「2023年の 広告支出 は保守的だが、ティストピア的ではない」:欧州IAB チーフエコノミスト ダニエル・ナップ氏

DIGIDAY

停滞する景気の見通しから吹く逆風こそあるものの、欧州IABのチーフエコノミスト、ダニエル・ナップ氏は、広告業界の来年の動向を、警戒心を持ちつつも楽観的に見ている。もちろん、そこには警戒すべき要因もある。インフレの進行、金利の上昇、株価の下落など、数え上げればきりがない。今年はジェットコースターにほかならない1年だったが、ナップ氏とて来年の道のりが平坦になるとは思っていない。

DIGIDAYはナップ氏にコンタクトし、同氏の頭にある来年の展望を深く掘り下げてみた。広告費はどうなるのか? その見方を形成している要因とは? そのシナリオはどのような結末を迎えるのか?

なお、読みやすさを考慮し、以下のやりとりには編集を加えている。

事態の悪化の先にしか、広告業界の現状の好転はない

ナップ氏が立てる2023年の見通しは、これ以上にないほど現実的だ。アレート(Arete)などが悲観的な見通しを立てている一方で、エージェンシー各社は楽観的な見通しを立てている。ナップ氏の見通しは、その中間辺りだ。来年、欧州におけるデジタル広告費は2.4%の成長を遂げるという予測に説明をつけるには、そう考えるよりほかない。つまり、事態の悪化の先にしか、広告業界の現状の好転はないということだ。「私自身、この見方が間違いであることを願っている」と、ナップ氏は語る。

「しかし、いまのところ、これ以外のことをいえるような要因はどこにも見当たらない」と、同氏は続ける。「ラグジュアリーブランドの支出増によるものであれ、新たな収入源がリテールメディアなどの領域へと移行する結果であれ、どんなときも成長の余地は必ずある。しかし、これらの影響がすべて同じようになることはないだろう」

つまり、確実にいえるのは、この減速によって今後(少なくとも短~中期的には)、持つ物と持たざる者のあいだにある溝がさらに広がるということだ。だから、来年の広告費に関するナップ氏の見方は保守的であっても、ディストピア的でないのだ。「こうした要因を数え上げていけば、短期的にはプラスよりもマイナスが上回ってしまう」

──欧州のオンライン広告は、寒い冬を迎えることになるのか?

「そんなところだ。構造的な問題があまりにも多いため、そうとしか考えられない」。

成熟期に入った中小企業による出稿の減速から、現実の壁にぶつかる近年のeコマースブーム、成長から収益性への市場調整、暗号資産市場の崩壊などにより、多額の広告費の出稿先が変更され、一時凍結され、完全カットされていると、ナップ氏は述べる。しかもそこには、より大きなマクロ経済的問題は織り込まれていない。ナップ氏によれば、エネルギー危機により、欧州の製造業の競争力は低下しており、産業の空洞化をめぐる懸念が高まっているという。圧倒的なまでの厳しい財政状況と雇用状況に行く手を阻まれながら、欧州はいままさに、前例のないインフレ、そして景気後退と格闘している。プラットフォーム各社の売上の推移が何よりの証拠だと、ナップ氏は述べる。

「前四半期におけるメタ(Meta)の売上の伸びに目を向ければ、APAC(アジア太平洋地域)からの売上が、欧州からの売上を比率ではじめて上回ったことがわかる」とナップ氏はいう。「この業界の将来の成長は、インドやインドネシア、ブラジルといった国々によってもたらされるだろう。これらの国々は人口が多く、中流階級社会が台頭している」。

──これはつまり、西欧市場はポスト成長時代を迎えた広告経済になってしまったということなのか?

「そうだ。そのきしみがあらわになっても驚くには値しないし、大手プラットフォームの広告の大物たちが注意を欧州からよそへ向けても不思議はない。これからの彼らは、多重構造のサービスを通して欧州から売上を搾り取るのではなく、オーガニックリーチにさほどコストがかからない地域にフォーカスを合わせていくことになるだろう」とナップ氏は語る。「これらの市場も、西欧市場における広告の減速を引き起こしている構造的問題の一部を経験してはいるが、そこまで顕著ではない」。

──オンライン広告は景気と無縁ではないのか?

「ある意味、それは正しい」とナップ氏はいう。好例のひとつが、過去2年にわたる広告費の急増だ。しかし、広告費と景気は決して完全に切り離せるものではない。両者が再び交差するのは時間の問題だった。同じことは2008年、サブプライム住宅ローン危機のクライマックスでも起こった。ナップ氏によれば、この金融クラッシュにもかかわらず、広告市場はポジティブだったという。広告クラッシュが起きたのは、2009年になってからだった。

「これは、2022年の第2~3四半期から始まるドラマの予告だ」と、ナップ氏は語る。

あるプラットフォームの損は、別のプラットフォームの得

この激動の時代の興味深いサブストーリーのひとつ、それは最大手のプラットフォーム間で起こる勢いの変化だ。もちろん、Googleやメタがその座を譲ることはないだろう。しかし、ナップ氏によれば、もはや広告費の勢いは必ずしもこれらの企業にあるわけではないという。

「独自のファーストパーティデータを用いたフルファネルソリューションを提供したのち、自社プラットフォームでの出稿の効果を測定できるプレイヤーが成功する世界。いま我々が突入しつつあるのは、そんな世界だ」と、同氏は続ける。

簡単にいうと、動画プラットフォームやソーシャルネットワークといった、オンライン広告の成長の原動力(規模を拡大したWeb 2.0プラットフォーム)は終着点に達しつつあるのだ。ナップ氏によれば、これらはもはや、デジタル広告の全成長を上回ってはいないという。「こうなる可能性は常にあった。巨大な成熟経済の成長は遅い。Appleのプライバシーポリシーとeコマースの低迷による大きな損失により、広告費の必然的減速がいっそう浮き彫りになっている」とナップ氏は述べる。「広告市場でトップの交代が起きているが、経済成長全般だけでなく、消費者階級の台頭もその原因だ」。

──つまり、これはインフラの独占の問題だということだろうか?

前回の成長サイクルとは違って、オンライン広告における成功は、メディアとオーディエンスのスケールが十分であることだけを前提としているわけではない。コンテンツとオーディエンスのマネタイズに貢献してくれるパイプを、どのようなメディアオーナーがコントロールし、不釣り合いな影響力を及ぼすのかもまた問われることになる。だからこそ、誰もが我先にと、プロダクト開発やM&A、業務提携を通して、オンライン広告の裏側を独占することを急ぐのだ。

「そうしない企業は負けることになる」とナップ氏は語り、「この先は排他的な世界になりそうだ」と見込んだ。

[原文:‘Conservative, not dystopian’: IAB Europe economist Daniel Knapp’s ad spending outlook for 2023

Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:島田涼平)

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