TikTok 専門エージェンシーが米国での使用禁止を恐れない理由:「コンテンツ消費そのもののスピードが加速している」

DIGIDAY

メディアとクリエイティブ、あるいはブランド広告と運用型広告の境界線を揺らす新たなエージェンシーが、TikTok広告への特化を深めている。しかし、米DIGIDAYの取材に応じた5つのエージェンシーによると、TikTok広告に関する限り、どんなケースにも通用する万能薬のようなアプローチは存在しないという。

TikTokのコンテンツ制作は科学だ。適材適所のインフルエンサーを起用することから、過度な演出を感じさせない本物感のある広告を制作することまで、すべて科学的な手法でおこなわれる。しかし、こうした小規模なエージェンシーの差別化要因は、むしろ彼らのカルチャーであり、仕事のスピード感であり、そしてTikTok戦略とコマースに対する専門的なスキルやノウハウである。

TikTokの世界で仕事をするこうしたエージェンシーに、TikTokの全面禁止を懸念するそぶりは見られない。いまのところ禁止の可能性は低そうだが、仮に禁止されたとしても、どのエージェンシーもTikTokでの学びはほかのソーシャルプラットフォームに応用できるものだと考えている。

TikTokのスピードに対応

TikTok広告を専門に扱うエージェンシーのギャスト(Gassed)を創設したディーン・ロハス氏とマイケル・ウールジー氏は、従来的なメディアエージェンシーとの違いについて、「急成長と存続の危機が同居するTikTokというプラットフォームで、スピーディかつ大量にコンテンツを生産することだ」と説明している。

両氏はドクタースクワッチ(Dr.Squatch)のメディア部門およびクリエイティブ部門で経験を積んだ後、2022年にギャストを設立した。TikTokというペースの速い環境でクライアントのニーズに応えるため、メディアとクリエイティブのスペシャリストを結集したかったという。

「クリエイティブとメディアを別々のエージェンシーに任せるのではなく、両者をひとつにまとめることが狙いだ」と最高経営責任者(CEO)のウールジー氏は説明する。「TikTokは展開が速い。ふたつの機能をまとめることで、このスピードについていくことができるし、クライアントに代わって主要なKPIを達成するために、必要な施策を臨機応変かつ迅速に打つことができる」。

さらにロハス氏はこう話す。「我々の目標は、広告だと気づいたときにはすでに10秒が経過し、広告の製品に興味を持っている、そんなコンテンツを開発することだ」。

広告事業は右肩上がり

セキュリティ上の懸念が高まり、米国での使用禁止が繰り返し叫ばれても、TikTokが成長率トップのソーシャルネットワークであることに疑いの余地はない。2021年、TikTokは全世界の月間利用者数が10億人を突破したと報告した。さらに2023年には、米国の月間アクティブユーザー数が2022年の1億人から大きく増えて、1億5000万人に達したと発表している。

2022年10月、調査会社のインサイダーインテリジェンス(Insider Intelligence)は、TikTokの全世界での広告収入が2023年には145億ドル(約1兆9410億円)に達すると予測した。ただし今月、この数字は131億6000万ドル(約1兆7508億円)に下方修正されている。

同社のソーシャルメディアアナリストであるジャズミン・エンバーグ氏によると、景気後退によるデジタル広告全体の不振もさることながら、この時期にリスクを嫌う広告主が増えたことも要因のひとつのようだという。それでも、TikTokの広告事業全般を見る限り、この下方修正はそれほど不安視すべきものではないという。

米DIGIDAYの取材に対し、同氏はこう述べている。「TikTokは、ほかのソーシャルプラットフォームをはるかに凌ぐ勢いで広告収入を伸ばしている」。

実際、インサイダーインテリジェンスは今月、TikTokの全世界での広告収入が2024年には30.7%増の172億ドル(約2兆2964億円)に達するとの予測を出した。2025年にはさらに28%増加して220億ドル(約2兆9260億円)近くに達するとしている。

スピード感をもって制作、しかし本物感はなくさない

短編動画コンテンツは動きが速い。TikTokの専門エージェンシーであれば、この性質に適応しなければ成長は望めない。ギャストは現在、14人のスタッフを抱え、TikTokと提携しており、北米でもっとも活発なTikTokエージェンシーのひとつを自認する。この1年でTikTokに5000万ドル(約6億6500万円)以上を支出し、戦略、ペイドメディア、クリエイティブなどの拡充を図ってきた。主なクライアントは、男性用スキンケアブランドのルミン(Lumin)、クロックス(Crocs)、語学学習アプリのバベル(Babbel)などだ。

