白川前総裁が再三の異次元緩和批判、日銀史上初の異変

アゴラ 言論プラットフォーム

白川 方明氏(左)黒田 東彦氏(右)
出典:Wikipedia

「回顧録」は歴史の検証に不可欠

白川方明・前日銀総裁が国際通貨基金(IMF)の季刊誌で、10年も続いた黒田総裁による異次元金融緩和政策に対し、「効果は控えめ。長期の緩和は生産性向上へ悪影響をもたらす」と批判しました。

「効果は控えめ」という表現にとどめたのは、古巣への遠慮でしょう。また、白川氏自身が政治の圧力に押し切られ、大規模緩和への道筋を開いてしまったことへの反省があるからでしょう。本音は異常な長期間にわたる異次元緩和政策への強い批判、政治的圧力への批判です。

白川氏の異次元緩和批判は再三に及びます。総裁退任後の回顧録(18年)、英貴族院の「量的緩和に関する公聴会」での証言、そして今回のIMF季刊誌への寄稿です。回顧録、英議会での証言、IMF季刊誌への寄稿と並べると、「回顧録」「回顧」の形で徹底した姿勢を貫いている。

最近になって新聞、雑誌におけるインタビューも急増、これほど古巣に警鐘を鳴らした総裁OBは少なくとも、戦後の日銀史上、他にはいません。異次元緩和は10年で区切りをつけ、金融政策の正常化を総裁交代を機に進めてもらいたいとの思いがある。それが自らの責任と考えている。

主要国で唯一、異次元緩和を10年続け、マネー市場は市場機能を失い、国債発行残高はGDP比で250%という異形の姿になり果てています。識者、専門家の過半は異次元緩和政策の修正を求めるようになってきました。

日銀総裁に植田和男氏が就任する予定で、政策の修正に期待が高まっています。それに対し、保守政治の一角、右翼メディア(雑誌)は安倍氏の神格化を進め、異次元緩和・財政膨張の修正に対する抵抗勢力を形成しようとしています。白川氏にはそれに危機感を持っているに違いない。

白川氏は、総裁退任後の18年秋に「中央銀行/セントラルバンカーの経験した39年」という回顧録を出版しました。500㌻もの分厚い本です。この本の中で「デフレの主因は日銀の消極的な金融政策にある。大胆な緩和が必要である」という主張が「時代の支配的空気」となり、「消費者物価上昇の2%目標」が設定され、長期化していることを強く批判しました。

総裁が本格的な回顧録をだすのは初めてでしょう。バブル景気の醸成、収束に関わった三重野康総裁(1989-1994)は退任後、「利を見て義を思う」(1999)をいう本を出版しています。大学での連続講座をまとめた本で、回顧録ではなく、金融政策講義といった位置づけです。

日銀トップを務めた人物が退任後に回顧録を出版することを好ましく思わない人たちもおります。

ある元日銀総裁は『政策の衝に当たった者は、その政策に関する歴史的評価が定まる前に回顧録などを書いてはならない。どんなに高潔な人間でも回顧録は自己に都合のよい材料を集めたものになってしまう』と指摘している。(日経コラム大機小機、昨年12月10日)

現存する日銀総裁OBは、福井俊彦氏(03-08年)と白川氏の二人だけです。白川氏は批判された回顧録の筆者ですから、この「ある元日銀総裁」とは、福井氏を指すと思われます。

白川氏が回顧録で金融政策を大胆に批判したことが国際的な波紋を広げ、それが英国議会での証言、IMFへの寄稿という形に発展したのでしょう。金融政策、金融史の研究にはやはり回顧録、回顧談は不可欠です。

福井氏は、アベノミクスの異次元緩和が登場したころ、自らトップを務めるシンクタンクの広報誌のラムで「日銀は打出の小槌ではない」と書きました。振れば様々なものがでてくる説話にちなんで、「量的緩和によるヘリコプター・マネー」を批判したのです。対外的な次元緩和批判は他には見当たらず、福井氏は古巣の批判を封印したのでしょう。

平時の金融政策ならば、議事録やメディアの報道を読んでいれば、それで十分なのかもしれません。10年に及ぶ長期緩和によって、金融財政政策を取り巻く風景は、太平洋戦争の敗戦時に並ぶ歴史的な危機です。

市場機能のマヒ、国債残高の異様な膨張、日銀による国債・ETF保有の異常な残高が深刻です。さらに白川氏がIMFへの寄稿で指摘した「急速な高齢化と人口減、生産性の停滞、日本の雇用環境からくる賃上げの弱さなど」が背景でしょう。アベノミクスは「構造要因による成長の停滞を循環的な弱さだと錯覚した結果だ」と、痛烈な批判です。

植田氏を迎える日銀は「政策の微調整では抜け出せない。だからといって大胆にやれば市場の動揺を誘う」という迷路にはまっています。

日銀法は「物価の安定を図ることを通じて、国民経済の健全な発展に資する」(2条)と書いています。物価の安定とは通貨価値の安定でもあります。どうも異次元緩和政策は「通貨価値の安定」を「国内的な安定」が同じであると思いこんだ。

経済がグローバル化した現在、「通貨価値の安定」には「国内的な安定」と同時に「国際的(対外的)な安定」を図ることが必要です。円安で輸入物価が高騰し、国内インフレが4、5%にも達しています。円安は通貨価値を損なうのです。

円の価値の「対外的な安定」を忘れるとこういうことになる。円が下落し、日本経済のドル建てのランキングは下がる一方なのをアベノミクスはどう考えているんのでしょうか。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年3月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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