公開から1年を迎える トレードデスク のオープンパス:SSPとパブリッシャー各社の反応は

DIGIDAY

1月の第1週、トレードデスク(The Trade Desk、以下TTD)のある上級幹部がWhatsAppのプライベートグループで、参加者のパブリッシャーとアドテクベンダーにチャタムハウスルールの順守を求めた。つまり、名前、役職、会社名など、発言者や属性を特定する情報は一切非公開としてほしかったのだ。TTDはそこにいる全員と率直な話がしたかった。

この幹部は、291語を費やしてオープンパス(OpenPath)の弁護を展開した。TTDが運営するオープンパスは、広告主がSSPを介さずに、直接パブリッシャーの広告在庫に入札できるようにしようという試みだ。

この幹部は同業者たちがこの構想に完全には納得していないことを痛いほどよく分かっていた。パブリッシャーたちはオープンパスが市場から資金を吸い上げてしまうのではないかと懸念していたからだ。一方で、SSPはオープンパスが自分たちのマージンを圧迫するのではないか、最悪の場合、中間業者としての自分たちを市場から排除するのではないかと疑っていた。

オープンパスは単なるパイプ

この幹部はこうした懸念を払拭したいと考えた。この議論の狙いは、オープンパスが偽装SSPではないことを取引先や同業者に納得してもらうことにあった。TTDは、オープンパスがパブリッシャーとSSPとの既存の契約を損なうものではないとも主張し、さらにパブリッシャーの利益を増大させうる可能性にまで言及している。

「これはSSPではない。SSPと並んでパブリッシャーに直接連携されるものだ」と、同幹部は話す。「さらにいうなら、SSPは単なるパイプではないが、オープンパスはそうだ」。

この表現には、パブリッシャーたちに「オープンパスは問題解決を助けるものであり、新たな問題を追加するものではない」と、一片の疑いもなく信じてもらいたいというTTDの思いが表れている。しかし、その思いが伝わったか否かは疑問が残る。

米DIGIDAYはこのメッセージが送信された直後に同チャットグループで撮影された画像を入手した。この画像を見る限り、オープンパスの訴えの半分は親指2本の絵文字、残り半分は親指1本の絵文字で称賛の意が示されている。

このメッセージとそれに対するさまざまな反応は、オープンパスの歩みとパブリッシャーたちへの勧誘活動を映す、いわば縮図といえる。そして一部のパブリッシャーはいまも完全には納得していない。

順調に稼働

なお、パブリッシャーはオープンパスを使っている。アドテクトラッカーのシンセラ(Sincera)によると、現在は実際にオープンパス経由で広告主にインプレッションを販売しているドメインは4000近くにのぼるという。確かに、驚嘆するような規模ではなく、パブマティック(PubMatic)やオープンX(OpenX)ら、従来のプログラマティックマーケットプレイスで販売されるドメインの数には遠く及ばない。そもそも、オープンパスにはそのような規模を達成するつもりは毛頭ない。

「この1年のオープンパスの進捗に大いに満足している。このあいだに供給のベースラインを明確にできた」。そう話すのは、TTDでインベントリー開発担当のバイスプレジデントを務めるウィル・ドハティ氏だ。「我々とパブリッシャーを結ぶサプライチェーンは非常に短い。そしてこのサプライチェーンが我々にもたらすテレメトリーは、さまざまな側面で増大している」。

平たくいえば、オープンパスは順調に稼働している。いまやマーケターたちはオープンパスを通じてA+Eネットワークス(A+E Networks)やエンサイクロペディアブリタニカ(Encyclopedia Britannica)などの有名ブランド、さらにはカフェメディア(CafeMedia)のような持株会社が所有するもっともアクセスの多いウェブサイトから、プログラマティック広告を直接購入できるようになっている。

