リントナー独財務相の「中国体験談」

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世界第2位の経済大国中国がれっきとした共産党独裁政権であることを欧米諸国は時として忘れてしまう。過去の共産主義諸国がどのような悲惨な歴史であったかは既に実証されているが、中国共産党政権も過去の共産諸国と同様であるという事実を忘れがちだ。

中国から嫌われるリントナー独連邦財務相(FDP公式サイトから)

もちろん、忘れる欧米諸国にもそれなりの理由はある。経済大国で共産国の中国が人口大国であり、その労働力は安価であり、そしてその潜在的市場は巨大だという経済的な魅力に、多くの欧米企業は抗することができないからだ。自動車製造大国のドイツにとって、年間売り上げ台数の多くを中国市場に頼っているメルセデス・ベンツ社やフォルクスワーゲン社は「中国国民の人権が蹂躙されているから」といわれても中国市場を放棄することはできないのだ。

一方、中国共産党政権は一度、自国の人権問題を批判したり、自国の政治政策に反する言動をした欧米諸国の政治家や著名人を絶対に忘れない。その記憶力は考えられないほどいい。政治家は10年前の自身の中国批判の発言を忘れてしまっていたにもかかわらず、それを理由に中国共産党政権がその政治家を批判してくる時、不気味に感じるだろう。

多分、ドイツのクリスチャン・リントナー財務相(自由民主党=FDP)もそのように感じ出しているかもしれない。リントナー財務相は今週北京に飛び、ドイツと中国両国の政府間協議とハイレベルの金融対話を行う予定だったが、独連邦財務省によると、中国財務省が先週末、スケジュール上の理由から、10日に予定されていた両国財務相会談を延期するよう要請してきたという。会議は後日、再スケジュールされるという(リントナー財務相は10日、G7財務相会議に参加するために日本を訪問する)。

中国側から突然会議キャンセルを受け取ったリントナー財務相は多分、最初は驚いただろうが、直ぐに「中国側は僕を嫌っているな」と感じたのではないか。リントナー財務相は野党時代からはっきりとモノを言う政治家として知られてきた。例えば、同財務相は2月末、G20財務相会議後、ロシアによるウクライナへの攻撃を批判する共同最終文書を中国が阻止したことを「遺憾だ」と批判している。

FDPが野党時代の2019年夏、リントナー氏は香港を訪問し、中国本土で権威主義的な権力行使が強まっていることに反対する大規模な抗議行動を行っていた野党代表数人と会った。その後、北京入りしたが、予定されていた中国高官との会談はキャンセルされ、会談した相手側からは握手さえ拒否されたという体験をしている。4年前の話だ。リントナー氏の名前が中国版「独政治家Who’s Who」で反中国政治家の烙印を押されていたとしても不思議ではない。

多分、中国側が最近最も強く反発したことは、リントナー財務相が党首を務めるFDP所属のべティーナ・シュタルク=ワッツィンガー連邦教育・研究相が3月21日、ドイツ連邦政府メンバーとして1997年以来26年ぶりに台湾を訪問したことだろう。駐独中国大使館は、「国家主権と領土保全、そして中国の核心的利益を守るという中国の決意を過小評価してはならない」と警告を発している(ドイツ連邦議員団が昨年秋、既に台湾を訪問している)。リントナー党首とFDP閣僚に対する中国側の目は一層厳しくなっていくことが予想される。

なお、リントナー財務相は4月末に開催されたFDP党大会で、「ドイツ経済は中国からの経済的自立を推進していかなければならない」と指摘し、ドイツ政府の過去の中国政策を「間違いだった」とはっきり述べている(ドイツ民間ニュース専門局ntv)。

いずれにしても、リントナー財務相の中国政府との体験談は決して珍しくはない。程度の差こそあれ、中国共産党政権を批判したら同じような体験をすることになる。台湾との関係促進をするバルト3国(リトアニア、エストニア、ラトビア)や東欧のチェコの政治家たちは既に体験済みだ。

中国共産党政権は欧米諸国の政治家の反中言動を決して忘れない。台湾との二国間交流を深めることを目的とした動議が今月2日、スイスの国民議会(下院)で可決されたが、在スイス中国大使館はこれを受け、内政干渉だと強く反発しているというニュースが流れてきたばかりだ。

繰り返すが、中国と交渉する欧米諸国は、中国が共産主義国であるという事実を決して忘れないことだ。会談のテーブルに豪華な食卓が準備され、高価なプレゼントが提供されても、中国は共産政権の独裁国家であるという事実を片時も忘れないことだ。欧米諸国は認知症に陥らず、中国共産党政権の間違いを堂々と指摘できる信念を持ち続けるべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。