NTT(日本電信電話)は、世界初となる100GHz帯域の超小型ベースバンド増幅器ICモジュールの実現に成功したと発表した。100GHzの超広帯域性能を持ち、DCブロック機能を内蔵しながらも超小型なサイズを実現していることから、ユーザービリティが高く、ケーブルによる損失も大幅に低減できるモジュール形態となっており、さまざまなデバイスへの直結が可能となる。
同社では、同技術のさらなる改善を進め、次世代のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)における超高速光送受信器への適用を検討するほか、広帯域オシロスコープや任意波形発生器などの最先端計測器の応用にも展開。2023年度に生産体制の構築に向けた取り組みを開始する。
さまざまなサービスのオンライン化が加速度的に進み、通信トラフィックが増加する中、NTTでは、IOWN構想を打ち出し、2023年3月からは、APN(オールフォトニクスネットワーク)による100Gbpsの専用線サービス「IOWN 1.0」の提供を開始する計画を発表。さらに、2030年のIOWN4.0までのロードマップを明らかにしている。
NTTが目指しているIOWNの基幹光ネットワークにおいては、将来的には、1波長あたり2Tbps以上の伝送速度が必要になると予測。この伝送速度を実現するには、光送受信器に、100GHz級の超広帯域なベースバンド信号を増幅できる「ベースバンド増幅器ICモジュール」が必要となる。
また、その一方で、先端の研究開発を支える実験などに活用する計測器分野においても、100GHz級のベースバンド増幅器ICモジュールに対するニーズが顕在化しつつあり、特に、正確な計測のために測定対象物の直近に配置できるリモートヘッド構成の計測器では、リモートヘッド部に搭載できる広帯域増幅器ICモジュールの小型化が求められている。
NTTでは、これまでにも1mm同軸コネクタ付きの超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールのプロトタイプを開発し、2022年9月には、世界初となる2Tbps超の光伝送の実証実験に成功していたが、同モジュールでは、前後のデバイスとの接続に際して外付けのDCブロック部品が必要となり、モジュール自体の小型化とユーザビリティが、改善すべき課題として残っていた。
NTT 先端集積デバイス研究所光電子融合研究部高速アナログ回路研究グループの高橋宏行氏は、「NTTでは、まずは2Tbps以上の光伝送を実現するために帯域を広げる方向を目指して研究を開始し、110GHzを超える帯域性能を備える増幅器ICモジュールを開発した。だが、実用化においてはサイズが残存課題となっていた。電気的な故障を防ぐために、DCブロックを、接続するデバイスの前後につける必要があったため、横幅では10cmに近いサイズとなり、計測器のリモートヘッドへの組み込みが難しい大きさになっていた」という。
DCブロック機能は、信号に含まれる直流(DC)成分を除去する機能であり、直流動作電圧の異なるデバイスを接続する際に、デバイスの故障や動作不良を避けるために必須となる機能だ。市中に流通しているDXブロック機能を持った最高性能品の場合、帯域が70GHzで、体積は5,000立方mmであったという。
今回の増幅器ICモジュールは、NTT独自のインジウム・リン系ヘテロ結合バイポーラトランジスタ(InP HBT)技術を採用。増幅器ICの高性能化およびパッケージ実装技術の高度化によって、世界で初めて100GHzの超広帯域性能とDCブロック機能の集積を、小型サイズで両立した。
DCブロック機能の集積では、精密な高周波設計技術を駆使し、小型な薄層キャパシタを、内部の高周波基板上に実装することで実現。「DXブロックをパッケージに内蔵するために小型の薄層キャパシタを採用したが、当初は100GHzの帯域性能を担保することができなかった。独自の設計技術によって解決することができた」という。
また、InP HBTは、III V族半導体のリン化インジウムを用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタであり、高速性と耐圧に優れているのが特徴だ。これにより、増幅器ICの高性能化と、ブロードなピーキング特性の実現に成功。このピーキング特性によって、パッケージ実装によって生じる高周波信号の損失を補償し、増幅器ICモジュールとしての利得の平坦性を実現。低周波から高周波にかけて一定の増幅率が得られる特性を担保できるという。
「小型化したパッケージにICを詰め込もうとすると、高周波数帯での損失が大きくなるという問題がある。増幅器は、0GHzから高い周波数まで、利得がフラットであることが、信号の劣化を起こさないことにつながる。NTTが持つ設計技術を活かし、高周波側で利得が増える設計を実現し、パッケージ化したときに損失が発生しても、トータルでフラットになる仕組みを採用した」という。
さらに、従来のスレッドオン嵌合型の同軸コネクタではなく、プッシュオン嵌合型の同軸コネクタをインターフェイスに採用。同軸と内部の高周波基板の接合部の設計に工夫を施すことで、超広帯域特性を担保しながら、パッケージの抜本的な小型化を図ったという。
「スレッドオン嵌合型では、ネジを回してコンタクトを取るためサイズが大きくなる。パチンと嵌め込めるプッシュオン嵌合型とすることで小型化した。だが、100GHzの帯域性能を確保したモジュールとして、プッシュオン嵌合型を採用したものがなかったため、ここでも、NTTの設計技術によって解決し、プッシュオン嵌合型のコネクタを実装した」という。
これらの技術によって、モジュールサイズは人差し指に乗るような11.8×10×4.3mmとなり、体積は約10分の1となる507立方mmの超小型サイズを達成するとともに、100GHz以上の超広帯域特性と、DCブロック機能の集積を両立。利得がフラットな増幅器を実現したという。
「今回の増幅器ICモジュールでは、変調の速度を表すシンボルレートでは、高速な112Gbaudの超広帯域PAM-4信号でも、歪みなく増幅できることを実証した」という。
なお、112Gbaudの信号は、1秒あたり1,120億回の変調がかかった信号を意味している。また、PAM-4信号は、4レベルのパルス振幅変調(Pulse Amplitude Modulation)がかかった信号であり、1シンボルの中に4値の信号状態を割り当てることで、シンボルあたり2bitの情報を伝送できる変調方式となる。
NTTの高橋氏は、「市中の最高性能品に比べても大幅な小型化、広帯域化を実現し、DCブロックなしの学会発表製品やNTTの開発品に比べても小型化、高機能化を実現した」と胸を張る。
今後の展開については、次世代の超高速光通信や、6Gの研究開発を推進する上で重要な役割を担う最先端の実験や、計測器応用に向けて早期の実用化を目指す。また、中長期的には、ICおよびパッケージ実装技術のさらなる改善を進め、IOWNにおける超高速光送受信器への適用検討を進めるという。
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