エージェンシー の業務効率化、AI活用で実現:鍵となるのは「役割の明確化」

DIGIDAY

マーケティング活動のIT化が進み、データの重要性が高まるなか、エージェンシーはAI(人工知能)のノウハウを習得し、有効利用できる力をつけてきた。

それを裏づける調査結果も出ている。データプラットフォームのリティックス(Lytics)がこのたび発表した調査によると、マーケティング部門とIT部門のリーダーの81%が、今後5年間のマーケティング活動において両部門の関与が強まると予想している。また、マーケターの66%が、マーケティング施策にAIを導入する計画だと回答した。

AI技術やツールの真の強みとは

専門家によれば、ファーストパーティデータを使った広告ターゲティングの需要がさらに高まり、業界ではAIの導入が増えているという。エージェンシーにとってAIは、クリエイティブからセグメンテーションまで、ターゲティング作業の一部を自動化できるため、煩雑な業務が減り、広告関連コストを最適化する助けになる。

「AI技術やツールの真の強みは、人間の代わりを務めるクリエイティブ制作ではなく、業務の効率化だ」と、TBWAワールドワイド(TBWA Worldwide)のグローバル・クリエイティブ・エクスペリエンス最高責任者、ベン・ウィリアムズ氏はいう。「クライアント企業のブランドにとって最適なアイデアの創出と意思決定を支援するツールとしてのAIは、クリエイティブディレクション、ヒューマン・キュレーション、ヒューマン・リファインメントといった分野で付加価値があり、今後ニーズが顕在化してくるだろう」。

しかし、AI需要が伸びているとはいえ、企業はいまだに技術の実験段階だ。コンテンツモデレーション(投稿監視)や広告におけるブランドセーフティ、コミュニケーション戦略、クリエイティブ成果物などさまざまな分野で試験運用を続けている。

コンテンツとクリエイティブの生成

エージェンシーによるAIの試験運用の一例として、収集したデータポイントをクリエイティブ制作に活かす事例がある。AIコンテンツジェネレーターを使えば、データから抽出されたインサイトをもとに、関連性のあるコンテンツを分単位、場合によっては秒単位の作業時間で制作できる。ただし、「コンテンツクリエイターの仕事をAIが人間に代わってすべてこなせるわけではない」と指摘するのは、AIマーケティングを専門とするサイビッツ(Scibids)の最高マーケティング責任者、ナディア・ゴンサレス氏だ。

「クリエイティブ制作チームにとってAIは、多様なコンテンツを適切なタイミングで適切な場所に表示する目的で使える、機能満載のツールだ」と、ゴンサレス氏はいう。「いまや企業は規模の大小にかかわりなく、データサイエンスとAI主導の分析ツールを導入している。これからは価格設定、パーソナライズ化、レコメンデーションといった機能もさかんに使われるようになるだろう」。

クリエイティブコンサルタント会社コードラボ303(Codelab303)の創業者、アンソニー・チャベス氏によると、AIソリューション提供への第一歩は、クライアントの業務要件の把握から始まるという。AIの用途は、時間がかかるタスクの自動化に加えて、文章やビジュアル資料作成、作曲など多岐にわたる。コードラボ303のクライアントには、化粧品のアルタビューティ(Ulta Beauty)や中古車販売のカーヴァナ(Carvana)がある。

「作業のなかには、人間より機械のほうがはるかに効率よくできるものがある」とチャベス氏はいう。「リアルタイム・プライシング、営業予約の効率化、コンテンツマーケティングの自動化など、企業内にはAIで処理可能な業務がかならず存在する。したがって、リソースをどこから持ってくるかより、AIをどの業務でどう活用するかという、役割の明確化が鍵となる」。

TBWAでもAIコンテンツジェネレーターを使って、日産自動車やビールメーカーのコロナ(Corona)をはじめとするクライアント向けのクリエイティブアセットなど成果物を作成している。ウィリアムズ氏によれば、AIは現在進行中の「クリエイティブ革命」の一部であり、エージェンシーやクライアント企業にとって、発想の転換のきっかけとなるはずだという。

「クリエイティブの世界にはいま、1990年代を思わせる変化の波が訪れている」とウィリアムズ氏は語る。「企業のブランドやミッションを際立たせ、広く情報発信するのに必要な最新技術やツール、サービスを探求していたあの当時と同じような動きが起こっており、業界は大いに沸いている」。

ウィリアムズ氏は、クリエイティブ制作タスクの自動化により、時間の経過とともに業務効率が上がる可能性があるとしながらも、その一方で、制作に人間が介在する必要性も認めている。とくに、提示されたアイデアに対し、クライアントのニーズに適したクリエイティブディレクションを実施して成果物を仕上げるプロセスで人間の力が発揮されるという。

ブランドセーフティを支援する機械学習アルゴリズム

多くの企業がAIを利用してコンテンツモデレーション(ユーザーによってネット上に投稿されたコンテンツを監視し、有害な書き込みを洗い出す監視業務)をおこなっている。

たとえば、食肉加工のタイソン・フーズ(Tyson Foods、以下タイソン)は2022年、マーケティング支援のマインドシェア(Mindshare)およびインテリジェンス専門スタートアップのソーシャルコンテキスト.ai(socialcontext.ai)とのパートナーシップを通じて、インパクト・インデックス(Impact Index)と称する分析ツールを開発したと発表した。タイソンはこのツールを使用し、自社コンテンツが黒人コミュニティにおいてどのくらい社会的影響を及ぼしているのかを測定している。

