五島市の「余白と戯れる」ワーケーションの舞台裏–「五島を愛する人たち」が参加者を関係人口に変える

CNET Japan

 長崎県五島市は6月28日~7月11日に、「余白と戯れるワーケーション GWC2022 SUMMER」を開催した。GWCとは、「五島ワーケーション・チャレンジ」の略称で、五島市がワーケーションを主催するのは今回で3度目だ。

 GWCを企画運営するのは、一般社団法人「みつめる旅」。2019年の初回から、五島市のワーケーション運営に携わり、五島市役所の担当者、島内外の「五島を愛する人たち」と力を合わせてきたという。

一般社団法人「みつめる旅」、五島市役所の担当者、ワーケーション参加者をサポートする「コネクタ」の皆さん
一般社団法人「みつめる旅」、五島市役所の担当者、ワーケーション参加者をサポートする「コネクタ」の皆さん

 CNET Japanは、「余白と戯れるワーケーション in五島」のメディア・パートナーとして、開催初日から現地を取材した。ここでは運営メンバーに、イベントに込めた想いや舞台裏での苦労話などを聞いた。

五島での“強烈な満足感”が原体験

 「みつめる旅」は、首都圏在住のビジネスパーソン4人が、副業として立ち上げた団体だ。2019年5月〜6月、「五島でリモートワーク実証実験」の企画運営に携わったことがきっかけで、同年7月には五島市に一般社団法人として登記したという。

 当時はまだ、ビフォーコロナ。ワーケーションよりも、リモートワークのほうが認知されており、ウェブ会議はいまほど当たり前ではなかった。「五島にビジネスパーソンを集めて、自分達の生き方や働き方を見つめ直す」という目的で開催されたリモートワーク実証実験では、企画運営側も参加者も“強烈な満足感”を体感したという。

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 その背景には、五島市役所の担当者らの、好意によるきめ細かなケアがあった。たとえば、参加者の子どもたちを、地元の小学校や保育園で一時的に受け入れてもらえるよう、調整に奔走するなど。一般的なワーケーションでは、なかなかない好待遇だろう。そして、子連れ参加者が一番求めていることかもしれない。

 みつめる旅 代表理事の鈴木円香氏は、「私たちは全員、五島出身ではないけれど、五島が大好きになった。五島に来たことで、ものすごく人生が豊かになった、という原体験がある。ワーケーションを通じて、できるだけ多くのビジネスパーソンに、それを味わってもらいたい」と話す。

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「余白と戯れるワーケーション」とは

 「五島にビジネスパーソンを呼ぶイベントは、絶対に繰り返していくべきだ」。そんな想いから、2020年1月に2度目のワーケーションを実施。「五島市が自ら主催すること自体、アピールポイントになる」と考え、五島市が主催、みつめる旅が企画運営、という座組みで進めた。

 そして今回は3度目だ。参加者は、会期2週間のうち、好きな日程で3泊4日以上を選んで滞在できる。「余白と戯れるワーケーション」というテーマに合わせて、最初の3泊を「余白と戯れる時間」、4日目からを「余白について考える時間」と定義した。

 具体的には、最初の3泊は、市街地から離れたビーチ前に立ち並ぶバンガロー(Wi-Fi環境あり)での滞在となる。参加者同士でバンガロー備え付けのキッチンで地元食材を使った料理をしたり、釣った魚でBBQをしたりするなど、“不便を豊かな体験に変える”仕掛けを盛り込んだ。そして4日目からは、市街地のビジネスホテルやリゾートホテルを選択して滞在できる。快適にリモートワークをしつつ、自分にとってちょうどいい生産性を改めて見つける機会を提供するものだ。

「さんさん富江キャンプ村」のビーチを望むバンガロー
「さんさん富江キャンプ村」のビーチを望むバンガロー

 また、ミニレジャーシートにもなる、水に濡れても破れない「五島ワーケーションマップ」を用意して、参加者に配布した。島内のコワーキングスペース情報や、「にく勝でコロッケを食べる」などの過ごし方、過去2回の参加者からあった質問と回答も網羅した。

