「 実際には起きていない動画 」がファッション・マーケティングを席巻【ファッションブリーフィング】

DIGIDAY

ジャックムス(Jacquemus)のバッグ、ル・バンビーノ(Le Bambino)の形をしたバスが、パリの道路を走っている。現時点でそんなソーシャルメディアの投稿を、間違いなく目にしたことがあるはずだ。思わず二度見して、ひょっとすると、何千人もの人々がそうしたように、この天才的な屋外アクティベーションについてコメントしたかもしれない。だが、その動画が、ソーシャルメディア用に特別に制作された3Dデジタルアーティストの作品だということにいち早く気づいていたなら話は別だ。スマホのスクロールを止めた人々はたくさんいたが、実際に道に立ち止まってこのバイラル動画を撮影した人は存在しなかったのだ。

独創的ではあったが、それでもやはりファッションという舞台装置が支配している。

バイラルになるにはリアルである必要はない

4月5日に投稿されてから、この動画はマーケターを刺激し、ファッションマーケティングの方向性やAIの影響について新たな示唆を与え、現実世界でのブランドの重要な瞬間など、現在のデジタルの能力と消費者の関心に光を当てている。

「ジャックムスは文句なしの何かを作り出した」とGlossyに語ったのは、アロヨガ(Alo Yoga)のグローバルマーケティング責任者アンジェリック・ヴェンデッテ氏だ。4月6日、NFTの会社を設立し、アロヨガのWeb3アクティベーションを指揮する同氏は、LinkedIn(リンクトイン)の個人アカウントでジャックムスの投稿を共有し、「バイラルになるにはリアルである必要があるなどと、誰が言ったのか?」と結論づけたキャプションを添えた。

ジャックムスがソーシャルチャネルで共有したこの作品の投稿は、4月8日の朝の時点で、TikTokでは1120万ビュー、140万の「いいね!」、20万8000のシェア、8500のコメントを獲得している。インスタグラムでは、84万の「いいね!」と9000のコメントを集めた。また、同ブランドとバッグのル・バンビーノ、「ジャックムス広告キャンペーン」のGoogle検索が急増、後者は投稿後24時間で900%増加している。

リアルな映像と勘違いしたトレンドも

ソーシャルコメントやスティッチされた動画にはテーマがあり、そのひとつは「彼らがまたやった」というイテレーションで、革新的でインパクトのあるマーケティング・アクティベーションを繰り返し展開してきたジャックムスの歴史を指摘している。それに関して、TikTokのマーケティングインフルエンサーたちは今回の投稿の成功についてすぐさま分析している。当然ながらこの投稿の背景を考えると、ドラマ「エミリー、パリへ行く(Emily in Paris)」の主人公のファッションマーケティングのアイデアとの類似点がある。

だが、多くのTikTokerやインスタグラマーがこの動くバッグをリアルだと思い込み、それを拡散するという、誤った情報に関するトレンドも投稿全体で見られた。たとえば、@romy_talks_fashion (フォロワー数7万7000人)はTikTokで「バンビーノバッグを使ってパリのバスツアー、すごく頭いい。ジャックムスらしい」とキャプションをつけている。同ブランドは、この投稿のビデオアーティストであるイアン・パジャム氏をインスタグラムのブランドの投稿にはタグ付けしているが、TikTokの投稿では、そのデジタル作品の製作に関するタグや言及はなかった。「オペラ・ガルニエに向かう巨大なバンビーノのバッグ」というキャプションも誤解を招くという意見もあるだろう。ジャックムスもパジャム氏もコメントの要請には応じなかった。

現実ではない映像にどう対処していくか

2021年8月、ZARA(ザラ)がソーシャルチャネルにソーホー店がカラフルなボールが渦巻く水族館に変化したかのような写真を共有した際にも、同じような展開があった。ほとんどの視聴者は、このバイラル投稿はまったく怪しいと疑うのではなく、店のフロントウィンドウのデジタルスクリーンで3D映像を再生していると勘違いしたのだ。ZARAの投稿には「私たちのソーホー店の中を歩く」と書かれていた。人々はそれを見るために同店を訪れた後、「がっかり! TikTokだけのためのものだったと判明!」と投稿した。この投稿を手がけたモーションデザイン・アーティストのシェーン・フー氏は当時、この投稿を見て多くのファッションブランドが接触してきたと語っている。2022年10月、彼はバーバリー(Burberry)のために行ったプロジェクトの動画を投稿した。その動画では、道の中央に特大のバッグ、ローラ(Lola)が置かれており、バッグのフェイクファーが風に吹かれてなびいているように見える。

そのほかにも、アンドレス・ライジンガー氏が手がけたピンクのふわふわした毛に包まれた店舗外観のイメージなど、最近ではファッションファンを困惑させるデジタルアート作品がある。

ジャックムスと仕事をしたアーティスト、パジャム氏のインスタグラムでは、リダン(ReDone)、ベルシュカ(Bershka)、グッチ(Gucci)のヴォールト(Vault)事業など、ファッション企業のために身近な場所をシュールなブランドの作品に溶け込ませるという、同種の作品を制作していることがわかる。

3月、AIがもたらす長期的で「深層的な因果関係」について、統合マーケティングエージェンシーのMGエンパワー(MG Empower)のマーケティングマネージャー、ヘレン・キャサリン氏は次のように語っている。「このテクノロジーで、実際には起きていないことがあたかも起こったかのような映像を制作できるようになるだろう。そして、私たちはそれにどう対処していくのだろうか?」

