深刻にみえる北米の労働の質の劣化:労働力が払底する深刻な理由とは

アゴラ 言論プラットフォーム

報道によるとアメリカのハイテク企業が次々とリストラ案を発表しています。昨年のメタ(旧フェイスブック)の11000人から始まり、アマゾンの18000人、セールスフォースの7000人、ツィッター4-5000人…でアルファベット(旧グーグル)やマイクロソフトもリストラに踏み込んでもおかしくない状況です。これらの企業がなぜ、大規模なリストラを講じなくてはいけないのでしょうか?

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ズバリ、株主と証券アナリストを含む外部の声に背中を押されている、これが真相です。

上述の企業はツィッター社を除き、会社の存続が問題視される企業ではありません。一方で巨大企業故に株主の目も厳しく、アクティビストがその功名心から隙を狙い続けています。株主の共通のテーマは株価対策です。それには業績向上が大前提になります。これら企業の業種は装置産業ではありません。会社の資産は従業員であるとともにその資産は損益計算書(PL)上のコストにダイレクトに響く特徴があるのです。装置ならば減価償却の比率だけですが、人件費は100%、PLをヒットするわけです。とすればハイテク産業の業績改善はリストラがもっともお手軽であることは一目瞭然なのです。

事実、一足早くリストラをしたメタは株価がボトムから4割ほど上昇しています。業績回復期待があるからです。これを見ればほかのライバルたちも追随したくなるのでしょう。

今の30歳前後の人は幼いころからコンピューターと接してきており、汗をかき、泥臭く、顧客にへつらい、時として文句を言われる業種は極力避けたいと思っています。素敵なオフィスで職場環境もよく、のびのび仕事をさせてくれる企業は楽園であり、巨大テック企業は「楽園経営」をしてきたとも言えます。会社支給のランチ、ビリヤードやカードゲームができるスペースなど一見、飲み屋と見間違えるようなそんなオフィス環境を提供してきました。理由は「そこまでしてでも有能な人材が欲しい」からです。

が、個人的想像ですが、有能で使える人材はたぶん10人に2人程度で6人はまぁ普通、あと2割は激しく落第で、今回、この落第部分が切り落とされるわけです。ではそれでテック企業は再生できるか、と言えば企業の成熟部門、つまり安定事業は落ち着くのでしょう。しかし、これら企業は夢を売る成長産業と位置付けられ、我々が知らない世界に連れて行ってくれるのがウリのはずです。これが果たしてできるのか、ここが疑問なのです。

目を転じましょう。半年以上前から私が警告していた生活雑貨企業のベッド バス アンド ビヨンドのチャプター11申請が近いようです。早ければ今月中にもそうなるかもしれません。この店はカナダにもあるので何度も足を運んだことがあるのですが、欲しいと思わせる商品がないのです。だだっ広い売り場で圧縮陳列、従業員はほとんどおらず、レジには数人の客がイライラしながら待つ、です。しかし、この絵図はこのチェーン雑貨店だけではなく、極めて多くの北米のリテールチェーンに共通しているのです。

何故か、と言えば売り場のスタッフは白人のマネージャーとそれ以外のスタッフという明白なギャップがあり、職場の一体感がゼロなのです。スタッフは賃金目当て以上の何物でもなく、言われたこと以上は考えません。もちろん、考えさせない仕組みを作っているのもまた最近の企業の特徴です。

例えば銀行に行くと窓口の人(テラー)は新入りが多くを占め、細かく職務権限が決められています。最近とみに感じるのはその権限が縮小気味で年中、後ろに控えるマネージャーに作業承諾をもらいに行くシーンです。つまり、業務上のやれることが厳しく制限され、それが従業員のやる気のモチベーションを大きく削いでいるのです。

では企業はなぜ、そこまで職務権限を制約するのかといえば一部の従業員が「無茶苦茶をする」からです。教育して出来ると思ったのに思いっきり個性を出す、あるいはほとんど勉強しない、努力しない、考えないのです。これに対抗するために企業は体裁を保つのが精一杯です。その為に様々なプロテクションをかけるので、余計に人が必要になります。これが業績の悪循環で労働の質の低下が進む原因です。

北米の景気後退が話題になります。一方で雇用は強いとパウエル議長は主張します。私の見立ては物価が高くなり働かないとやっていけないので職を求める人で溢れかえる、です。企業の求職者数は確かに多いので採用はされるけれど労働の質は悪いので解雇されたり、サボタージュしたり、生産性が上がらなかったりするのです。これは賃金上昇のバイアスが止まらなくなる悪いパタンから抜けられないわけで、FRB政策が賃金上昇を引き起こしたテクニカルインフレと景気後退である可能性は高いと思います。いずれ、それが判明するでしょう。

アメリカの労働統計局が四半期ごとに発表している労働生産性は製造業部門では2011年頃からマイナス基調が目立ち始め、コロナで統計の歪みが生じたものの昨年第4四半期以降、大きく落ち込みます。全業種指数においては今年に入ってからは歴史的低迷局面に入っており、2022年は第4四半期の結果を待たねばなりませんが、ざっと見る限りベトナム戦争によってアメリカ国内の男性労働力が払底した1960年頃以来の低い水準となるかもしれません。

メディアは気がつかない点ですが、それほどシリアスな状況だということです。個人的にはコロナが人の労働意欲をすっかり変えたという気がしてなりません。この病いは果たしていつ、治癒するのでしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年1月6日の記事より転載させていただきました。

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