人気が出るスリラー小説の書き方を「007」シリーズの生みの親であるイアン・フレミングが解説

GIGAZINE
2023年01月03日 23時00分
メモ



イギリス秘密情報部のエージェントを主人公にした超人気作「ジェームズ・ボンド(007)」シリーズの作者であるイアン・フレミングが、死去する前年に記した「人気の出るスリラー小説の書き方」について、文学系ウェブメディアのLiterary Hubが掲載しています。

Ian Fleming Explains How to Write a Thriller ‹ Literary Hub
https://lithub.com/ian-fleming-explains-how-to-write-a-thriller/

1908年生まれのフレミングは陸軍士官学校を卒業して銀行やロイター通信での勤務を経て、1939年にイギリス海軍情報部での勤務を始めました。第二次世界大戦中はゴールデンアイ作戦などの指揮を執り、終戦後の1945年に退役した後、1952年に007シリーズ第1作の「カジノ・ロワイヤル」を執筆。翌年に出版されると人気作となり、その後も多数の長編や短編が出版されたほか映画化も成功しました。

フレミングは映画第3作の「007/ゴールドフィンガー」が公開される前の1964年8月に死去しましたが、その前年である1963年に「スリラーの書き方」というエッセイを発表しました。エッセイの冒頭で「洗練されたスリラーを書く技術はほとんど死んでしまいました。作家は白人のヒーロー、黒人の悪役、色っぽいピンクのヒロインを発明することを恥ずかしがっているようです」と述べたフレミングは、その後に自身の小説家としての姿勢、優れたスリラーの作り方、小説を完成させるコツなどを解説しています。

エッセイの中で、フレミングは自分がエンターテインメントを生み出す小説家であり、人類へのメッセージや過去の悲惨な経験を読者に訴えかけようとはしていないと主張。自分の小説は人々の何かを変えようとしているのではなく、「列車や飛行機、ベッドの中で暇つぶしに読むためのもの」だとしています。「私が言いたいのは、もしあなたがプロの作家になろうと決めたなら、大ざっぱに言って名声のために書きたいのか、それとも喜びのために書きたいのか、お金のために書きたいのかを決めなくてはならないということです。私は喜びとお金のために書いており、それを恥ずかしいとは思いません」と、フレミングは述べました。


フレミングは商業的な利益のために書くという前提を共有した上で、ベストセラーの唯一でシンプルなレシピは「読者にページをめくらせる」という点に尽きるとしています。スリラーの本質的なダイナミクスはそれであり、読者が読み進めるのを止めさせないために散文的なスタイルが好ましく、説明的な文章を長々と続けるのは避けるべきということになります。

また、登場人物の名前・人間関係・移動のルート・地理的設定には、読者を混乱させたりいら立たせたりする複雑さは不要です。読者には「登場人物は今どこにいるのだろう?」「何をしているのだろう?」「今しゃべっているのは誰だろう?」と自問自答させてはならず、主人公が自らの不幸な運命についてあれこれ考えたり、容疑者リストを頭の中に思い浮かべたり、自分の行動について長々と回想したりするべきではないとのこと。代わりに、読者の興味を引いて先を急がせるようなシーン設定やヒロインの魅力を列挙するべきだとフレミングは述べています。

また、スリラーとして重要な構成要素は「人間を興奮させるもの」だとフレミングは主張。そのためには読者に刺激を与える要素をたくさん詰め込むべきであり、ジェームズ・ボンドの食事描写が豪華で食欲をそそるものになっているのも、フレミングがグルメだというわけではなく読者へのサービスだそうです。なお、フレミングの好物はスクランブルエッグだそうで、007シリーズ第2作の「死ぬのは奴らだ」の初稿ではボンドがあまりにも頻繁にスクランブルエッグを食べていたため、校正者から「これだと『スクランブルエッグを食べている男を見なかったか?』と聞くだけで追っ手に居場所がばれるのでは」と指摘が入ったと記されています。

フレミングは、「私が目指すのはある種の規律ある異国情緒です」「私の本では常に太陽が輝いていて、イギリスの読者の気分を頻繁に高揚させ、ほとんどの設定自体が面白くて楽しいものです。読者を世界中の刺激的な場所に連れて行き、ボンドの冒険の厳しい面を相殺するために、強い快楽主義的な傾向が存在します。これがいわば読者の『喜び』になるのです」と説明しています。