明らかに、すでにこうしたことは起きている。そして今のところ、少なくともある程度の混乱を引き起こしている。

ヴェンデッテ氏は「ブランドは、AIで作られたものだということや、あるいは3Dレンダリングであることを開示しなければならない状況になるだろう」と言う。同氏は、ジャックムスがフランスのブランドだという点を指摘したが、フランスでは、ブランドのマーケティングに登場するモデルがフォトショップで加工された場合、それが屋外広告であっても、いまではブランドは開示をしなくてはならない。

アーンドメディアのポイントはバイラリティの獲得

とはいえ、この記事のためにインタビューした業界のエグゼクティブらによれば、こうしたデジタル機能の長所は短所をはるかに上回るという。ひとつには、広告費の威力が低下している時期に、ブランドがインパクトのあるオーガニックなコンテンツを作成できるという点がある。

「買い物客の注目を集めるのがますます難しくなっているため、ブランドはいま、奮闘している」と述べたのは、ショップショップス(ShopShops)といったリテールテック企業のアドバイザーで、かつてインスタグラムのショッピングパートナーシップを率いていたメガナ・ダール氏だ。彼女は、iOS14のオペレーティングシステムの変更と、それによる広告効果の低下に言及した。「(ブランドは)現在、広告を通じてではなく、コラボレーションやインスタレーション、ポップアップやクリエイターを通じて注目を集めるための、クリエイティブな方法を見つけようとしている」。

こうした機会に対し、ブランドが大げさな表現を好むことについて、ダール氏は「ペイドメディアに対して、アーンドメディアの全体的なポイントはバイラリティを獲得することだ」と述べた。

インパクトのある現実のアクティベーション

ジャックムス以外のファッションブランドによる最近のソーシャルメディア上の注目の出来事として、ヴェンデッテ氏とダール氏は、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)が日本人アーティスト草間彌生氏とのコラボレーションを再開したという話題を挙げた。もちろんここでの大きな違いは、コレクションのプロモーションに使われている草間氏の巨大なフィギュアが実際に存在することだ。ルイ・ヴィトンの店舗にそびえ立つ草間氏は、東京のポップアップに飛び出しし、ハロッズ(Harrods)を「塗り替える」など、さまざまな形で姿を見せた。

マイアミにあるルイ・ヴィトンのヴァージル・アブロー氏を称える彫像もそうだし、2023年春のランウェイショーでコペルニ(Coperni)がベラ・ハディッド氏にスプレーでドレスを塗った瞬間がバイラルになったのも言うまでもないだろう。ヴェンデッテ氏は、そのドレスのバイラリティの根拠をジャックムスのデジタルのバスと比較して、どちらも「考えさせ、思案させるためにファッションに適用されるイノベーション」を表現しているという。

ヴェンデッテ氏は、テストや学習、オーディエンスとのつながりと同様に、イノベーションはマーケティングアクティベーションの目標として受け入れられるべきだと主張した。それと同じように、トラフィックや売上を牽引することよりも、声明を出すことがさらに重要となるだろう。「屋外アクティベーションは、ファッションにとどまらず、アート界、開催地となる都市、そして文化全体に波及することがよくある」とヴェンデッテ氏は述べている。

ヴェンデッテ氏は「ジャックバス(Jacquebuses)」と呼ばれるこの作品が物理的に実行されたなら、さらにインパクトのあるものになっていたはずだと言う。そのバスは、パリの人々や、タイミングがよければパリを訪れた報道陣にも撮影されて共有されていただろう(ジャックムスはギャラリー・ラファイエットで、ル・バンビーノのバッグの験型アクティベーションを開催した)。同時にヴェンデッテ氏は、3Dレンダリングは屋外アクティベーションよりもコストがかからないことも認めている。これは、特に大手コングロマリットの支持がないブランドにとって、最近では考慮すべき点となっている。

注目を集めるにはドラマチックなスタイルや前衛的なセンスが必要

ヴェンデッテ氏は、アロヨガのマーケティングアイデアを練りながら、あらゆるイノベーションを探求しているという。その中には、日々「AIや3Dレンダリングがどのように応用できるのか」を理解するための作業もある。また、AIがマーケティングの仕事を引き継ぐことに関しては何の不安もないという。

「AIと3Dデザインがアイデアを生み、その後何かを実現するのを手助けする方法は、クリエイティブチームやマーケターが有意義で異なるものを生み出すことを増強する」とヴェンデッテ氏は述べ、「ジャックムスはこれを真の屋外スタイルで制作しなかったが、間違いなくそうすることができたはず」とも付け加えた。

全体として、ジャックバスやそのほかの最近のファッションの注目すべき瞬間は、屋外、3D、その他の革新的なブランドマーケティングに対する消費者の関心を証明している。これは現在優勢なTikTokの生(なま)の美学に対する拒絶ともいえる。同時に、この需要は将来に対するトレンドに過ぎないということも示唆している。

「いま注目を集めるには、多少ドラマチックなスタイルや前衛的なセンスが必要とされる」とダール氏は言う。「とはいえ、いつまでもそれを続けることはできない。前衛的なものが普通になってしまい、その後、基準値がリセットされてしまうからだ」。

[原文:Fashion Briefing: ‘Videos of things that never happened’ are dominating fashion marketing]

JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)

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