「おしんこ」ってなんなんだろう?

デイリーポータルZ

先日、友人が飲み屋で何故かおしんこの写真を撮っていた。

「結構撮ってるんですよ。専用のフォルダもあって」

1980年、東京生まれ。片手袋研究家。町中で見かける片方だけの手袋を研究し続けた結果、この世の中のことがすべて分からなくなってしまった。著書に『片手袋研究入門』(実業之日本社)。

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『おしんこコレクション』…。そんな名前の写真フォルダが存在していたとは。まだまだこの世は生きるに値する

こんなの、ちゃんと話が聞きたいに決まってる。 

「おしんこの写真を見ながら飲み」、開幕!

後日、おしんこ活動を詳しく聞く場をあらためて設けたのだが、不安が一つ。友人は酒飲みだから、話は酒や酒場についても及ぶはず。下戸の私には理解が及ばないかもしれないので、「唯一の趣味が晩酌」という私の妻にも同席してもらった。
 

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左から四万十川氏、筆者、妻

 おしんこフォルダの作者は、食べ物や飲み屋についての考察も多いサイト、「Web冷え汁」を2002年から運営している四万十川氏。飲み屋や飲食店で「おしんこ」「お新香」「お新香盛り合わせ」というメニューがあるとなるべく注文し、撮影し続けている。

コロナで中断しつつも、既に100軒分くらいのおしんこ写真が溜まっている。ちなみに「漬物」などの表記はカウントしていないそうだ。

おしんこ側もこんなに大写しされるとは思っていなかったろう、本当はIMAXで見たかった

プロジェクターで大写しにされたおしんこ写真を見ながら、彼の話をじっくり聞いてみた。二人にはお酒も用意したがツマミはおしんこ写真のみだ。 

紅ショウガもキムチもザーサイもおしんこ、幅広い

―― なぜおしんこを撮り始めたんですか?

四万十川「ある日、中華料理屋で飲んでておしんこを頼んだんです」

妻「中華料理屋に“おしんこ”っていうメニューがあったんですか?」

四万十川「そうなんです。キュウリが凄く酸っぱくなってたし、多分あまり注文入らないのかも。で、そのキュウリの横に紅ショウガが乗ってて」

記念すべき最初の一枚。東京都墨田区の中華料理屋のおしんこ

妻「紅ショウガ?」

四万十川「そう。おしんこで紅ショウガか、ってなんとなく撮ったんです。それで後日、今度は古い居酒屋でおしんこ頼んだら、ザーサイが出てきた」

東京都千代田区内神田の古い居酒屋のおしんこ・紅ショウガとザーサイ

 四万十川「この紅ショウガとザーサイでおしんこの自由さに気づきました。どれもこれもおしんこだよな、と納得させられたというか。以降、居酒屋に行くと必ず注文して撮るようになりました」

撮りためたおしんこ写真のごく一部。これは確かに撮りたくなるかもしれない

―― ザーサイもおしんこか~。

四万十川「高菜にキムチだってありますよ」

東京都渋谷区の居酒屋のおしんこ。おしんこが分からなくなってきた

「盛り合わせ」の包容力

―― 辞書的な意味ではおしんこって「お新香」、つまり浅漬け的なものですよね?糠漬けとかですら逸脱してる可能性ありますけど。

四万十川「でも、全部“おしんこ”とか“おしんこ盛り合わせ”として店に出されていたものです」

横浜市鶴見区の立ち飲み屋のおしんこ

―― 「盛り合わせ」って言葉は重要かも。

四万十川「おしんこ単品でラッキョウ出てきたら、ラッキョウ?ってなるけど、盛り合わせの中の一品だと全然あり」
妻「むしろ変わったの入ってると、テンション上がります」

「おしんこ=バンド説」

四万十川「おしんこの多様性はバンドに例えると理解しやすいと思ってて。白菜だけならアカペラ。そこにギターのキュウリが加わりアンプラグド。さらにリズム隊としてドラムの大根とベースのナスが入れば、骨太なロックですよ。
アカペラもバンドもそれぞれの良さがあります。柴漬けはハイハットですね。いや、カウベルか!」 

柴漬けはカウベルだった!

