レコードが売れているって本当?

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レコードが売れているのだそう。

“底なし”のレコード需要 ~人気再燃のなぜ?~ | NHK

ある報道番組の解説者によると、音質が再評価されていることも理由のひとつだという。

「レコードの方がCDより音質がいいんですよ。音の膨らみが全く違います。CDは、デジタル化するときに音域を削ってしまっているんです」

このような蘊蓄(うんちく)、以前にも聞いたような。そう、数十年前。初めてCDプレーヤーを買ったころ。オーディオマニアである知人にそう言われたのだ。

「レコードより音が悪いCDなんて、いずれ無くなってしまうかもしれないよ」

とも。この「予言」は(ご承知の通り)はずれ。あたりまえだ。レコードは面倒だったから。

レコードは面倒

レコードは面倒だ。まず、探すのに手間がかかる。

「『あの曲』はどのアルバムに収録されてたっけ」

整頓されてないと大変だ。百枚以上ある「コレクション」を片っ端から引き出し、ジャケットに記載された曲名を見て探す。

再生にも手間がかかる。ジャケットから、ビニール袋(スリーブ)に入ったレコードを取り出す。ビニール袋からレコード本体を、手脂が付かないよう盤面に触らず取り出す。ターンテーブルに置き、「慎重に」レコード針を乗せる。手を放すタイミングをしくじると、レコードが傷つき、針を痛めることも。針はダイヤモンド製で高額だ。交換となればダメージが大きい。だから慎重に(慎重になればなるほど手が震える)。ここまでして、ようやく23分間の楽曲を楽しむことができる。

聴いた後も手間がかかる。レコードの溝にそってクリーナーを走らせ、ホコリを拭く。場合によっては、スプレーを使う。再生時と同様、盤面に触れぬよう気を付けつつ、ビニール袋に入れ、ジャケットに戻す。

収納場所の確保にも一苦労だ。コレクションが増えれば増えるほど、部屋が狭くなる。

音楽がデータ化されて本当によかった。「お手入れ」不要で、収納場所いらずで、「検索」も楽。レコードが面倒だったのは、音楽という「情報」が、レコード盤という「モノ」になっていたからだと思う。

レコードを買う理由

ところが、「『モノ』だからいい」、と新しいレコードリスナーたちは言う。

かさばるジャケットが「映え」てかっこいい。12インチのジャケットは「アート」だ。コレクションし、お気に入りを飾る。手間をかけて聴くのも心地良い。ターンテーブルを、眺めながら、アルバムの順番通りに楽曲を「鑑賞」し、片面が終わると裏返す。

これは…いままでのレコードリスナーと変わらぬ豊かな楽しみ方ではないか。

異なるのはお金のかけ方だ。出費は最小限に抑えている。

タワーレコード渋谷店に並ぶレコードプレーヤー「おすすめ」機種の価格は、1万数千円ほど。HMVでも、数千円から1万円程度のエントリータイプが売れ筋だ。多くはスピーカー内蔵タイプ。USB端子付属、Bluetooth対応の機種も。価格・仕様からみて、冒頭の蘊蓄(うんちく)にあった「音域」はあまり関係無さそう。

「音質」ではなく、見映えや手間を含めた「レコード」を体験する。新しいレコードリスナーたちは、そういった楽しみ方をしているようだ。

レコード市場はブルーオーシャン

新たなリスナーの出現に、アーティストも敏感に反応している。

海外では、2020年 Fleetwood Macが、かつての名盤「Rumours」を、2021年にはABBAが、40年ぶりの新作アルバム「Voyage」をレコードで発売するなど、著名アーティストたちが次々とレコード化に踏み切っている。

理由は、販売単価が高く、競合が少ないからだ。

英国における、CD一枚あたりの売上単価は1100円。これに対し、レコードは2750円と、圧倒的に単価が高い(※1 2020年データより算出)。また、レコード販売される作品は、CD・ストリーミングに比べ少ないため、競合が少ない。レコード市場は「ブルーオーシャン」なのだ。

プレーヤー販売数は10年で3倍超

日本も例外ではない。ショップの店頭には、山下達郎の新作や、竹内まりやの初アナログ化作品などが並ぶ。一般社団法人 日本レコード協会によると、2012年 45万枚だったアナログレコード生産量は2021年には190万枚へと、10年で約4.2倍に急増している。

取扱店も増えている。タワーレコードは昨年9月に、渋谷店にアナログレコード専門フロアを、ディスクユニオンは、2018年に新宿、2019年に渋谷に「ユニオンレコード」をオープン。BOOK OFFは、2020年17店だった取扱店舗を、2022年には317店まで増加させている。

再生機器(レコードプレーヤー)も好調だ。オーディオメーカー TEAC(ティアック株式会社)のレコードプレーヤー販売数は、2011年度の2万4千台から、2021年度の8万3千台へ、10年で3倍以上へと増加している。

アーティスト・レコード会社・レコードショップ・機器メーカー、それぞれがレコードリスナーを後押しする状況となっている。

音楽に無関心な日本

順風満帆にみえるレコード業界だが、懸念もある。日本の音楽市場の特殊性だ。

日本の音楽市場は世界2位であるものの、成長率が他国に比べ著しく低い。2021年は、北米22.0%、ヨーロッパ15.4%、アジア16.1%に対し、日本は9.3%に留まった(※2)。

その要因は、音楽への関心の低さである。日本レコード協会の調査(※3)によると、音楽にお金を使わない層(無関心層)の比率は、13年前(2009年)15.4%から、2021年には39.4%と倍以上に増加している。

その影響か、タワーレコードの純損失は、2021年2月期は18億円、2022年2月期は約10億円と、縮小傾向ではあるものの赤字が続く。

現在、売れている作品は、過去の名盤をアナログ化したものや復刻盤が多く含まれる。これらが一巡したあと、市場に広がりが無ければ、日本のレコードブームも過渡的なものに終わるだろう。

所有するということ

アメリカレコード協会(RIAA)によると、音楽業界全体の収益は、ストリーミングが83%、アナログレコードは6.7%、CDは3.9%、「データ」ダウンロードは4%だった(※4)。

驚くべきは、同じ買取(所有)でも、レコードという「モノ」の方が、「データ」ダウンロードより多い、ということだ。

好きなアーティスト、好きな曲だから、データではなくモノとして欲しい。モノだったら見映えがする大きい方が良い。だから、CD(「コンパクト」ディスク)ではなく、大きなレコードを買おう。そんなところだろうか。

手で触れられる「モノ」を買い、それに付随する「コト」全てを楽しむ。昨今のレコードブームが、そんな豊かな消費者の増加につながってほしいものだ。

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