ベートーヴェンの髪の毛をDNA鑑定してわかった驚きの真実

GIZMODO

3月26日はベートーヴェンの命日。

56歳でこの世を去って200年近くが経つわけですが、不世出の楽聖をめぐる謎は今も尽きません。独ライプツィヒにあるマックスプランク進化人類学研究所の進化遺伝子部門が、ベートーヴェンの生前の健康状態などを調べるため、あちこちに残っている「ベートーヴェンの遺髪」を5房かき集めてDNA鑑定してみた結果、死因と血筋を巡る驚くべき新事実がわかりました。

鑑定結果はCurrent Biologyに22日発表済み。共著者である同研究所古代DNA生化学者のJohannes Krauseさんはプレスリリースでこう述べています。

「ベートーヴェンは20代後半から難聴が進行し、1818年を迎えるころには生活上必要な聴力を失っていた。そんな有名すぎる逸話も含めて、調査では主にベートーヴェンが生前患った病の正体に迫りたいと考えた」

調査の結果わかったのは次のような事実です。

①親類縁者に代々受け継がれた「ベートーヴェンの髪」にはいくつかニセモノも混じっており、真贋判定不能な髪も1房あった(ゲノム解析は本物と確認された5房で行なった)

②ベートーヴェンは生前、腹痛、下痢で苦しんでいた

③遺伝的に肝臓が弱く、黄疸を2度経験。晩年はB型肝炎だった(酒乱も相まって死期を早めた可能性)

③「難聴の原因は鉛中毒」という通説はデタラメで、ベートーヴェンの髪の毛から鉛は一切検出されなかった

⑤子孫と父系のY遺伝子が一致しない(婚外子またはその子孫である可能性)

耳が聴こえなくなった原因は不明

『第9交響曲』『エリーゼのために』『月光ソナタ』など数々の名曲を残し、傑出したピアニストでもあったルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。葬儀は1827年3月29日、何万人ものファンを集めて盛大に行なわれました。

楽聖を生んだのは、苦境にめげない不屈の精神です。耳が遠くなるとベートーヴェンはピアノの上に共振器をアンプ代わりに置いて音を拡大し、最終的には音の波動を頼りに作曲を続けたとされます。

一番気になるのは耳が聴こえなくなった原因ですが、それは調査でもはっきりしませんでした。

死因

闘病生活が激しさを増した1802年には、敬愛する主治医のJohann Adam Schmidt医師に、自分にまさかのことがあったらそのときには生前の病名を公にするようお願いしていたベートーヴェンですが、医師のほうが18年早く先立ってしまったので、死因は今もクエスチョンのままです。

定説では肝硬変(または肝瘢痕)とされますし、調査でもベートーヴェンの毛髪からB型肝炎を患った形跡が見つかっていますが、いつ、どう発症したかまでは解明に至っていません(B型肝炎は肝臓の炎症を来たす病で、母親から子どもに感染することもあれば、手術中に器具の殺菌不足で感染することもある)。

セリアック病、乳糖不耐症、過敏性腸症候群(どれも消化不良、激しい下痢の原因になる)が死因という説もありますが、ゲノム解析ではこれらが原因で亡くなったとは考えにくいとの結論に達しました。

鉛中毒説の元になった髪の毛は別人のものだった

髪の毛から鉛成分が検出されたことで「死因・難聴の原因は鉛中毒」という説も広まっていましたが、当該サンプルをよくよく調べてみたら、ベートーヴェンとはまったくの別人の髪の毛であることもわかっています。

振り出しに戻ってしまった感もありますが、米Gizmodoからのメール取材に対し、論文主著者の同進化人類学研究所の考古遺伝学者のTristan James Alexander Beggさんはこう語っていますよ。

「死因を断言することはできないが、遺伝性のリスクが少なからずあったことと、B型肝炎ウイルスに感染していたことは少なくとも確認された」

「可能性の低いものをいくつか排除することもできた」

「これからの調査ではB型肝炎が一番有望視されそうだ」

「ベートーヴェンの髪を、いろんなライフステージから集めて鑑定することを強く推奨したい」

アルコールで命を縮めたことは確かっぽい

1つだけはっきり言えることがあるとするなら、それは深酒で死期が早まってしまったということ。

同時代を生きた研究家をはじめベートーヴェンの専門家の間では、「そんなことない、ほどほどの酒量だった!」ということになっていますが、最晩年はだいぶ深酒していたみたい。「毎日ランチでワインを1リットル飲んでいた」という友人証言もあるほどです。

案の定、毛髪にも「慢性的なアルコール依存症だったことを示す代謝バイオマーカー(特にEtGと呼ばれるもの)が残っていた」とBeggさん。「毛髪のバイオマーカーで慢性的なアルコール摂取を正確に分析できるかどうかは未知の領域だし、こうしたアプローチの有効性を検証する大規模な研究も併せて行なう必要があるが」と慎重に言葉を選んでいますが、酒で身を滅ぼしたのはほぼ確実っぽいです。

Y染色体の謎

調査ではベートーヴェン(1770~1827年)の父系の先祖を紀元1000年ぐらいまで遡ったんですが、そのプロセスで、父方の先祖Aert van Beethoven(1535~1609年)さん直系の男子の子孫から抽出した5つのY染色体とベートーヴェンの髪から抽出したY染色体が一致しないという不思議現象にも遭遇しました。

つまりどういうことかというと、Aertさんから起算して今の7代目との間のいずれかで婚外交渉があって、外部の男性の血が混じって、ベートーヴェンの遺伝子配列に組み込まれた、ということ。まあ、そう考えるのが自然なのだそうですよ?

ベートーヴェン自身が父親違いの子だったかどうかについては、なんとも言えないと研究班は言葉を濁しました。

たかが髪の毛と侮ることなかれ。