―― 基準が分からないからどっちでも良いですよ!バンドで例えるなら組み合わせが良くないのもあります?

四万十川「意外とないですね。お皿というステージに立ちさえすれば1つのおしんこを奏でるバンドです!」

確かにお皿という武道館のステージに立ったビートルズに見えてきた

酒飲みにとってのお新香の役割

―― おしんこの幅はかなり広いことが分かってきました。

四万十川「だから何が出てくるか楽しみですよ。同じ飲み屋でも日によって変わることがあるから、それはそれでルーレットのような面白さがあるし」

妻「とはいえ、やっぱり塩味と食感はどれも共通してますよね?」

四万十川「“人間カリカリ問題”ってのがあって。人間はカリッとしたものに抗えない魅力を感じちゃう。生命維持には関係ないのに、食感への欲求がある。おしんこはそれを満たしてくれる」

―― ほかにおしんこの役割ってあります?

四万十川「酒飲みにとっておしんこは、調整弁ですね」

―― 調整弁?

四万十川「しょっぱいから少しずつしか食べられない。だから長時間飲んでられる。もちが良いんです」

妻「居酒屋で食べ物が全部なくなっても、おしんこさえあれば形になりますし」

四万十川「逆に言うと、おしんこが終われば酒もおしまい、っていう役割」

おしんこは調整弁?新しい概念がどんどん出てくる

いつ頼むのか?問題

―― 昔、居酒屋で「もう一品頼もう!」って時、あなたよくおしんこ頼んでたじゃない?下戸としては「アジフライとかいこうぜ!」ってガッカリしちゃうんだよね。結婚前だったから言えなかったけど。

妻「そんなこと今言わないでよ」

―― おしんこ頼むタイミングってあるんですか?

四万十川「やっぱり一巡した後のリセット的な感じかな」

妻「一通り飲んで食べて、まだ飲みたい時におしんこ。あてがないと口がさみしいから」

―― その口がさみしい、ってのが分からないんだけど、飲み会の終盤になると野菜についてくるマヨネーズとか味噌とか舐めてる人いますよね。

妻「やっぱりお酒だけじゃなくて、何かが欲しいの。そういう時におしんこはピッタリ」

四万十川「私は乾きものがそんなに好きじゃなくて、もう一品というときに湿りものを求めちゃいます。そこにピタッとハマるんです。でも、盲点もあって。一人飲みしてて終盤におしんこ頼むと、量が多くて絶望的な気持ちになることがあります」 

「確かにこれ一人で食べきるのはきつい」と妻

四万十川「あと、お通しがおしんこ、ってパターンもあって。例えばこれは別に集めている“お通しコレクション”なんですが…」 

もう、なんでもある。色んな人が独自に作ってる写真フォルダを見たくなってきた

―― お通しコレクションもあるんですか!それはそれで気になるな!

四万十川「お通しは店にいる人全員が同じものを食べてるのがおかしくて。お通しでソーセージ出てきた店があるんですが、コの字カウンターで全員それをくわえてて…話を戻しましょう!」 

忘れえぬおしんこ達

―― 印象深いおしんこってあります?

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東京都江東区の焼鳥屋のおしんこ

四万十川「まずはこれ。ソロで出てきた白菜に味の素が大量にかかっている。デヴィッド・ボウイですよ。白菜のシャクシャク、味の素のジャリジャリした食感、わざとらし過ぎる旨味。そのコンビネーションが生み出す背徳的な美味さを肯定的に捉えましたね」

―― 祖母もおしんこに必ず味の素振ってた。祖母は「おこうこ」って言ってたな。 

藤田嗣治の絵のように美しい乳白色

四万十川「これは、白い!って思いました。潔さが良かった」

妻「綺麗!」

―― 今のところアカペラばかりですけど、バンドもあります? 