ギャストは俳優を雇い、自社で脚本を執筆し、動画の撮影はすべてインハウスでおこなっている。新規のクライアントのテスト配信向けに毎月20本から25本程度の広告を作成するという。3月は週あたり推定で約100本を制作。月平均の作品数は365本にのぼる。

「我々は1日に大量のコンテンツが消費される非常にせわしない環境に生きている」とウールジー氏は話す。「そしてこのスピードについていかなければならない。ほかのチャネルであれば、作品を丁寧に作り込み、できるだけネイティブに近い広告を配信しようと試みる。そしてクライアントの規模拡大を支援するために、データドリブンのクリエイティブを大量に制作しようとする」。

TikTok広告の撮影方法はまったく異なる。ロハス氏によると、めざすところはTikTok特有の自撮りコンテンツに近いクリエイティブだという。「誰かが自撮りスタイルでカメラを構えているとする。我々はその反対側で、この人の手を握っているような形でカメラを構える。実在する人物が商品の使用感や感想を本心でしゃべっているような作品が望ましい」。

クリエイター選びにAIやパフォーマンスデータを活用

TikTokの専門エージェンシーのなかには、インフルエンサーやクリエイターの起用にAI(人工知能)やパフォーマンス分析を活用しているところもある。インフルエンサーマーケティングエージェンシーのハイプファクトリー(HypeFactory)では、独自開発のAIツール「ハイプディテクト(HypeDetect)」を活用して、ブランドのマーケティング目標に合致するコンテンツクリエイターを特定している。

たとえば、デモグラフィック、ロケーション、サイコグラフィックなどの評価基準、オーディエンスやチャネルのクオリティスコアなど、合計すると35を超える指標を活用して、アカウント分析をおこなっている。

ハイプファクトリーでCOOを務めるレジナ・ツヴィラヴァ氏はこう話す。「AIがコンテンツクリエイターを探し、ハイプファクトリーのタレントマネジメント部門がキャンペーンの実現に向けてクリエイターと交渉する。ネイティブな広告でキャンペーンを成功させるには、クリエイターへのパーソナルな接近法を見つけ、その国の文化的属性を理解し、彼らの母国語を話すことで議論のプロセスを加速させることが重要だ」。

ハイプファクトリーが従来のアプローチと異なる点は、「ターゲット広告をやらないことだ」とツヴィラヴァ氏は説明する。同氏によると、ハイプファクトリーはキャンペーンの目標達成にもっとも適したクリエイターを選び、できる限り直接契約するという。なお、すべてのキャンペーンで秘密保持契約を結んでいるため、具体的なクライアント名やキャンペーン結果については公開できないとのことだった。

クリエイティブの主導権はクリエイターに持たせる

インフルエンサーエージェンシーのユビキタス(Ubiquitous)でCEOを務めるジェス・フラック氏によると、同社ではユーザー生成コンテンツ(UGC)にも注力しているが、ギャストとは異なり、台本を用意した動画制作はおこなわないという。また、同社もキャンペーンの実施と規模拡大に独自技術を活用している。パフォーマンスデータと予測データを用いて、クリエイターとブランドのマッチングを実行しているようだ。

「台本に沿ったコンテンツ制作は絶対にやらない」と同氏は話す。「ガードレール付きの自由が我々の信条だ。クリエイティブの主導権はクリエイターに持たせる。そのほうが本物感のあるよいコンテンツができるし、クリエイターと良好な関係を築くことができる」。

最近の事例では、食品飲料メーカーのマジックスプーン(Magic Spoon)がTikTokキャンペーンで好成績をあげた。同氏によると、このキャンペーンによってエンゲージメント率は倍増し、動画再生回数は1020万回を超え、インプレッション単価は2ドル30セント(約305円)で、5週間足らずで35%のエンゲージメント率を達成したという。

