「アジアの岸田」のキーウ訪問の意義:賢明な判断だったと言える理由

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岸田文雄首相としてはキーウをどうしても訪問しておきたかったはずだ。それが21日、実現できたことは幸いだった。岸田首相の親の出身地、広島でのG7先進首脳国会議を主催する立場上、岸田首相は開催前にキーウ訪問を実現するのが大きな政治課題だったに違いない。

キーウ近郊のブチャでロシア兵士に虐殺された犠牲者の前で祈りを捧げる岸田首相 2023年3月21日、ウクライナ外務省ツイッターより

国会会期中の規定などがあって難しい中、首相は20日、訪問先のインド・ニューデリーでモディ首相と会談を終え、21日午前(日本時間同日午後)にはインドから帰国予定だったが、政府専用機がポーランド経由でキーウに向かったと聞いた時、決断されたのだな、と感じた。

当方の推測だが、岸田首相がキーウ訪問を決定した背後には、①ロシアのプーチン大統領が20日から3日間、中国の習近平国家主席との接待で忙しいこと(ロシアの命運を左右する国賓ゲストがロシア滞在中、プーチン氏はお得意の工作活動はできない)、②バイデン米大統領のキーウ訪問の際もそうだったが、日本外務省は事前にロシア側に首相のキーウ訪問を通達し、その安全保障を受け取ったからだろう。だから、岸田首相はポーランド入りした後、列車でキーウに向かうことができたのではないか。いずれにしても、習近平主席のモスクワ訪問中に首相がキーウ訪問を実行したのは非常に賢明な判断だったといえる。

岸田首相とウクライナのセレンスキー大統領の会談では、①G7の全面的ウクライナ支援を伝達、②経済的、人道的支援の拡大、③ゼレンスキー大統領の広島G7サミットへの招待などがテーマとなるだろう。他のG7国ならばキーウ訪問前にはウクライナが必要とする武器の供与が話題となるが、日本の場合は武器の支援はできない。ウクライナ側もそのことは十分承知のはずだ。日本ができる支援といえば、人道・医療支援や経済支援となるが、停戦し、ウクライナ復興が大きなテーマとなった時、日本の出番が出てくるだろう。

岸田首相のキーウ訪問はG7の議長国という立場からいえば、これでようやくG7議長国のメンツを果たしたことになるが、目をアジアの代表国という立場に置き換えるならば、岸田首相のキーウ訪問は更にその重みが増す。ウクライナ戦争は欧州の戦争だが、岸田さんはアジアの代表国としてウクライナを訪問し、ロシア軍と死闘を展開しているゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ国民に「アジアの国民もウクライナの皆さんを支援しています」という連帯メッセージを送ることができたわけだ。

一方、中国の習近平首相は20日にロシアを公式訪問し、国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪で逮捕状が出たばかりのプーチン大統領と会見している。習近平主席はモスクワ訪問後、中国発「12項目のウクライナ和平案」を持参してキーウに飛ぶのではないか、という噂がある(習近平主席がゼレンスキー大統領にモスクワから電話会談することもあり得る)。

いずれにしても、習近平主席が動き出す前に、岸田首相がG7議長国、そしてアジアの代表国としてキーウ訪問できたことは幸甚だった。ひょっとしたら、キーウ訪問では同じアジアの大国・中国の習近平主席と日本の岸田首相との間での先陣争いが舞台裏で展開していたのではないか。

日本の首相にとっても戦時下のキーウを訪問し、その緊迫化した雰囲気を肌で感じることは貴重な体験となるだろう。なぜなら、アジアでは台湾問題を抱えているからだ。中国共産党政権は2027年前に台湾を統合する計画といわれる。そのために着実に手を打ってきている。台湾海峡の危機はすなわち日本の危機を意味する。日米豪などの周辺同盟国と結束して中国人民軍の侵攻に対峙しなければならなくなる。それだけではない。目を朝鮮半島に移すと、核兵器で武装化した北朝鮮が南北統合に乗り出すかもしれない。中国共産党政権の台湾進攻と北朝鮮の南北統合の動きが同時期に起きた場合、日本はどうするだろうか。

岸田首相はキーウを訪問し、戦争の現場に初めて足を踏み入れたことから、台湾危機、朝鮮半島危機についてこれまで以上にリアルなアイデアが沸いてくるのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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