終わりが見えない「戦争」への焦燥感

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いつものように朝5時前、メトロ新聞を取りに地下鉄駅まで散歩しながら出かけた。周囲はまだ暗い。1カ月前までは4時過ぎには既に明るかったが、今は5時を迎えようとしていてもまだ暗い。メトロ新聞を取って帰る時、教会の時計を見た。

ウィーンの教会も節電

「あれ、針が見えない」。教会の建物が暗く、教会の時計を照らしていたライトが消えていたので、遠くからは時間が分からない(当方は20年以上、腕時計をもたない。外で時間を知りたければ、近くにある教会の時計を見るか、建物内の壁に掛けてある時計で時間を知る癖がついてしまった)。

独立記念日で演説するゼレンスキー大統領(ウクライナ大統領府公式サイトから、2022年8月24日)

ドイツのローマ・カトリック教会のシンボル、ケルン大聖堂も節電のために夜のライトアップを止めたと聞いていたので、ウィーンの教会も節電しているのだろうか。蛇足だが、マルタの教会の時計は正しい時間を告げないことで知られていた。悪魔に教会のミサの時間を知らせないために、針は止まっているか、教会の時計は描いたもので本物ではなかったことが多かった(マルタの教会の時計が今もそうかは知らない)。ウィーンの教会の時計の場合、悪魔に礼拝時間を知らせないためではなく、ロシア産天然ガスが途絶える事態を想定した予行練習のような感じだ。要するに、長い冬の訪れを控え、エネルギーの節約だ。

6カ月を迎えたロシアのウクライナ侵攻

ロシアのプーチン大統領が軍をウクライナに侵攻させて24日で6カ月を迎えた。プーチン氏もウクライナ国民も戦争が半年以上続くとは考えていなかったが、半年を迎えた今日もまだ停戦の見通しすら立っていない。ウクライナだけではなく、ロシア側にも多くの犠牲者が出ている。ウィーン大学東欧史研究所のヴォルフガング・ミュラー教授は、「半年間のウクライナ戦争の犠牲者数は約8万人と推定される。3年間続いたボスニア紛争(1992年3月~1995年11月)の時と同じ状況だ」という。ちなみに、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、600万人以上のウクライナ国民が国外に避難している。同時に、それ以上の国民が住み慣れた場所から追われ、域内難民となっている。

参考までに、オーストリア国営放送のモスクワ特派員、パウル・クリサイ氏は、「ロシア側はウクライナ戦争での死者数を国家機密としている。正確な数は不明だが、戦死した兵士の家族には約8万3000ユーロと多額の保証金が支払われている。その代わり、家族は家人が戦死したことを第3者やメディアに流してはならないことになっている」と説明していた。

兵隊と民間人の区別なく砲撃するロシア軍の無差別攻撃はよく知られている。マリウポリの廃墟化、ブジャの虐殺が報じられると、欧米諸国もショックを受けた。現在ロシア軍は、ウクライナ南東部の欧州最大のザポリージャ原子力発電所を占領し、ウクライナや世界に向けてチェルノブイリ原発事故の再現を脅すなど、目的を達成するためにあらゆる手段を駆使している。

ロシアの右派思想家でプーチン氏に影響があるといわれるアレクサンドル・ドゥーギン氏の娘ダリヤ氏が20日、モスクワ近郊で車の爆発で殺害された。ロシアの情報機関、連邦保安局(FSB)は22日、ウクライナの特殊機関による犯行と主張、ウクライナへの報復を示唆した。ウクライナの独立記念日(1991年8月24日)、ロシア軍がキーウを含むウクライナ全土のインフラや施設に激しいミサイル攻撃を仕掛けるのではないかという情報が流れてきた。ウクライナのセレンスキー大統領は国民にロシアのミサイル攻撃を警告し、独立記念日の集会開催を禁止し、夜間外出禁止令を出していた。

ゼレンスキー大統領の懸念

欧米諸国の対ロシア制裁の効果については前日のコラムで書いた。ロシアは現在、戦争経済体制に入ってきた。一方、ウクライナは国際社会からの経済的、軍事的支援に大きく依存している状況に変化はない。ウクライナ領土の約20%をロシア側に占領されている。ゼレンスキー大統領は24日、独立記念日での演説で、併合されたクリミア半島や占領された領土の奪回まで戦いを続ける、と徹底抗戦を訴えた(「プーチン氏を喜ばした世論調査結果」2022年8月24日参考)。

ゼレンスキー大統領は、「ミンスク合意」の失敗を繰り返すことを恐れている。同合意は2015年2月、ベラルーシの首都ミンスクでロシア、ウクライナにドイツとフランスが参加してまとめられ、ウクライナ東部紛争の停戦を実現させた。しかし、ウクライナ側は後日、東部の親ロシア支配地に「特別の地位」(自治権の拡大)を認めたことが失敗だったと受け取っている。ロシア軍は現在、南部と東部ドンバスで戦闘を激化させている。

対ロシア制裁を実施する欧州諸国はエネルギー危機、物価高騰などに直面し、これまでのようにウクライナを全面的に支援できるか不透明になってきた。電気が消されたウィーンの「教会の時計」は欧州の近未来を映し出しているように感じる。

一方、停戦の見通しのたたない状況下で、ウクライナ戦争は両国とも国力の消耗戦となってきた。「戦争は始めるより終わらせるほうが難しい」といわれる。ひょっとしたら、プーチン大統領は戦争を始めたことを後悔しているかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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