同じく健康美容ブランドのハーズ(Hers)も脱毛キャンペーンを成功させ、クリック単価62セント(約82円)で再生回数500万回、ウェブサイトへの訪問者1万1000人を達成した。このキャンペーンでは、日頃からヘアケアやスキンケアの体験談を語るインフルエンサーが起用された。

「過去の実績と予測データを活用して、クリエイターとブランドをマッチングしている。また、長期的な関係構築にも注力している。経時的にパフォーマンスを最適化できるからだ。さらに、垂直統合のおかげでブランドの費用対効果とクリエイターの収益性を、両方同時に改善することができた」と同氏は言う。

鍵はUGC

TikTokへの投資を続ける広告主も、警戒は怠らないようだ。デジタルエージェンシーのブロズムブランズ(Blosm Brands)の共同設立者であるサナム・ガニーアン氏によると、TikTokでのメディアプランニングやメディアバイイングは、ペイドメディアの領域では比較的新しく、インスタグラムほどの競争力はまだないため、TikTokでは新規顧客の獲得にのみ注力しているという。

「TikTokはボトムファネルに強いプラットフォームではない」と同氏は話す。「しかし、新規顧客の獲得という観点では、CPM(20%減)でもエンゲージメント(35%増)でもインスタグラムを上回る。全体的な効率化には十分有効だろう」。

だが、TikTokで結果を出す鍵はユーザー生成コンテンツだ。「特定のクライアントに関しては、コンテンツの新鮮さと最高のエンゲージメントレベルを維持するために、常時オンのアプローチで新たなUGCを集めている」と同氏は言う。

規制の懸念は?

TikTokの専門エージェンシーは、少なくともいまのところ、米国での全面禁止について過度に心配していない。インサイダーインテリジェンスのエンバーグ氏によると、ここ最近、広告主は「様子見」の姿勢を取っている。

ほとんどのエージェンシーはクライアントに対して「TikTokでの支出を減らせ」と助言するのをためらっていると、同氏は話す。「広告主はバックアッププランを少なくとも用意しておくべきだが、現状、彼らはTikTokへの支出を大きく減らしてはいない。TikTokの全面禁止は一夜にして起こるものではなく、いますぐTikTokの予算を縮小するのは時期尚早だろう」。

仮にTikTokが使用停止になったとしても、ギャストのTikTok戦略やデジタル事業はほかのどのプラットフォームでも通用するとウールジー氏は述べている。同氏によると、TikTokはいまも新規採用を続けており、マーケティングパートナーとも積極的に接触しているという。

規制されればプラットフォームを変えるのみ

ウールジー氏も「あまり心配していない」と話す。「コンテンツもメディアも、我々のやっていることも、ほかのプラットフォームに移植可能だ。これまでに多くのスキルを培い、メタなどのほかのプラットフォームでも多くのブランドと仕事をしてきたからだ。そして今日では、誰もがコンテンツを求めている。しかもスピーディに。コンテンツ消費のスピードそのものが加速している。TikTokがダメなら、メタでもどこでも移動すればよい話だ」。

ハイプファクトリーのツヴィラヴァ氏は、TikTokの使用禁止はクリエイターとブランドに大きな影響を与えるだろうと見ているが、「それならそれで、クライアントをほかのプラットフォームに移動させればよいだけだ」とも考えている。多くのクリエイターは複数のプラットフォームにコンテンツを投稿している。「今後は、インフルエンサーと一緒にフォロワーも別のプラットフォームに移動させる算段に人手も時間も割くことになるだろうが、それはできないことではない」と、同氏は語った。

3月にワシントンでTikTokに関する公聴会が開かれた後、フラック氏はTikTokが講じたデータとプライバシーをめぐるリスクの軽減策に「感心した」と述べている。TikTokの使用禁止についてどの程度心配しているかという問いに対して、「10段階評価で2くらいだ」と答えた。

「正直なところ、現時点でTikTokはメタやGoogleよりもよほど安全だと感じている。使用禁止になれば、騒動は避けられないだろう」と同氏は話す。「何百万もの人々が、それぞれの理由で動揺したり腹を立てたりするだろう。完全につぶしてしまうには大きすぎるのだ。もちろん、絶対につぶれないとは言わないが」。

[原文:Media Buying Briefing: How TikTok agencies work — and why they don’t fear a U.S. ban of the app

Antoinette Siu(翻訳:英じゅんこ、編集:島田涼平)

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