メタバースにもUXを–仮想空間へ豊かに接続するためのデザインの重要性を考える

CNET Japan

 ユーザーエクスペリエンス(UX)のデザインにおいて、視覚化することや、その評価を適切に実施することは重要なプロセスである。近年、Meta社の製品をはじめとしたバーチャルリアリティ(VR)機器の普及によって、これまでその評価が困難であった環境条件や建築・空間のUX評価も比較的容易に実施できる可能性がみえてきた。あくまでやっていることは3DCGではあるかもしれないが、どのような空間をバーチャル上に作っていくかという作業は、この先よりデザイン的な思考が求められるものと考えている。

 筆者の齊藤大将もこれまでメタバース空間を作成したり、メタバース空間で美術館や個展イベントの開催や、メタバースの学校コミュニティを生み出したりしてきた。メタバース美術館を作るにあたり、実際の建築物を見に行ったり、建築士に話を聞いたり、写真集なども参考にしている。筆者自身、モデリングやエンジニアリングのスキルは専門家に比べれば足りないところがあるにせよ、メタバース空間へ足を運んでいただくにあたり、どのような空間設計なら作品が見やすいのか、順路誘導をどうするか、迷わないかなど、さまざまな要素を考慮する必要があると、常に考えている。

 そこで今回は、メタバースで考えるべき空間UXデザインについて、自身の取り組みから感じたことをお話する。

物理的な制約のない空間で、物理的なものを再現していく

VR美術館「WESON MUSEUM」の様子
VR美術館「WESON MUSEUM」の様子

 現実の美術館では、絵画をはじめとした作品に手を触れることは基本的に禁じられているが、メタバースの美術館ではそれが許される。しかし、筆者メタバース上で個展を開いて来館された方々の様子を見てみると、多くの人が実際の美術館で絵画を鑑賞するかのように、少し離れたところから絵画を鑑賞するだけで、触れたり、絵画を舐め回すように見るわけではなかった。

 また、絵画を鑑賞している際、自分の後ろに他のユーザーがいることに気がつくと、「あ、邪魔になってる!」と思うのか、さっと後ろに下がったり、他のユーザーと被らないように自然に整列していたりと、現実の美術館と変わらない反応が見られた。メタバース空間では、他のユーザーと位置が被ってもアバターは透けたりもするので、特に問題なく絵画を鑑賞することは可能だ。それがわかっているユーザーでも、他のユーザーを気遣い、紳士的な動きをするのは興味深かった。

 ほかにも、日本の美術館では写真撮影が許されてないことが多いためか「写真撮ってもいいですか?」と聞かれることが多かった。メタバース上のユーザーの立ち回り方は、リアルと差があまりないことがわかる。

 メタバース空間はあらゆる物理制限を無視することができるため、突拍子もないような派手な空間や、目的がわかりづらい広大な空間が作られがちだが、それではユーザーはなにをして良いかわからなかったり、その空間でどう行動して良いのか、目的や行動に迷いが生じる。VRは没入感が高いと言われるところもあるが、これでは魅力を感じる前に離脱する可能性もある。このことを踏まえれば、UXデザインをしっかりと考える必要もあるのではないだろうか。

  そのうえで、物理的な制約がないメタバース空間にあえてリアルさを取り入れることで、VRになじみのない人でも親しみやすい空間になると、筆者は考えている。初期の頃のiPhoneは「スキューモフィズム」といって、現実の物質の素材感を取り入れてUIに対して親しみを持たせたことで、初めて触る人でも直感的に操作できるようにした。この発想はメタバース空間でも有効かもしれない。

視覚情報より経験情報の優位性

VR美術館「WESON MUSEUM」の様子(透明の壁のある場所)
VR美術館「WESON MUSEUM」の様子(透明の壁のある場所)

 筆者が行ったメタバースの美術館において、ユーザーが足場のない場所から宙に落ちていかないように空間内に透明の壁を設置すると、それゆえユーザーの多くは、透明の壁が空間の全てに設置されていると無意識に思ってしまい、透明の壁が設置されていない場所でも絵画に触れようとして作品に近づき、足場から離れて宙へ落下していくというユーザーを多く見るようになった。

 透明の壁の存在を知る前では、ユーザーの多くは、宙に落ちないように廊下の中心の方を歩き、そこから鑑賞をして決して端の方には近づかないような動きをしていた。これは、現実でも同じような挙動だ。しかし、一箇所でも透明の壁があることを知ると、その経験情報から空間の全てに透明の壁が設置されていると予想する。もちろん、メタバースであるため宙に落ちていっても怪我をするということはないが、挙動に違いが見られたのは興味深い。