東京都江東区の焼鳥屋のおしんこ(バンド形態)

四万十川「これはさっきのデヴィッド・ボウイの店」

―― 変わった!この店にはボウイを求めてるんじゃないんですか?

四万十川「さっき言ったルーレットの楽しみですよ。味・彩り・食感のバランスが素晴らしい。完成度が高すぎて食べずに眺め続けてたい」 

まだまだある!おしんこヒットパレード!

東京都渋谷区のもつ焼き屋のおしんこ。もつ焼きは1回しかオーダーできない店なので、おしんこの存在が光る
関東近郊を中心に展開するもつ焼きチェーン店のおしんこ。サラダ感覚のおしんこはいろんな味が口に入ってきて楽しい
東京都江戸川区の中華料理屋兼居酒屋のおしんこ。カウンターの風合いに柔らかい色のお皿、そこに白菜の白と黄色が鮮やか。風景系おしんこ
東京都江東区の老舗居酒屋のおしんこ。四角い皿に横、縦、縦、と端正に並べられ、四角い皿のポテンシャルを全て引き出している

理想のおしんこ盛り合わせを作ってみよう!

最後に三人それぞれが実際におしんこ盛り合わせを作ってみることにした。

様々な漬物があるが、話を伺ったあとではすべてが「おしんこ」の範疇に思える
浅漬け、味噌漬け、糠漬け、多くの種類を揃えた。選ぶ視線の鋭さが真剣勝負を物語る

①石井のおしんこ盛り合わせ 

妻「え?白菜だけ?」

―― 下戸なんでおしんこはやっぱりご飯のお供ですね。ご飯、味噌汁、おかずとある中で、おしんこまでどれを食べるか悩みたくないんです。

四万十川「あ、七味だ」

―― おしんこが担ってる食卓の彩りを、七味で小粋に表現してみました。

②妻のおしんこ盛り合わせ

―― ク~、この欲張り!

妻「ずっと飲んでられるセレクトです。最初からこれだけでもいける、っていうのと彩りも意識して。柴漬けと、シソの実とかキュウリを刻んだこの緑のやつが好きなんですよ」

③四万十川氏のおしんこ盛り合わせ

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四万十川「まずはバランス感。ボーカルたる白菜、ドラムの大根、ギターのキュウリ。インパクトとしてカウベルたる柴漬け。これで完成はしてますが、そこにキーボードたるにんじんを加えました」

―― やっぱり味の素も!

四万十川「白菜とキュウリには、味の素の”粒”の存在感が出るくらいかけてます。ただし柴漬けと大根には不要。大根はそれだけで完成してるし、柴漬けはカウベルなんでカウベルに味の素は不要です!味の素がかかってる店を何件かストックしてるくらい、個人的には重要ですね」

妻「にんじんは一切れなんですね」

四万十川「でもこれ、あるとないとでは大違いですよ」

誰が見ても一目瞭然である

二人にはずっと写真だけで飲んでもらってましたが、ようやくここから本当のおしんこ飲みが始まったのでした。

まとめ

今まで、真剣に考える機会が皆無だったおしんこ。しかし、その幅広さと奥深さに驚きの連続であった。また、酒飲みの繊細な思考回路に触れられたのも面白かった。

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最後のお酒を飲み干すと同時に、残ったにんじんを口に放り込んだ四万十川氏。調整弁!

 四万十川氏が帰った後、彼が用意していたおしんこメモがテーブルに忘れられていた。

おしんこの汁でにじんだメモ

「おしんこ」として出されたものがおしんこであり、おしんこユニバースは拡張を続ける

もっとおしんことちゃんと向き合って、我々の意識もおしんこと共に拡張し続けよう。そしていつの日か、それぞれのおしんこ写真をIMAXで見せあおうではありませんか!

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