Q&A: データクリーンルーム をめぐる「夢」と「現実」 – 本当に苦労する価値はあるのか?

DIGIDAY

いまなお続くデータプライバシーをめぐる懸念。それを考えると、いまや広告業界の誰もがデータクリーンルームを活用することの正しさを固く信じているように思えるかもしれません。ところが実際には、データクリーンルームの人気はそれほどでもないのです。

データクリーンルーム企業のハブ(Habu)が行った調査によれば、調査対象となったマーケティング担当者266人のうち、半数以上(53%)が「一度も利用したことがない」と回答したそうです。

つまり、言葉自体はマーケティング用語集のあちこちで見かけるように思えても、データクリーンルームが一般に普及するのは、まだ先の話だということです。それも当然かもしれません。マーケターの大半は、もしデータクリーンルームがあっても、それをどうしていいかわからないのです。

ハブのインターナショナル部門でマネージングディレクターを務めるティム・ノリス=ワイルズ氏は、こう語ります。「クリーンルームの観点から、わかっていることは2つあります。この業界の燃料であるプライバシーとデータの分散化が、すぐに消えることはないということ。とはいえ現状では、個々の技術やサブカテゴリーとは対照的に、デジタル広告の大半は明瞭さを欠いています。はっきりしないことだらけで、どこに時間と金を投じればいいのか、どこに向けて戦略を練ればいいのかを知ることが、ルールの変更を恐れるブランドにとっての大きな課題になっているのです」。

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――マーケターにとって、現状はクリーンルームが登場する前と大差ないのでしょうか?

そのとおりです。この状況全体から受けるのは、何か矛盾した表現のような印象です。データクリーンルームは、広告のターゲティングと測定を行うための手段として、非常に不透明な方法になりつつあったサードパーティのアドレサビリティに代わり、そこに明瞭さをもたらすことをその目的としていました。ところが実際は、明瞭さをもたらすという目的が、いちばん後回しになっているのです。プライバシーを守りながらアイデンティティの利用を拡大するという目標。この目標は同じだが、市場にはそれに対して異なるアプローチを取るソリューションがあふれています。

この良いものと悪いものの選別は、事業計画の面でも、技術の面でも課題となっているます。広告主とパブリッシャー、ソフトウェアプロバイダーがそれぞれ、アイデンティティとオーディエンスに若干異なる定義付けを行なっているという事実がなければ、これも難しいでしょう。しかもこれは、基礎的なものを終えて、アドレッサブルなオーディエンス構築法をすでに確立しているマーケターに限っての話です。一方で、この種の技術のカギを受け取る準備さえまるで整っていないマーケターも大勢います。

プロハスカ・コンサルティング(Prohaska Consulting)でデータおよびアイデンティティ戦略部門担当責任者を務めるケビン・バウアー氏は、こう語ります。「正直なところ、ほとんどのマーケターは、実際に自身でオーディエンスを定義したことがなく、メディアのライフサイクル全般におけるパフォーマンス等を追跡したこともないのが実情です。これまでの彼らは、ウォールドガーデン(Facebookなど)のいいなりになっているだけでした。オーディエンスへの理解を深めるために時間を割くことなど、ほとんどなかったのです」。

――多くの点で本当の問題は、マーケターがサイレントパートナーであることとは対照的に、どのようにデータクリーンルームと直接関わりを持っているのかということですね。

これまでは、マーケターがデータクリーンルームについて本気で考える必要はありませんでした。もちろん、それを活用する必要はこれまでにもあったのですが。FacebookやAmazon、Googleに何年も前から金を投じてきた企業なら、どこでもそうでしょう。しかし、これらの例では、プラットフォームがその環境下で起きたことに絶対的な支配力を握ってきました。マーケターはその流れにただ身を任せればよかった。ところがここにきて、そんな彼らも受け身ではいられなくなったのです。少なくとも半分は、こうした関わりを自分たちで持たなければならなくなりました。

確かに、それは必ずしもプラットフォームとの関係ではありません。どちらかといえば、ここ何年かのあいだに現れたさまざまなサードパーティソリューションとの関係です。しかし、これが意味するのは、意思決定の計画、予測、評価、運用方法の大転換だと、バウアー氏は述べています。その何よりの証拠が、ウォルグリーンズ(Walgreens)の子会社であるドラッグストアチェーンのブーツ(Boots)です。同社は、データクリーンルームを活用するために、さまざまな変化を余儀なくされました。その結果、マーケティングチームとデータチームの距離は大幅に狭まったのです。

「クリーンルームソリューションの明瞭さは、『すべての人間』や『チーズを食べる人たち』の先にある、アドレッサブルなオーディエンスを築くことの明瞭さ、成熟度に正比例している」と、バウアー氏は語ります。「ブランドが、独自のデータおよびアイデンティティ分類法の確立に成熟するまでは、ビジネスパートナーと協力してサードパーティソフトウェアソリューションを活用し、これらアイデンティティの利用法を理解するのは難しいでしょう」。

――つらく長い道のりのように聞こえます。データクリーンルームの正当性が実際に認められるようになるまでには、どんなステップが必要なのでしょうか?