 これは、Comprehension(習得性)を考える必要があり、「ユーザーは現実世界での動作がどのように仮想世界に反映されるか理解できたか?」「ユーザーはコントローラを使って仮想空間に影響を与えることができたか?」など、これらの容易性が問われる。

現実に似せないと最初はついてこれない

VR美術館「WESON MUSEUM」の様子
VR美術館「WESON MUSEUM」の様子

 あまりに現実離れしたメタバース空間を訪れたとき、現実感がなく、浮ついた感じがした経験が筆者にもあった。初めて見たときは、「おお!」という驚きはあったが、また来たいと思わなかったり、そこで友達と定期的に集まろうという気も起こりづらい。ゲームの中にジャンプしたという感覚で、実体験がハックされている感覚とも少し離れる。そして「なんのための空間か」ということが伝わりにくいため、一回行ったら「もういいや」と思ってしまう。

 まず最初は、なんとなく知ってる、懐かしい、みたことある、想像できる、安心できる空間ということが大事だと感じている。メタバース空間にリアルさを取り入れることで、VRになじみのない人でも入りやすく没入感を高めやすい。

 メタバースでは「現実ではできないこと」「メタバースだからこそできること」という思想が先走ってしまい、制約や目的のない空間を作ろうとしてしまいがちなところがある。しかし、実際に自らさまざまなメタバース空間に足を運んだり、自分で作ってみたりすると、物理的な制限やメタバース空間にも現実感を生み出さないと、ユーザーは空間のどこに注目すれば良いかわからなくなってしまうことに気がつく。現実に似せたメタバース空間でないと、慣れてない多くのユーザーはついてこれない。物理的な制約のないメタバース空間だからこそ、リアルでも体験できる物理的なものを再現する必要性を感じている。

 そして、徐々にユーザーがメタバース空間に慣れていくにつれて、メタバースネイティブのUXやメタバース特有のデザインも受け入れられてくるのではないだろうか。もともと出っ張りのあるボタンのように見せていたiPhoneのアイコンが、だんだんフラットになっていき、現在はテキストやアイコンを見ただけでなにを示しているのか多くの人々が認識できるようになっていたことと同じような流れだ。

メタバースにデザインを

 近年のメタバースブームに乗っかってサービスを設計してしまうことには注意したい。VRに詳しいエンジニアを使って、とりあえずメタバース空間を作る。しかしそれだけでは、誰のための、なんのための空間なのかが定義されておらず、結果として、誰もいないただ広い電脳空間という寂しいメタバースが出来上がってしまう。

 現在のメタバースは、技術やVRに関するリテラシーが高いエンジニアの人たちが中心となり開発し、サービスの詳細設計をすることもある。そのため、リテラシーの高いエンジニアのコミュニティのなかだけで議論が進みやすい。だからこそどんな空間にして何を体験させたいのかを定義し、そのうえでプロのUXのデザイナーが入っていく必要性を感じている。

VRの中で現実を拡張させるイメージ

 人間は94%を視覚情報に頼っていると言われており、そのなかでもVRは人間の視覚を主にジャックする技術だと思われがちだ。しかし、それ以上に人間の行動心理はVRで見たモノよりも、現実世界での経験から得た情報に依存している。現実世界の人間の行動に寄り添って「なにかできそう感」を仕込ませつつ、バーチャルでしかできない新たな認知の拡張というのが、メタバース空間やVRのUXデザインになっていくのではないだろうか。

 VR的AR空間とでも言えばいいのだろうか。VRゴーグル(HMD)を装着してプレイしているのであれば、完全にメタバース空間へとダイブしているわけだが、そこに広がっている空間はAR的(拡張現実的)なデザイン。知っている、見たことある現実の空間をメタバースで再現しつつ、それを拡張して非現実を取り込んでいく。あまりにも最初から奇抜すぎる空間だと、想像がつかない情景であるために、自分ごとに感じない。人間工学的な側面と、空間デザイン、建築学などの側面の最大公約数をベースに考えることが重要である。

 よりユーザーの生活や文化、人生に寄り添ったデザインにし、そのうえで見たことのない、感じたことがない体験をすることで、よりメタバースに慣れていくことができる。バーチャルに振りすぎず、しかし現実の単なる代替では物足りない。ここがメタバース空間を設計する難しさでもあり、面白いところなのかもしれない。

齊藤大将

Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/

エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。

Twitter @T_I_SHOW

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