今、今後どう変えていくのか、企業はどう動いていくのか、特に企業同士の連携ができないだろうか、といった内容で、登壇者が意見交換した。

 「DXとは何か」という廣中氏の質問に対し、4名はそれぞれ次のように答えた。

「DXとパーパス経営の類似性は『ジブンゴト化』」(日揮HDの花田氏)
「DXとパーパス経営の類似性は『ジブンゴト化』」(日揮HDの花田氏)

 日揮ホールディングスの花田氏が述べたポイントは、「5年間DXをやってきた反省点」として「ジブンゴト化できないと全体のスピードが上がらない」だ。

 当初デジタル化を中央集権方式で進めていた日揮グループだが、現場となる部門や部隊、事業テーマによって要件が異なり、「スピード感にギャップが出てきた」という。そこで、自律分散的なシステムで進めた方が良いと方針を見直しつつ、全体を統一できるよう「ヒト・モノ・カネをマネージ」してガバナンスするようにした。

 その過程で学んだのが、DXとパーパス経営の類似性だという。

 パーパス経営では、企業のパーパスを部門レベルに落とし込んでも、個人のパーパスと企業のパーパスをすり合わせなければうまくいかない。DXも同様で、「カスケードダウンされて末端まで行き届いているかが重要」であり、DXをなぜやるのかを個人レベルに落とし込む必要がある。つまり、ジブンゴト化できないと、全体的なDXのスピードが上がらない。

「DXの狙いはCX向上」(LIXILの金澤氏)
「DXの狙いはCX向上」(LIXILの金澤氏)

 LIXILの金澤氏は、「体験にフォーカスするDX」に取り組んできたと話す。

 意外なことに、LIXILの提供するリフォームサービスは、メリットのわかりやすい旅行や自動車と競合する事業だそうだ。状況を改善するには、理解しやすいサービスを提供する顧客体験(CX)が鍵となる。そこで、DXの狙いをCXに定めた。

 具体的には、提案するリフォーム内容の説明に3DやAR、iPhoneアプリというデジタル技術をフル活用し、ショールームや自宅でリフォームの結果を疑似体験できるようにした。郵便で受け取る紙の図面などでしか確認できなかった以前に比べ、CXは格段に向上した。

 メリットを実感しにくいリフォームをデジタルで体験化したLIXILの取り組みは、DXの優れた事例だろう。

「DXで壁を壊して『共創』を」(旭化成の久世氏)
「DXで壁を壊して『共創』を」(旭化成の久世氏)

 旭化成の久世氏は、DXの例として、秘密計算という技術で企業間データ連携が進んだことを紹介した。

 化学業界では、新素材の開発スピードをAIやシミュレーションで高める「マテリアルズ・インフォマティック」という手法が使われ始めている。極めて高い効果が得られるものの、要のデータベースをゼロから構築する作業の負担は重い。

 素材メーカーはいずれも同じ手法を採用しているので、各社がバラバラに構築するのは無駄だ。複数の企業間で共通のデータベースを用意できれば、無駄は省ける。しかし、材料に関するノウハウは重要な機密であり、おいそれとは公開できない。

 そこで利用したのが、秘密計算である。秘密計算を使うと、生データを開示せずに企業間でデータをやりとりし必要な計算や分析ができる。こうして構築された共用データベースを活用すると、製品化のスピードを上げられる。競合会社だけでなくサプライチェーンにかかわる企業も巻き込んでいけば、さらに加速できるという。

 ここでの鍵は、企業間の連携だ。企業間に限らず、一企業内の部門間にも壁はある。それをDXが壊したことで、データと情報が連携し、新たな価値を生み出す「共創」が可能になった。

「DXで訪れる新しい時代には『新しい仕組み』が必要」(竹中氏)
「DXで訪れる新しい時代には『新しい仕組み』が必要」(竹中氏)

 竹中氏は、企業と違う視点からDXやデジタル活用を語った。データプライバシーが連携の障害にならないよう、新しい仕組みが必要だとした。

 たとえば、ドイツは高速道路の利用料金を自動徴収するため、GPS自動車追跡システムを導入したそうだ。便利なことは間違いないのだが、個人の移動が政府に把握されてしまう、との懸念も生じた。そこで、ドイツ政府は新たな管理機関を作って情報を入手しないようにして、利便性向上とプライバシー保護を両立させた。

 日本でも、スーパーシティ構想を実運用するにあたり、プライバシー保護が問題になる。そこで、住民の合意をきちんと取って新しい仕組みを作り、そのうえで計画を進める、といった対応が欠かせないという。

産業連携の先にあるDX–それを支える、黒子のIoT通信回線プラットフォーム

 MEEQのようなIoT通信回線プラットフォームは、IoT活用やDX実現に不可欠な舞台を支えている。峯村氏の講演から、普段見過ごしている大切な黒子の活躍がよくわかった。

 また、DXの現場を知るキーパーソンたちは、実際に経験してきた失敗や成功、具体的な事例を披露してくれた。日々実感するであろう身近な例や、大局的な考え方、未来を見据えた視点など、組織でDXを推進する際に役立つ話だった。イベント参加者にとって、大きな収穫になったはずだ。

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