“政治の風”が吹き荒れるカタールW杯:選手や関係者は試合に集中すべき

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国際サッカー連盟(FIFA)主催でカタールで開催中の第22回サッカー選手権(W杯)では砂嵐ではなく、“政治の風”が吹いている。砂嵐の場合、前方すら見えなくなってサッカー試合どころではなくなるが、近代的なサッカー競技場ではそのような心配は不要だ。“政治の風”の場合、ホスト国のカタールにとっても、参加国32カ国チームにとっても、不必要な雑音に悩まされ、試合に集中できなくなる、といった状況が出てくる。

カタールの首都・ドーハ franckreporter/iStock

カタールW杯大会の最初の“政治の風”の犠牲者はドイツチームだろう。W杯で過去、4回優勝している強豪ドイツがFIFAランキングで24位の日本チームに逆転で敗北を喫したのだ。ドイツが日本に敗れると、ファンはショックを受けるとともに、「なぜ敗北したか」というテーマで議論が沸いている。

ドイツのメディアによると、どうやら選手の不甲斐なさというより、選手たちは対日戦前、作戦を考えるより、性的少数派(LGBT)の権利を蹂躙し、女性の権利を認めないホスト国カタールへ抗議への印の腕章をつけて試合の臨むか否かを議論していたというのだ。すなわち、選手たちは肝心の試合に集中せずに、もっぱらLGBTの支援を意味する腕章をつけて試合に出るか否かに頭を悩ましていたわけだ。

FIFA側はドイツチームの行動に対し、「ピッチで政治的言動をすることは許されない」と指摘、違反した場合、制裁金を科すと警告した。そこでドイツチームは、FIFAの警告を無視して「ワン・ラブ」の腕章をつけて試合に臨むかで、土壇場まで選手たちは話し合った結果、試合の当日、試合開始前の写真撮影の際、選手たちは口を手でふさぐことで、LGBTの権利要求の声を抑えるFIFAに抗議した。しかし、肝心の試合では1対2で日本に逆転されたのだ。勝利のために一丸となっていた日本チームに負けてしまったわけだ。

ドイツのファンの1人は、「選手たちは何のためにカタールのW杯に参加しているかを忘れている。少なくとも、LGBT支援のためではない」と指摘している。多分、その意見は正しいだろう。参考までに、ドイツのフェーザー内相は23日、スタンドの貴賓席でレインボー腕章を着けてFIFAのジャンニ・インファンティノ会長の隣に座り、選手たちに代わってLGBT支援をアピールしていた。

カタールの“政治の風”はドイツチームだけではない。国内で女性の権利が蹂躙され、多くの国民が治安部隊に拘束されているイランのチーム選手たちにも吹きつけている。イランの選手たちは試合開始前の国歌斉唱を拒否し、抗議デモに参加している国民に連帯を表明した。イラン選手の行動について、FIFAは不快感を吐露したが、欧米のメディアはおおむね好意的に受け取って報じた。ただ、イラン選手たちがテヘランに帰国した後、当局からの制裁が待っているのではないかと懸念されている。

ちなみに、イランの有名なクライマー、エルナス・レカビさん(33)が韓国で開催されたアジア競技大会でヘッドスカーフを着用せずに出場。レカビさんが10月19日、韓国からテヘラン空港に戻った際、一時期行方が不明となった。レカビさんは公開されたインタビューの中で、スカーフを着用せずに競技をしたのは「うかつだった」と謝罪したが、それはイラン当局から謝罪を強要されたためと受け取られた。

サッカーW杯大会は夏季冬季五輪大会、米国フットボールのスーパーボウルと共に、ファンの数、放映されるテレビ局の数からも世界的なスポーツ・イベントだ。競技結果、選手の一挙手一投足は世界に即発信される。その意味で、W杯で日頃の政治的信念を吐露したいと考える選手たちが出てくる。W杯が大きな政治的舞台ともなり得るからだ。中東初のW杯開催国となったカタールの場合、その典型的な実例だろう。スポーツの祭典、五輪大会の憲章には政治的、宗教的、人種的な意思表明を禁じている。FIFA主催のW杯大会も基本的に同じルールだ。

なお、欧州連合(EU)欧州議会は24日、サッカーW杯の主催国カタールを巡り、性的少数者(LGBTなど)の人権が蹂躙されているという趣旨の非難決議を採択した。また、W杯開催用のスタジアム建設で数千人の移民労働者が死亡したとして、カタール政府とFIFAに補償するよう求めた。カタールのW杯開催を契機に、欧米のメディアはカタールの人権問題を大きく報道している。

サッカーW杯は第一にスポーツイベントだ。その場で選手や関係者が自身の政治的信条や宗教的信仰を発信させることはやはり慎むべきだ。適した時と場所があるはずだ。ピッチや記者会見の場でアピールすることは避けるべきだ。参加する選手たちは試合に集中すべきだ。ドイツチームの対日戦の敗北はそのことをはっきりと教えている。それとも、ドイツチームは日本チームとの試合は作戦を考えなくても楽勝できる相手だ、と考えていたとすれば、ドイツチームは傲慢であり、それにゆえに罰せられたわけだ。

ドイツチームのハンジ・フリック監督は24日、オンライン記者会見で、「もう猶予がない。次のスペイン戦(27日)のため集中することが重要だ」と述べている。“政治の風”に吹き飛ばされないために、繰り返すが、ドイツ選手たちは試合に集中すべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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