ボスニア・ヘルツェゴビナ「和平」と「停滞」:和平協定が発展の障害に

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欧州では1日にラトビア議会選、2日はブルガリアの総選挙が実施された。ところで、バルカンのボスニア・ヘルツェゴビナでも2日、選挙が行われたが、メディアの関心が余り注がれなかった。もちろん、それなりの理由は考えられる。ボシュニャク(イスラム)系、クロアチア系、セルビア系の3民族から構成されたボスニアでは過去、選挙は行われたが、大きな変化はなく、各民族の分断がより強固になっただけだ。すなわち、選挙前と後ではボスニアの政情に変化は生じなかった。その結果、メディアの関心は次第に遠ざかっていったわけだ。

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クロアチア系住民とボシュニャク系住民間を結ぶボスニアの「スタリ・モスト橋」(2005年11月、ボスニアのモスタル市で撮影)

ボスニア「冷たい和平」と「政治停滞」

ボスニアといえば、3年半以上にわたって3民族(セルビア系、クロアチア系、ボシュニャク系)間の紛争を続け、戦後欧州最悪の民族紛争となったボスニア紛争(1992~95年)を思い出す読者が多いだろう。20万人の犠牲者、200万人の難民・避難民を出したボスニア紛争は1995年、パリでデイトン和平協定が締結されて一応終戦を迎えた。今年12月で和平協定27年目を迎える。

ボスニアは1995年のデイトン和平合意後、ボシュニャク系とクロアチア系両民族から構成された「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア系の「スルプスカ共和国」の2つの主体から構成された国家となって今日まで続いている。和平履行は、民生面を上級代表事務所(OHR)が、軍事面はNATO中心の多国籍部隊(SFOR)が担当した後、欧州部隊が継続、3民族間の共存を促進してきたが、実際は各民族間の和解は遅々としたもので、「冷たい和平」と呼ばれる状況が続いてきた。

ボスニアでは、「ボスニア連邦」と「スルプスカ共和国」の2国から連邦政府を構成し、3民族代表で選ばれた大統領評議会メンバーは8カ月ごとに同評議会議長、すなわち国家元首のポストを担当する。例えば、ボシュニャク系・クロアチア系のボスニア連邦では、二院制議会の選挙が行われ、その後、大統領と2人の副大統領が任命される。有権者は、連邦を構成する10のカントン州(県)の議会のメンバーも選ぶ。一方、中央政府は、軍事、司法制度、税制、対外貿易、外交に責任を負う。州には独自の警察、教育、医療システムがある、といった具合だ。人口330万人のボスニアには連邦、共和国で約180人の閣僚がいる。

選挙システムは複雑なうえ、民族主義者が有権者の支持を主に獲得するから、選挙後の他民族との共存促進といったことは望み薄となり、大きなサプライズはこれまで期待できなかった。その結果、政治停滞、民族的利益に基づく腐敗と顧客主義が、何年にもわたってボスニアの政治を支配した。クロアチア代表は「ボスニア連邦でボシュニャク系に比べ不利な立場にある」と苦情し、スルプスカ共和国は分離主義政策を追及する、といった具合だ。

ボスニアの複雑な政治システム、選挙システムは1995年のデイトン和平協定から生まれたものだ。国連安全保障理事会は、和平合意の実施を監督する上級代表を任命し、ボスニアの統治を監督してきた。現在、ドイツ人のクリスチャン・シュミット氏がそのポストを務めている。シュミット上級代表は選挙法を改正し、ボスニアの政治停滞を打破し、連邦機能を改善し、3民族間の政治的、経済的共存メカニズムを促進させたいところだが、選挙法の改正には強い反対がある。

ボスニア紛争後の過去27年はサクセス・ストーリーではなかった。多くの国民は国外に逃げていった。昨年だけで約17万人が国を去った。失業率は今年16.8%と予測。ボスニアに流れ込んだ資金は海外出稼ぎ組の送金と国際社会からの経済支援だ。「ウィーン国際比較経済研究所」(WIIW)の上級エコノミスト、ウラジミール・グリゴロフ氏は、「ボスニアがうまくいかない最大の原因はデイトン和平協定だ」と断言、和平協定がその後の国の発展を妨げる最大の障害となっていると主張していた。

ボスニアでは久しく、3民族が共存し、同じ言語(セルボ・クロアチア語)を使用して意思疎通できたが、デイトン和平協定後、民族間に境界線が引かれ、分断は固定化された。ボスニアは2016年以来、欧州連合(EU)加盟候補の地位を得ているが、ブリュッセルとの間で加盟交渉はまったく進展していない。

参考までに、WIIWのボスニアの経済予測は、今年のインフレ率は平均10%、経済成長率は1.5%にとどまると予想されており、春の予測から0.3ポイント下方修正された。物価の上昇もあって個人消費は落ち込んでいる。さらに、公共投資と民間投資は国内および外国の政治的リスクの高まりを受け減速が予想され、それが新しい公共投資を抑制しているという。

デイトン和平協定は3民族間の紛争を停止させたが、民族間の和解の道は依然、見えてこない。なお、サラエボからの情報では、ボスニア連邦の大統領評議会選で親欧州派の候補者が民族主義派の候補者を破ったという。投票の最終的結果は3日以降になる見込みだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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