まずマーケターに必要なのは、自社の明確なアイデンティティ分類法です。これが、さまざまなデバイスやアカウント、世帯レベルのデータセットを理解・分類し、それをデータプロダクトとしてシステムとプロセスの全域で活用できるものに変えることへとつながります。当然ながら、必要に迫られたからこそそうしてきた企業もなかにはあるでしょう(銀行、通信、エネルギーなどの企業)。だがその一方で、どこから手をつければいいのかいつまでもわからないでいる企業もあります。彼らの場合、メディア投資や業務に関する意思決定は、ユーザーやオーディエンスではなく、チャネルまたはパートナーレベルを共通項として行われているからです。

もちろん、こうした技術にかかるコストが膨大であることは言うまでもありません。新たなソリューションへの大型投資の前に、既存の技術スタックの全域でデータクリーンルームサービスを監査する必要性に関してもそうです。

いまや市場は、広告主向けのソリューションであふれています。機能性や、ウォールドガーデンへの統合など、そのどれもが微妙な違いや個性を備えています。それはつまり、自社に適したソリューションの発見には時間がかかるということでもあるのです。この市場は急激に発展しており、毎月のように新しい機能がリリースされ、さまざまな大問題が解消されています。そのため、ひとつのソリューションがもたらしうるメリットをリスト化して優先順位をつけるという最初のステップでさえ、それなりに時間がかかると、デジタルメディアコンサルタント企業のTPAで、英国オフィスの代表を務めるダン・ラーデン氏は指摘します。

「それだけではありません。ファーストパーティデータである以上、法務、テクノロジー、ITなどさまざまなスタークホルダーがどのプロセスにも関与する必要があり、これが状況をさらに複雑にしているのです」と、同氏は語ります。。

――データクリーンルームに苦労するだけの価値はあるのでしょうか?

その答えは誰に聞くかによって違うでしょう。一部のマーケターにとって、データクリーンルームの価値は計り知れません。少なくとも、彼らは近いうちにそうなると思っています。彼らにとって、広告戦略の将来を見通すのに、これほど優れた手段はほとんどないのです。そのユースケースは単にプライバシー規制当局の怒りを買わないやり方で広告を表示するだけではないからです。

そうかと思えば、すぐには飛びつかないマーケターもいるでしょう。しかし、誰にも彼らを責める権利などありません。クリーンルームにしか解決できない課題を彼らが抱えているのかどうかなど、知るよしもないですし、もしそうだとしても、適したデータクリーンルームを見つけるのは容易ではないからです。これほど多くのマーケターが、得られる結果が苦労に見合わないと思っていても、何の不思議もないでしょう。

ウエーブメーカー(Wavemaker)のグルーバルデータディレクター、チャーリー・ホーカー氏は、次のように語ります。「これには時間がかかるでしょう。データクリーンルームの純粋なユースケースに加えて、広告主は別のデータ所有者と契約を結ぶ必要があることを忘れてはならず、この手続きは長引くことが多いからです。大手ブランドのなかには、データの調達に時間をかけるところもあります。データクリーンルームは、通常はエージェンシーではなく、クライアントを介して契約するものなのです」。

――データクリーンルームがブレイクする見込みは?

おそらくそうなるでしょう。ただし、少し時間はかかるかもしれません。まず、データをどのように扱うかについて、方法をまだ見つけていないマーケターは大勢います。だが、これも変わるでしょう。そしてそうなれば、こうしたソリューションをもっと真剣に考えるマーケターも増えるでしょう。アドテクベンダーのライブランプ(LiveRamp)で、ヨーロッパ担当マネージングディレクターを務めるビハン・シャルマ氏はこう語ります。「データクリーンルームなんて面倒なだけで効率が悪いという認識のせいで、一部からは敬遠されてきたが、時代遅れの誤解も甚だしい」。

本当の問題は(少なくとも現時点では)、データクリーンルームがもたらすメリットは小さく、必ずしもスケーラブルではないということです。実際、そのユースケースは数に乏しいか、ニッチかのどちらかです。分析やインサイトの創出、マーケティングアトリビューション、機械学習の向上など、データクリーンルームはもっと多くのことができるにもかかわらず。データクリーンルームはサイトへ広告を出稿するだけの存在では決してありません。独自のデータが持つポテンシャルの有無を受け入れるマーケターが増えてくれば、データクリーンルームはその真の力を発揮してくるはずです。

「とはいえ、データクリーンルームは、リテールメディアのサポートに必要なデータインフラを構成する一部にすぎません」と、シャルマ氏は語る。「したがって重要なのは、データサイエンスやユースケースの分析に特化されたデータクリーンルームではなく、インサイトツールやプランニングツール、データ管理、アクティベーション、測定といった、ビジネスユーザーが利用できる諸機能にしっかりと統合されていることなのです」。

[原文:The Rundown: The hope, hype and reality of data clean rooms

Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:分島翔平)

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