自動車にみる刷新する文化と温存する文化

アゴラ 言論プラットフォーム

もしも皆さんが事業家だとしたら何をしたいでしょうか? 誰かがやっていて儲かっていると聞きつけ、それにフォローしたいでしょうか? それとも誰もやったことがない事業に賭けてみたいでしょうか?

誰もやったことがないビジネスに参入しても参入のハードルが低い業種は瞬く間に同業者がやってきて斬新さは日増しに薄れていきます。その典型が飲食店でこの業界の物まねぶりは目を見張るものがあります。カラオケボックス事業もオリジナルのアイディアはよかったのですが、ビジネスの奥行きがないため、日本では価格競争が起き、カナダではあっさり淘汰されてしまいます。

では日本では価格競争をしてでもその業種にへばりつく理由は何でしょうか? 一つには多額の借入金をしている場合は業態変更が出来ません。需要は続くと信じている経営者の願いもあるでしょう。元五輪の理事が賄賂疑惑となっていますが、氏は経営する六本木アークヒルズの高級ステーキ店の赤字補填に賄賂の1億円を使ったとしています。逆に言えばプライドとの我慢大会とも言えます。

Dilok Klaisataporn/iStock

一方、私が思う北米文化は基本的には刷新です。かつてアメリカは「捨てる文化」と揶揄されたことがあります。日本と同じ消費大国でもアメリカは「買っては捨て、買っては捨てる」を繰り返しますが、日本は大事に抱え込む文化です。押し入れ、物入れに収まり切れない「お宝」をお持ちの方も多いでしょう。

ではビジネスに於ける刷新ですが、北米は欧州のような文化的遺産も少ないこともあり、新たに生み出しやすい土壌があります。戦前、戦後を通じてアメリカはとにかく新たなモノや文化、サービスを生み出し続け、日本はそれに影響を受け続けてきました。

日本はアメリカで流行しているモノを大量に安く高品質なものを生産することで輸出で利益を上げ国富を築きました。つまり、トレンドを忠実に再現しながら誰もが満足できる安価で高品質なものを提供する能力に長けているとも言えます。牛丼屋の「早い、安い、うまい」は日本の長所そのものとも言えます。

自動車について世界の潮流が内燃機関から電気自動車に移ろうとしています。日経に「トヨタ、HV全面禁止なら生産撤退も 英政府に伝達」とあります。英国が2030年までにHV車の製造を認めない方針を打ち出していることに対してトヨタが「それなら出ていくわ」と啖呵を切ったのですが、トヨタは地元の雇用を考えればそう簡単ではないという支持の声があると期待していると思います。しかし、賛同を得るのは難しいと思います。

こういう例えをすると怒られるかもしれませんが、デジカメの時代にフィルムのカメラも必要だよね、という発想に近いのかもしれません。あるいは今、レコードが復古しているじゃないか、とも言われるでしょう。自動車も同じなのです。内燃機関の自動車に今後、どれだけ需要があるかどうかではなく、企業はいかに新しいものを追い続け、消費者に斬新さと刺激を与え続けるかがトップ企業に与えられた使命であるわけです。つまりトレンドセッターです。

もちろん、この言い回しに大反論があるのは分かっています。しかし、この数十年の時代の流れだけを見てもあまりに刷新されたのがハードウェアでありました。私は大学生の頃、英文タイプの授業があったのでオリベッティ社のタイプライターを使っていました。それがいつの間にかワープロに変わり、パソコンに変わり、今ではスマホに音声入力です。数十年でこれだけ変わることを当たり前のように見てきたし、それを全ての人は受け入れてきたのです。

自動車会社は「そうは言っても新興国がある」というかもしれません。ただ、新興国ほど新しい文化からスタートできるので最新のものを導入しやすいという特性があります。中国でなぜ、電気自動車が増えたか、といえば国策もありますが、それ以上に内燃機関の自動車が欧米ほど普及していなかったことで未来の先取りがしやすかったことはあるでしょう。

私が自動車会社の経営者なら電気自動車の開発を進めると同時にその普及へのサービスの創造にもっと力を入れます。乗ってみる、使ってみることによる便利さの啓蒙がまずは第一義です。そもそも自動車を持たない若者には電気だろうがガソリンだろうが関係ないわけで自動車は電気と思わせれば日本の自動車市場は案外、簡単に方向転換する気がします。内燃機関の自動車は製造する種類を着実に減らしていき、10年ぐらいかけて最終的には内燃機関の事業を分社化するぐらいの長期プランを立てるでしょう。これが企業戦略だし、リーダーのあるべき姿なのです。

お前は日本人が大事にする「古き良きものを大切にする心」からほど遠い、とお叱りを受けるかもしれません。しかし、日本だって木造住宅は22年で償却させ中古住宅の流通を極端に少なくしているのは刷新する文化を強要されているからでしょう。そして消費者も新たに建つマンションに移り住むのは時代の流れに乗っているわけです。とすれば自動車だけ「やっぱりガソリン車だよね」というロジックには今一つ説得力がないという気もするのです。

時代は必ず変わります。それは発信力のある欧米の声に日本がかつて打ち勝ったことがないということが全てを表しているとも言えます。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年8月5日の記事より転載させていただきました。

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