「いってこい坂」は川底の名残(デジタルリマスター)

デイリーポータルZ

こういうやつです

自転車に乗っているとやたらと気になるもの、それが坂。

上り坂はなるべくさけたいが、下り坂はうれしい。しかし中には下ったと思ったら同じ分だけすぐ登る坂(命名:いってこい坂)もあり、やきもきしてしまう。

今回はそういう坂をあえて見てみたいと思います。

2007年6月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。

都内の「いってこい坂」を見ていきます

「いってこい坂」は突然あらわれる。

たとえば東京の本郷にあるハンバーガー屋さん、「ファイアーハウス」でハンバーガーを食べ、自転車で家まで帰るとき。

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本郷のファイアーハウス。
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おすすめはダブルバーガーです。

上の写真の道を右へ曲がると、問題の坂が現れる。(写真がとつぜん昼間になります)

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ここから下りの予感

地面が落ち込み、遠くのビルの2階の高さに目が合う。自転車に乗っていて、心が軽くなる瞬間だ。ここから先はペダルを漕がなくてもいい。そしてなるべく長くゆっくり続いてほしい。

ところが!

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こ、これは……
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ギャッ!下った分だけ登ってる!
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行って来い坂!

今回の記事はこれがやりたかっただけなのですが、つづけます。(画像の二階調化はこの記事を参考にしました)

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地形をみてみよう

下ったぶんだけすぐ登る坂ほど、金返せという気分になる坂はない。はじめから平坦にしてくれたほうがよほどいいのに。

こういうことをしてくれた犯人は誰なのか。そのために、このあたりの地形を見てみることにしよう。

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矢印の左側がこの坂。国土地理院発行「1:25,000デジタル標高地形図(東京都区部)」より。

緑色が坂の下、黄色が坂の上、紫色の点はファイアーハウスの位置である。

こうして見ると、このいってこい坂がより大きな谷を横断する道だったということが分かる。なにげない生活の中で毎日谷を渡っていたとは。

そして忘れてならないのは、谷があるということは、このあたりには昔は川が流れていたのに違いないということだ。

地元の方に訊いてみた

さきほどの坂からちょっと右側(上流側)に登ったところにある食料品屋さん、「シナノヤ」のご主人にお話を伺った。

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「裏にほんとの菊坂があるんだよ。旧菊坂。ここは川だったから。」

この坂は菊坂といって、昔は確かに川が流れていたらしい。しかし今では地面の下にもぐっているとのこと。つまり暗渠だ。今では面影もないが、あたりには菊畑が広がっていたそうな。

そして辿りついた水源はこのあたり。

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かつての水源

本郷通りの交差点に近い「カット&パーマ ホンゴウ」の横あたりだ。マンホールからはけっこうな勢いで「ごうごう」と水の音が聞こえてきた。

都内屈指のいってこい坂

次の坂は、市ヶ谷の大日本印刷わきの坂。

「中根坂」という名前があるのだが、ぼくは以前からここを「市ヶ谷のいってこい坂」と呼んでいる。

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これはすごい

ここの坂のすばらしさは、なんといっても途中の陸橋である。対岸が陸橋の上にかすんで見える。もしこの道を人間が設計したのだとしたら、無駄な穴を掘った上に陸橋を作るなと上司に叱られるのではないか。

しかしもちろん、ここを削ったのはかつての川なのにちがいない。

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矢印の左がいってこい坂。向きは上の写真と同じ。

自衛隊の裏、加賀町のあたりに水源があり、そこから東へお堀まで流れていた川のようだ。

さがしてみると、水源はこの公園のあたりだった。

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加賀公園
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川下を見返す。

水源からさきほどのいってこい坂までは300mほど。たったそれだけの距離で、水の流れはあんなに大きな谷を作るのかとびっくりする。

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近所のいってこい坂

最後はこちらを。

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同じような写真が続く

半蔵門の会社まで自転車通勤をして、最後に登る坂がこれ。見た目はそれほど急ではないものの、最後のさいごでこういうムダな上り下りをしないといけないと思うと気が重くなる。今回はじめて地形図をチェックしてみた。

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こうしてみるとそれなりに大きな谷だ

川の水源をさがして上流へさかのぼって見たところ、なんとせせらぎを発見することができた。この都会で!

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これは!
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川じゃありませんか
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どこまで続くのか?
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・・ああ。やっぱり。

辿りついた先は、地形的には確かにかつての水源だったと思われる場所。せせらぎは、オフィスビルの建つこの敷地に作られたもののようだった。

いってこい坂は川底だった

そのことを最初に思ったのは、目白の学習院わきの急な坂を登っていたときだった。いったいこんな急な丘はどうやってできたんだろう?

そして、坂の下に神田川が流れていることを思い出してはっとした。そうか、神田川が削ったのか!あんな小さな川が。こんな大きな丘を。

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ここは四谷の谷を削ったせせらぎの始まり。

それ以来、ぼくは坂を見ると川を思うようになった。今ではもう川が流れていない坂も多い。しかし、かつては確かにそこにあり、そして長い年月をかけて少しづつ谷を削った。そしてぼくはその上を歩いているんだと思うと、いつも嬉しくなる。

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