もちろん、これで終わりではない。参加予定のパブリッシャーは3500を超える。シンセラによると、この数はTTDへのオープンパス接続を設定したものの、まだ有効化はしていないパブリッシャーの数だという。この接続が有効化されれば、買いつけ可能なドメインは直ちに倍増することになる。

期待以上のパートナー

では2023年、オープンパスはどうなるのだろうか? フランク・シナトラのヒット曲ではないが、「まだまだこれから」といったところだろう。これまでの紆余曲折を思えば、TTDが望みうる限りのよい結果といえるかもしれない。

オープンパスの公開時、パブリッシャーに対する売り文句は「プログラマティック収入の新たなパイプになる」というものだったが、「広告費の流れに対するTTDの影響力が大きくなるだけではないか」というパブリッシャーたちの暗い懸念は払拭されなかった。

「疑念は残るが大目に見よう」とパブリッシャーたちがそう決めたときでさえ、今度はレポート機能が間に合わず、この決定を実行に移せなかった。準備が整うのはオープンパスへの接続がようやく完了した後のことだった。この過程を知る3人の広告関係者によると、一部のリンクを稼働させるのに、想定外の時間を要したという。

あれやこれやを片付けて、パブリッシャーたちはようやく安堵の息をついたという。オープンパスから広告費を稼いでも、ほかのSSPと結んだもっとも価値の高い契約が損なわれることはなかった。そのため、これまで抱いていた懸念や疑念は棚上げされ、いま現在オープンパスは全速力で前進している。

「我々から見ると、オープンパスは上手くいっている」。そう話すのは、メディアヴァイン(Mediavine)のエリック・ホックバーガーCEOだ。「オープンパスとの連携で増益を達成した。期待以上のパートナーシップだ」。

広告管理会社のフリースター(Freestar)も同様だ。さまざまな業界のパブリッシャー数百社を顧客としてその広告管理を請け負うフリースターは、TTDがオープンパスの契約を結んだ初期の企業のひとつだ。これまでのところ、両者はウィンウィンの関係を維持している。TTDは広告主に代わって広範かつ良質な広告在庫に直接アクセスでき、フリースターのパブリッシャーたちは収入源を増やすことができる。

フリースターのプレジデント兼CEOであるカート・ドネル氏はこう話す。「オープンパスは我々にとって非常に有益だ。収益増を達成しつつ、取引のあるほかのSSPから利益を奪うこともない。これまでのところ、非常に大きなプラス効果をあげている」。

契約の圧力

とはいえ、すべてのパブリッシャーがそう感じているわけではない。一部のパブリッシャーは契約せざるを得ない状況に追い込まれたと感じている。彼らにとっては、言いたいことを言えるような状況ではなかったという。

TTDとの取引関係を損なうおそれがあるとして、米DIGIDAYの取材に匿名で応じた複数のパブリッシャー幹部のひとりは、「この提案には表に出ない側面があった」と語る。「じっくり検討する時間がなかった。TTDは『いまこの船に乗らなければ、次のチャンスはないかもしれない』と言わんばかりの態度だった」。

当然のことながら、TTD側の見解は異なる。「このような意見は、オープンパスについて私が経験したどの協議でも聞いたことがない」とドハティ氏は話す。「優先的な扱いや影響力の強化など、いまの我々にはむしろ不要だ。オープンパスへの接続を望むパブリッシャーは、処理する時間が足りなくなるほどたくさんいる」。

しかし、オープンパスに参加したパブリッシャーのうち、TTDの圧力を感じたというパブリッシャーが少なくともいる。このパブリッシャーの幹部たちは、TTDの誘いを断れば、彼らがもたらす広告費をすべて失うかもしれないと心配したという。「オープンパスの提案を受けたとき、確かにそう感じた」と、幹部のひとりは証言する。

パブリッシャーのもとにTTDがやってきて、オープンパスを全力で成功させると明言したとする。相手がこれだけの大見得を切れば、どれほどリスクを嫌うパブリッシャーであっても、興味をそそられるというものだ。とはいえ、その大部分は想定の域を出ない。