なお、これらのテクニックについて解説するフレミングは、常に巧妙な計算によって小説を書き上げているように思えるかもしれませんが、これらのポイントに気づいたのはエッセイのために自分の本を分析したからだとのこと。「実際のところ、私は自分が楽しいと思うこと、刺激になるものを書いています」とフレミングは述べました。


フレミングは、007シリーズは確かにフィクションではあるものの、読者があまりにも荒唐無稽だと怒り出さないための方法も使われているとしています。まず、007シリーズは読者があれこれ考える時間を与えないほどのスピードで物語を展開しており、さらに現実世界に存在する地名や建物、商品名などをちりばめることで現実感を生み出しているとのこと。

また、007シリーズの第1作「カジノ・ロワイヤル」で描かれたさまざまな出来事は、イギリス海軍情報部時代に見聞きした事実が基になっているとフレミングは主張。たとえば、ソ連の諜報機関が殺し屋に2つのカメラケースを渡し、このうち「赤」が爆弾で「青」が逃げるようの煙幕弾だと説明したものの、実際は両方とも爆弾だったというエピソードがあります。これについては、ドイツの政治家だったフランツ・フォン・パーペンがトルコのアンカラに駐在していた時期、実際にソ連が同様の手法で暗殺を試みたことがあったそうです。

さらに、ボンドがソ連の敵エージェントにカジノで賭けを挑んで破産させるという筋書きも、実際にフレミングがポルトガルのカジノで、ドイツのエージェント相手に賭けを挑んだ経験が基になっているとのこと。なお、フレミングはこの時のギャンブルにボロ負けしたそうで、「この屈辱的な体験はドイツ秘密情報部の戦争を勢いづかせ、上司の私に対する評価を著しく下げました」と述べています。

フレミングは、自分のようにイギリス海軍情報部での経験がなくても、友人から見聞きしたり新聞で読んだりした物語で想像力を鍛え上げ、フィクションに使える事件についての研究や文書化を行うことで補えると主張しました。


最後にフレミングは、「この励ましのアドバイスをすべて吸収しても、あなたの心はスリラー小説でさえ執筆に伴う肉体的な労力にぐったりするでしょう。心から同情します。私も怠け者なので、6万語の本を書くために200~300枚の原稿を多少なりとも選んだ言葉で埋めなくてはならないことを考えると気が沈みます」と述べ、実際に小説を書き上げるためのテクニックについても解説しています。

フレミングが「カジノ・ロワイヤル」を書き上げたのは、退役後にジャマイカの北に建てた別荘でした。年間2カ月ほどをジャマイカで過ごすようになったフレミングは、最初の6年間は現地の旅行やサンゴ礁の調査などで時間をつぶしていたものの、ついに暇を持て余して結婚することにしました。この結婚生活への不安に対処するために小説を書き、その成功によって執筆生活に入ったとのこと。

その後もフレミングはジャマイカを訪れている時に小説を書いていたそうで、読者には「通常の生活からできるだけ離れたホテルなどの寝室」にこもり、単調で気晴らしが欠如した状態に身を置くことをオススメしています。また、書く時はルーチンを厳守するのがいいとのことで、フレミングは9時30分~12時30分までの3時間と、18時~19時までの1時間の計4時間は執筆に専念していると説明しています。

さらに、書く時は前回どこまで書いたのかを確認する以外は過去の文章を見直さず、一気に書き上げるのがコツだとのこと。「一度振り返ると、あなたは迷子になります」「内省や自己批判で執筆を中断すると、1日に500語書ければラッキーという状態になってしまいます」と述べ、全体が完成した後に修正を行った方がいいとフレミングはアドバイスしています。もちろん、本になる前に校正者の厳格なチェックがあるほか、出版後に読者から「ここは間違っている」という指摘が送られてくるものの、大抵の読者は細かい部分を読み飛ばしてしまうそうです。

フレミングは、「比較的売れている作家というのはいい人生だと思います。四六時中仕事に追われることもなく、頭の中に事務所を持ち歩くのです。そして、周りの世界をずっとよく意識するようになります」「たとえヒーローが白人で悪役が黒人、ヒロインが色っぽいスリラーしか書けないとしても、これはかなり価値のある副産物です」と述べました。


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