【低温調理 VS 圧力鍋 VS エアーオーブン】ローストビーフを3種の調理家電で作って食べ比べる

デイリーポータルZ

低温調理、圧力鍋 、 エアーオーブン。自宅に3種類の調理家電があるのだが、いずれもメーカー公式のレシピサイトにローストビーフが載っている。結局どれで作ればいいのか。実際に作って比較した。

調理家電の守備範囲がかぶっている

夫婦ともども調理家電オタクである。誕生日のたびに調理家電が増え、気づけば自宅のキッチンは調理家電でいっぱいだ。

中でも、低温調理器のBONIQ(ボニーク)、電気圧力鍋のsiroca(シロカ)、エアーオーブンのrécolte(レコルト)のいずれでもローストビーフが作れるようだ。

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調理法はちがえど守備範囲は微妙にかぶっている。その中心にあるのがローストビーフ。

こうなると「ローストビーフが食べたい!」となったときに結局どれで作ればいいのか迷ってしまう。調理家電オタクならではの悩みである。実際に作って比較した。 

調理家電たち

今回扱う調理家電を紹介する。 まずは大本命、低温調理のボニークだ。

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お湯に棒をぶっさして放置するだけ。ワイルドだ。
小林銅蟲先生の漫画「めしにしましょう」に出てくる超級カツ丼を実際に作ったこともある。このときは初回だったので安全マージン多めにとって63度18時間でやった。最高にうまかったが血糖値が爆上がりして飛びかけた。​​​​

 

続いて、電気圧力鍋のシロカだ。(実はシロカというメーカーは他の家電も出しているのですが、この記事でのシロカは電気圧力鍋のことを指します。)

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鍋に具材をぶちこんでボタンを押すだけ。簡単なのにめちゃくちゃおいしい。
短時間でしみしみおでんを作ることもできる。すごすぎて「いままでの料理は何だったのか。トホホ…」という気持ちになる。

 

3つ目はエアーオーブンのrécolte(レコルト)である。

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作れるのは「揚げない揚げ物」だ。「絵のない絵本」みたいでかっこいい。
さつまいものフライが油を使わず作れる。カロリー信者に救済をもたらす存在。

 

 

調理家電は以上の3つだが、実はフライパンだけでもがんばればローストビーフを作れるようなのでいちおう参戦してもらう。

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「結局フライパンで作るのがいちばんおいしい」ってなったら記事的にどうしようね…。それはそれでおいしいか。
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いっぺんに4種類の方法でローストビーフを作る

いざ調理。ボニーク、シロカ、レコルト、フライパンの4種類の方法で同時にローストビーフを作る。 

材料の牛肉モモブロックは近所のスーパーや精肉店では売っておらず途方に暮れていたが、インターネット情報によるとライフに売っているらしく、実際にライフで買えた。
ローストビーフ用のソースやシーズニングのセットも買った。

レシピはそれぞれの調理家電のメーカー公式サイトのものを基本としつつ、味付けや焼き方をそろえるよう配慮した。レシピによる違いではなく調理家電による違いを見たいからだ。

もとのレシピはこちら。低温調理の加熱殺菌時間は肉の厚さによっても変わるので実際にやる際はちゃんと調べてほしい。
本当は真空パック機を使うのがベストだがまだ持っていない。そのため、フリーザーバッグを鍋のお湯にゆっくり沈めながら水圧で空気を抜き、牛モモ肉を密封する。空気が入ってしまうと狙った温度にならなくなり危険。
58℃で3時間40分。あんなに赤かった肉が灰色に。ここからさらに1時間寝かせ、表面をフライパンでさっと焼いたら完成だ。
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なんておいしそうなピンク色なの……。

 

シロカだけハチミツや赤ワインを入れるので若干ずるい。(他の調理家電のレシピで​​​は入れないのに…!) しかしこれはくさみ消しのためであり、圧力鍋は構造上肉のくさみを逃がすのが苦手なので仕方なく認めることにした。もとのレシピはこちらです。
さっと焼いた牛モモ肉を諸々の調味料とともに内なべに入れる。
圧力調理の時間を3分に設定。ボタンを押して3分で完成するわけではなく、高圧の持続時間が3分という意味。高圧の前後も含めるとトータル30分ぐらいかかる。
圧力がかかると赤いピンがにょきっと顔を出してかわいい。
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完成。ボニークより色のムラがあるけど、けっこういい感じな気がする。