本物のパブリッシャーに届くべき広告費

「TTDがパブリッシャーから在庫を買いつける際、効率的な経路として5つの選択肢がある。オープンパスはそのひとつだ」。TTDとの取引関係を損なうおそれがあるとして、匿名で取材に応じたある幹部はそう説明する。「オープンパスは、経路の効率性を審査する彼ら独自のテストで、毎月まるで魔法のように合格する」。明らかにこの幹部は、オープンパスがわずか数ヶ月でパブリッシャーからインプレッションを購入するもっとも効率的な方法のひとつとなっていることに、多少の疑念を抱いている。

しかし、これは不正というよりは、容赦がないというべきだ。なぜなら、TTDにとって唯一重要なのは、彼らが適正と考える価格で確実に在庫を購入することだけだからだ。彼らの期待に答えられないアドテクパートナーはすべて落とされる反面、オープンパスが落とされる可能性は限りなくゼロに近い。

オープンパスの場合、テイクレートが低いばかりでなく、たとえば広告主がオープンパス経由でCPM1ドルを入札した場合、ほかのどこかで同じ額を入札するよりも、落札の確率が必ず高くなるように必要な調整をおこなうチームまで存在する。前述の幹部が疑念を感じるのはまさにこの部分だ。自分たちだけが順位付けの要因を知っていて、ほかの誰も知らなければ、入札を勝ち取るのはさぞかし容易といえる。

「このような話はそれぞれ微妙に異なるため、アドテクを知り尽くした人々にとってさえ混乱を招きがちだ」とドハティ氏は話す。「我々はサプライパスの最適化をめざして多くの取り組みをおこなっているが、その目的は本物のコンテンツに金を使う本物のオーディエンスを持つ本物のパブリッシャーに、きちんと広告費が届くようにすることだ。そして我々が正しい経路を通じて、このようなパブリッシャーに十分に投資できるようにすることだ。どんな経路でもよいわけではない」。この発言は一理ある。

オープンパスとの政略結婚

とはいえ、TTDがこうした懸念を払拭するための努力を、十分におこなっていないという事実から目をそらすことはできない。

オープンパスのおかげでどれだけ儲けても、一部のパブリッシャーは「何の犠牲もなしに得られる利益はない」という思いを拭いきれない。そしてそれには理由がある。彼らは、TTDがオープンパスをテコにいま以上の購買力を培うのではないかと懸念しているのだ。そうなれば、やがてTTDは強大な影響力を手にすることになるだろう。こうした状況がパブリッシャーにとって真のプラスとなることはおそらくなく、そうなったためしもない。

「我々は中間業者を排除したい。TTDがやっていることも、直接供給元にアクセスすることで中間業者を排除しようという試みに見える」。そう話すのは、匿名を条件に取材に応じた3人目のメディア関係者で、現在オープンパスとの連携を検討しているという。「オープンパスとの連携により、さらなる収益増を期待している。うまくいかなければ、オープンパスをめぐる賛否両論を再度検討してみるだけだ」。

そうして少なくともいまのところ、パブリッシャーたちはオープンパスとの連携をパーフェクトカップルの恋愛結婚ではなく、政略結婚だと見なしている。

ニュースサイトのサロン(Salon)で最高収益責任者を務めるジャスティン・ウォール氏はこう総括する。「現状、TTDのオープンパスは実験の域を出るものではない。ほかのSSPからの需要がなくなることで(オープンパスを優先し、ほかのSSPでの支出を控えることで)、全体的な利益が損なわれないとも言い切れない。そうだとしても、やはり試してみる価値はあると思う」。

[原文:A year on, The Trade Desk’s Open Path is moving toward its goals, but challenges persist

Seb Joseph, Kayleigh Barber and Ronan Shields(翻訳:英じゅんこ、編集:島田涼平)

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