インパクト・インデックスは、ユーザーによる書き込みの膨大なデータをあらかじめ入力した機械学習アルゴリズムにもとづき、監視対象のコンテンツを「ポジティブ(positive)、ネガティブ(negative)、中立的(neutral)、有害(toxic)」の4つに分類する。その分析結果をもとにタイソンは、記事編集戦略を見直して精緻化し、多様性と影響力の向上を目指してメディア投資配分を検討する意向だ。

「このパートナーシップを通じ、我々は今後のメディアバイ戦略に影響を与える有意義な知見を収集できている」と、タイソンのマーケティングコミュニケーション&デザイン部門のバイスプレジデント、コートニー・バランティーニ氏は話す。

ソーシャルコンテキスト.aiのCEO、クリス・ヴァーゴ氏は次のように述べている。「サイトの記事全文と関連のメタデータを分析すれば、どんな表現が効果的かというレベルまで掘り下げられる。インパクト・インデックスは、機械学習アルゴリズムの「トレーニング」によって望ましい社会的影響を検知できるようにするツールで、コホート分析やタクソノミー(分類法)のみのアプローチに比べ、よりインクルーシブ(包摂的)な設計思想でつくられている。

ネガティブな影響のあるコンテンツは、もともとは事実情報に端を発している。たとえば黒人による犯罪で黒人が被害者になった場合、その報道自体は有害ではない。しかしニュースで取り上げられる割合が大きすぎると、黒人コミュニティに対する社会全体の認識においてネガティブな結果を生む」。

サイビッツのゴンサレス氏は、デジタル情報量が急増しているいまだからこそ、AIによるコンテンツモデレーションが必要だと訴える。ユーザーによる書き込みを監視しながら状況に応じてコンテンツポリシーを策定するのはFacebookやTwitterのようなソーシャルメディア大手でも至難の業だという。

「世界中で情報のデジタル化が進むなか、人間のモデレーターがネット上のコンテンツを監視し、起こりうる事象を予測するのは不可能だ」とゴンサレス氏はいう。「プログラマティック広告枠の自動買いつけ用途で我々が開発したAIと同様、コンテンツ制作と関連データは、人間の能力で対応できるレベルを超えるペースで増大しつづけるだろう」。

顧客から経営陣まで:対象が幅広いコミュニケーション戦略

AIの性能向上に伴い、一部のエージェンシーはこうした仕組みを活用し、クライアント企業の経営陣向けにコミュ二ケーション戦略を構築するための支援も行っている。たとえばボートハウス・グループ(Boathouse Group)が提供する最新ソリューションは、「行動」と「エンゲージメント」に着目し、クライアント企業がメディア分野で社員および顧客とのエンゲージメントを推進し、関係を醸成する一助となることを目指している。

ボートハウス・パロアルト(Boathouse Palo Alto)の創業者兼プレジデントのピーター・プロドロモウ氏はAIについて、経営幹部が実行に移せるタスクやソリューションを洗い出すのに役立つツールだとしている。同社はクライアントの米保健維持組織最大手のカイザー・パーマネンテ(Kaiser Permanente)との協業により、AIツールを利用してCEOが受信するデータ量を減らす取り組みを通じ、CEOがより迅速で的確な意思決定ができるよう支援している。

プロドロモウ氏は米DIGIDAYの取材に応え、次のように述べた。「いま入手できるAIソリューションの大半は自動化ツールで、エンゲージメントをどうすべきか、規模を拡大するにはどうすればよいか、ソーシャル、デジタル戦略をどう展開すべきかなどについて最適な提案をしてくれる。従来は、クライアントに提案するプロジェクトで成果をあげるために経営幹部がなすべき仕事は何かを人間が判断してきたが、その意思決定プロセスをAIが支援するわけだ。

また、プロドロモウ氏によれば、AIツールが企業の研修や管理業務の面で大きな変化を促す可能性があるという。たとえば、クライアント企業が顧客などから寄せられた苦情のデータを保有している場合、エージェンシーは当該データのAI分析にもとづき、ペイドメディアを通じた情報発信戦略や、顧客サービス向上のための社員向け再訓練プログラムを提案できる。データを活用した社内向けのソリューションが、外部からみた企業イメージに影響を与えうる一例だろう。

「これまで過小評価されてきた情報のひとつに『従業員の意見』がある。我々が求めるのは、社外の利害関係者と同様に従業員のエンゲージメントにも焦点をあてたツールだ」とプロドロモウ氏はいう。「各種データのアウトプットをもとにエージェンシーが探求できる分野は豊富にある。エージェンシーがクライアントの経営陣と話を進めるうちに、ハッと思わせる瞬間が生まれるにちがいない」。

[原文:How agencies are using AI to innovate for clients and work faster

Antoinette Siu(翻訳:SI Japan、編集:黒田千聖)

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