 

 

もとのレシピはこちら。めちゃくちゃ簡単。
予熱後のエアーオーブンに牛モモ肉を入れる。
お願いします!!!
チーン♪ となってから5分寝かせ、オーブンをオープン。
ムラがシロカよりも大きい。ミディアムレアって感じ。

 

 

ローストビーフ用セットの裏に書いてあったレシピ。「まぁ他の調理家電も結局フライパン使うんですけどね…」という気持ちがあるので「フライパンのみ」とした。

 

ジューっ
30分蒸したのがよかったのかムラはないが、ボニークがピンク色だったのに対しこちらは灰色である。正直、あんまり美味しくは無さそう。

マルチタスク

ここまで淡々と調理過程をお伝えしてきたが、どうしても言っておきたいのがとてつもないマルチタスクで大変だったということだ。 同時に4種類の調理である。しかも全部同じタイミングで完成するように逆算しながらの調理である。

マルチタスクを図で示しています。後半大変そうだなぁと思ってください。
年に1回あるかないかのキッチンフル稼働のようす。奥の赤い鍋は付け合わせ用のミネストローネである。ただでさえマルチタスクでワーキングメモリ限界なのに無茶なマネを…。
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食べ比べる

いよいよ食べ比べの時間だ。この時をどれほど待ちわびたことか。 

色だけで言うと食欲をそそる順に ボニーク>レコルト>シロカ>フライパン である。
ボニークで作ったローストビーフを食べる筆者。

低温調理器具のボニークで作ったローストビーフ、うま~!!肉がやわらかいしうまみも凝縮されている。お店で食べるローストビーフと遜色ない。低温調理、おそるべし…!

続いて電気圧力鍋のシロカで作ったローストビーフだが、まあまあやわらかいが若干パサついた感じがあった。

エアーオーブンのレコルトで作ったローストビーフには肉肉しさがあり噛み切りにくいが、これはこれでありかもしれない。

いっぽう、フライパンのみで作ったローストビーフはかたくてパサパサしていた。世の中そんなに甘くない。

2軸でまとめるとこうなる。低温調理のボニークがいちばんおいしい。次いでシロカかレコルトかは好みが分かれるところだ。(ただあくまでも個人の感想なので信じすぎないでほしい)

こうしてみると低温調理のボニークが今回の中ではいちばんおいしかったのだが、欠点もある。ものすごく時間がかかるということだ。そのあたりも考慮して比較表にまとめる。

おいしさ全振りなら低温調理だが、時間はものすごくかかる。

肉のくさみについて

肉のくさみについて言うと、完成直後の試食では、ボニークとレコルトではくさみが無かったのに対し、シロカとフライパンではくさみがあった。

ボニークのローストビーフのレシピでは最後に焼くため、その際にくさみも飛んだものと思われる。レコルトは熱風でくさみが飛んだのかもしれない。

逆にシロカは密閉状態なのでくさみの逃げ道がなかったものと思われる。フライパンのみの調理も最後の方はふたをしており密閉だ。ただし、どちらも一晩冷蔵庫に入れておいたらだいぶましになった。

翌日はローストビーフ丼にしていただきました。うますぎた…。
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科学的にひもとく

注:本題の調理器具別比較はここまで。ここからは興味のある人向けのマニアックな説明です。

低温調理のローストビーフはどうしてこんなにおいしいんだろう。フライパンでやるとどうしてパサパサになったんだろう。実際に料理してみると様々な疑問がわいてくるものだ。

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この本に答えが全部載ってた。

結論から言うと、ローストビーフにおいて大事なのは温度のコントロールで、低温調理は温度のコントロールが得意だからうまい。逆にフライパンは温度のコントロールがうまくできないからパサパサになった。

じゃあなぜ温度のコントロールが大事かと言うと、タンパク質の変性をコントロールできるからだ。肉がかたくなったりパサついているように感じるのには、肉の中のタンパク質の変性が関係している。タンパク質に熱を加えるとタンパク質の構造が変わる。これが変性である。

