「数字に目を向けるだけでは業界の多様性欠如は解決しない」:電通クリエイティブ DE&I 責任者カイ・デヴロー・ローソン氏

DIGIDAY

この2年間で、広告業界における多様性、公平性、包摂性(DE&I)を求める声は、異様な盛り上がりから低いうなり声にトーンダウンしたかに見える。ブラックライブズマター(Black Lives Matter)運動の盛り上がりと社会正義を求める声に呼応して、広告エージェンシーは企業が果たすべき責任として、マイノリティの雇用やDE&I責任者の配置を積極的に進めてきた。多くのエージェンシーがそのような人材の採用数を毎年公開すると約束もした。しかし、あるDE&I責任者によると、多様性に関する数字を集めるだけでは十分ではないという。

米州の電通クリエイティブ(Dentsu Creative)でDE&I担当のシニアバイスプレジデントを務めるカイ・デヴロー・ローソン氏は、「2020年当時、議論の中心はデータだった」と話し、こう続けた。「しかし、データにばかり注意が向くことには弊害もある。データは組織内における包摂性や公平性の全貌を必ずしも語らない」。

デヴロー氏は電通クリエイティブ初の多様性推進責任者として昨年4月に入社し、同エージェンシーのジョン・デュピュイ最高経営責任者(CEO)とクリスティナ・パイル最高公平性推進責任者の直下に配属された。多様性の向上という新たな任務について、デヴロー氏は「定性的データと定量的データの両方を最大限に活用しつつ、広告業界でDE&Iをめぐる新たなナラティブを追求したい」と語っている。

すでに、入社後わずかひと月にして、デヴロー氏は制作面での考査をおこなう協議会の立ち上げに貢献した。その目的は同エージェンシーのクリエイティブ制作に品質管理の一面を加え、文化的な適切性、正確性、真正性を確保することだという。

米DIGIDAYはデヴロー氏にインタビュー取材をおこない、電通クリエイティブでの職務、質的な効果計測の現状、多様性の議論が丁寧さやきめ細かさを必要とする理由などについて話を聞いた。

なお、インタビューの内容には読みやすさを考慮して若干の編集を加えている。

◆ ◆ ◆

――エージェンシーが集めるDE&Iのデータは多様性問題の全貌を語っていないということだが、それはどういう意味か?

代表性について語るとき、我々はある事実を見逃しがちになる。それは、誰もが自分のアイデンティティを包み隠さず明らかにしたいと望んでいるわけではないということだ。障害を持っていること、特定の人種集団あるいは民族集団に属していること、LGBTQ(性的指向)に関するアイデンティティを知られたくない人もいる。多くの場合、組織内で共有できるデータは必ずしも正確ではなく、自分のアイデンティティについて語りたくない人がいても、その事実を表すものではない。

――報告されるデータにはきめ細かさが欠けているということか? それはなぜだと思うか?

DE&Iが実はとても複雑な問題だからだ。DE&Iは職場での友好や親近感を表す便利な言葉ではない。それは我々の行動、個人的な体験、トラウマ、個人的な体験の受けとめ方と大きく関係している。あまりにも複雑なため、多くの思考と研究、そして辛抱強さが必要なのだ。しかし、DE&Iにまつわる本質的な重苦しさとじっくり向き合うことに時間を割ける人や精神的なゆとりのある人ばかりではない。そういう場合、誰もが考えるのは一番安易な題目だ。2020年当時、それは数字に飛びつくことだった。結果的に、DE&Iに関する数字の報告に終始することになった。

――DE&Iをめぐるナラティブを変えるために、電通クリエイティブでどのような施策を講じたか?

最初の施策のひとつとして、クリエイティブレビューカウンシルというクリエイティブを審査する組織を社内に新設した。クライアントに提示する前に、文化的な視点で作品の品質を管理することがその狙いだ。社内的には文化理解(cultural fluency)と呼んでいる。この仕組みを通じて、我々の制作するクリエイティブについて、オーディエンスの理解が得られ、かつマーケターにも耳を傾けてもらえる議論がしたい。

実際に、暗号資産取引所のFTXがスーパーボウルで放映したCMでは、この審査機関が中心となり、クリエイティブ、制作、メディアの各チームとうまく連携して、男性や白人ではない革新者を登場させるなど、CMの内容に一定の影響力を行使することができた。たとえば、クリエイティブチームとの協力で実現させたキャサリン・ジョンソン(米航空宇宙局の科学者としてその活動を支えたアフリカ系アメリカ人女性の草分け)の登場シーンはその一例だ。

――2020年以降、DE&I担当役員は人事部ではなく、CEO直下に配属されるようになった。あなたもそのひとりだ。これはDE&Iの職責にどのような変化をもたらしたか?

優先順位、アクセス、こちらの意見を聞いてくれる面々が一変した。DE&Iの専任に移行する以前、個人的には、DE&Iは非常に表層的だと感じていた。活動の中心はビジネスリソースグループ(職場で多様性や包摂性を推進する従業員主体の自発的な組織)の立ち上げだった。連携といえば人事部の責任者と多様性のリーダーの連携だ。これはDE&Iの一面にすぎない。いまやDE&Iは誰かひとり、あるいはひとつの部署が責任を負うものではなく、人事、財務、顧客、人材など、多くの要素が関わっている。必要な施策に関する議論が透明におこなわれ、直接責任者と話すことも可能になった。

――数字に頼らず、多様性の進捗を測るにはどうすればよいと考えるか?

個人的には、EEOC(米雇用機会均等委員会)のデータや、内部の数字あるいは自己申告の数字に頼らなくても、職場で包摂性について改善の必要な部分を特定する方法はいくらでもあると思う。私としては、エージェンシーにおけるDE&Iの進捗は、従業員の気持ちや仕事への意欲とより深く関係していると考える。職場の包摂性は、包摂性を支持する人の数で決まるものではない。会議に出席しても自分の存在が見えないという人はいまもいる。彼らは完全に正しい。DE&Iは業績評価指標で測る類いのものではなく、まさに質的な体験なのだから。

数字は確かに有用だ。その考えに変わりはない。数字は、我々がどこに注意を払うべきか教えてくれる。一方、従業員がチーム内で公平に扱われていると感じているか否か、職場での公平性を求める声が届いているか否かは、数字を見ても分からない。私にとっては、こういう側面こそ、日々の仕事にやりがいを見いだせるものだ。そしてこのような要素に、我々は注意を払ってこなかった。これまでの2年間は、ひたすらDE&Iの担当役員や責任者の数を数えることに終始した。

[原文:Why Dentsu Creative’s DE&I lead says focusing solely on numbers won’t solve advertising’s diversity problem

Kimeko McCoy(翻訳:英じゅんこ、編集:黒田千聖)

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