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一般的なタンパク質の変性のイメージ。これはものすごく雑なイメージで書いており実際はタンパク質の種類によっても全然違います。とにかく「タンパク質は熱で構造が変わる」とだけ覚えておいてください。

で、タンパク質にもいろいろな種類があるのだが、特に大事なものが2つある。 ミオシンアクチンである。そして「変性したミオシンはおいしいが、変性したアクチンはまずい」という格言がある。

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Cooking for Geeks (第2版)より引用。今日いちばん大事な内容。

ありがたいことにミオシンの変性温度が50℃でアクチンの変性温度が66℃である。ミオシンを変性させアクチンを変性させないためには、この間を狙えばよい。

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この温度を狙い撃つのだ。

低温調理だと簡単に温度を狙い撃てるが、フライパンではそうはいかない。

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だから低温調理だとおいしくてフライパンだとパサパサだったのか~。

ちなみに、この16℃の間ならどこでもいいのかというとそうでもない。まず安全面で言うと、温度は高い方が食中毒菌が死にやすくなる。実際には厳密な基準がある。

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ボニークの低温調理 加熱時間基準表より引用。今回は肉の厚さ40mm、58℃だったので3時間40分が最低ライン。

こんな感じで安全に食べるために必要な温度と時間の関係の表が載っているので、これを参考に温度と時間を決定する。この数値をミスると最悪死ぬので気を付けよう。あと調理時の衛生管理も大事。

変性についてさらに言うと、実はミオシンとアクチンのほかにコラーゲンというタンパク質の変性も重要で、コラーゲンの変性は55℃からゆっくり始まる。変性するとおいしくなる。

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本来コラーゲンは68℃以上でゼラチン化するのだが、長時間じっくりことことやれば55℃から変性が始まるのだ。

なので、今回は58℃ 3時間40分だったが、もっと時間を延ばして24時間とかにするとコラーゲンの変性効果も得られてさらにおいしくなったはずだ。今度試したい。

 

圧力鍋はどういう原理なんだろう。実は、圧力鍋は水の沸点を高くすることができる。通常、水は100℃で沸騰して水蒸気になってしまうが、高圧だと例えば120℃の水を存在させることが可能になる。

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Cooking for Geeks (第2版)より引用。今回使ったシロカの電気圧力鍋(SP-4D151)だと119℃までいくそうだ。

このおかげで圧力鍋では短時間でコラーゲンを分解させることができる。でもアクチンは変性してしまうので結局パサついてしまった。

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中央付近はピンク色だが外側が灰色。肉は外側から熱が伝わるので、外側でアクチンが変性してしまったものと思われる。

ここからわかるように熱伝導の均一性も大事だ。低温調理だと湯煎で長時間かけて熱を伝えるので肉全体が均等に温まるのだが、圧力鍋では高温で短時間のためムラができてしまった。

――全体的に理屈っぽくなったので以前シロカで作った紅茶豚の写真を最後に載せておきます。

豚の脂身のコラーゲンがゼラチン化してプルプルに!(結局理屈っぽい)

料理は底なし沼

同じローストビーフでも調理方法によってここまで違うのか。今回、それぞれの調理家電の特徴が見えて面白かった。

記事の後半で参考にしたCooking for Geeksという本は500ページ近くもあるのだが、今回調べるのに使ったのはほんの数ページである。料理の世界は底なし沼であり、私はまだ沼の表面に片足を突っ込んだだけだ。次は鴨のコンフィを作りたい。鴨肉、そもそもどこに売っているんだ…。

告知:ゲームマーケット2022秋 に出展します

今年のゲームマーケット2022秋にデイリーポータルZから出展することになりました。10/29(土)のみの出展です。編集部の林さん、ライターのまいしろさん、ほりで出展します。東京ビッグサイトでお待ちしています。

私は以前記事にした商店街ブラックジャックをカードゲームとして販売します。特設サイトはこちら。予約もできます!

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カードゲームなのに実際に外に出て商店街を歩かないといけないゲーム。そんなの売れるのか…?(買ってください)

あともう1個ふつうのカードゲームも作ったので販売します。

 

Cooking for Geeks 第2版 ―料理の科学と実践レシピ (Make: Japan Books)

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