「五島ワーケーションマップ」左はみつめる旅の遠藤氏、右は五島市役所の松野尾氏
「五島ワーケーションマップ」を手に持つ、みつめる旅の遠藤氏(左)、五島市役所の松野尾氏(右)

 ここまでの作り込みは、今回のテーマが「余白」だから。「五島を知ってもらう、楽しんでもらう」ことに重きを置いたという。みつめる旅の鈴木氏は、過去の企画を振り返って、「一番大きな反省点」をこう語る。

 「初回では、地域課題解決型ワーケーションを企画したが、あれは失敗だったと思う。首都圏のビジネスパーソンは、課題の認識よりも、課題の解決にエネルギーを向けがちだが、五島という見たことも行ったこともない馴染みのない環境に、どのような課題があるのかを知るのは、すごく時間がかかる」(鈴木氏)

 その反省を生かして、2021年には「最初の2泊は強制民泊」という島暮らしワーケーションも企画したという。残念ながらコロナで中止になったが、その流れを汲んでの「余白ワーケーション」だ。みつめる旅の遠藤氏は、「余白」を掲げた意義をこう語る。

 「コロナ禍でウェブ会議が浸透するなど、生産性や効率性を追求しやすくなったが、それだけだとパーパスが抜け落ちていく。個人の人生としても、生産性だけではないところに、1回ハマって考える時間を持つことはとても大切。これに対して五島という環境は、大自然と都市性のバランスがよく、経済合理性に迫られすぎず、すごくマッチする」(遠藤氏)

余白の例(GWCサイトより引用)
余白の例(GWCサイトより引用)

初日の夜から、多様性溢れるBBQ

 初日の夜には、早速BBQが開催された。バンガロー前に集まった人たちが、運営者なのか、参加者なのか、はたまた地元の人なのか分からないまま、いきなり大交流会が始まった。

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 わざわざ五島まで来てワーケーションしよう、というアグレッシブな人だからなのか。ぎこちなさを感じさせない、こなれた空気感が印象的だった。中には、五島ワーケーションには全3回参加しているという強者も。

 BBQに使う野菜を届けてくれた地域の農家「いきいき五島」さんも、すっかり場に溶け込んでいた。五島は、東京の大島につぐ、椿オイルの生産地だ。椿の搾りかすを肥料にして育てた、「椿やさい」は大好評だった。聞けば、両親が五島に暮らす女性とパートナー男性のご夫婦が、Uターン移住して「いきいき五島」を継いで、独自に手がけてきたという。

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 「なぜ、いま、ここにいるのか」、ストーリーや想いが明確で多様。職業などの背景はバラバラ。だからこそ、お互いの話が面白い。「余白とは偶然の出会いなのだ」と感じた。

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話し合いを重ねた舞台裏

 五島のワーケーションの運営の特色は、五島市役所と、みつめる旅のほかに、参加者をサポートする「コネクタ」がいる点だ。運営と参加者、そして地元を、「つなげる」役割を担う。

 みつめる旅の遠藤氏は、「参加者には、リピーターになるくらい、五島を好きになってもらいたい。そのために、五島愛が強いメンバーに、集まってもらった」と話す。今回は島内外から、9名のコネクタを採用したという。

 コネクタは、ベースキャンプに9時から17時まで滞在して、滞在時の相談に乗るほか、釣りのアテンドや、食材の買い出しの手伝い、運営と参加者ら専用のSlackでも困りごとに対応する。参加した経緯や目的を、3名に聞いてみた。

 島外から来たまちさんは、本業ではクラウドサービスを提供する東京のIT企業勤務。「以前五島に来たとき、居酒屋で出会った地元の人たちが翌日は島内をアテンドしてくれるなど、出会いを通じて五島を好きになった。コロナ禍で偶然の出会いが減ったけど、五島ではそれが起こりやすい。参加者さんにも体験してほしい」(まちさん)

コネクタとして参加する、まちさん(右)、修平さん(左)、くみさん(左から2人目)
コネクタとして参加する、まちさん(右)、修平さん(左)、くみさん(左から2人目)

 同じく島外参加のくみさんは、働く場所はどこでもOKという会社勤務。五島を愛してやまないくみさんは、初回は参加者で、2回目からコネクタになった。「出身は東京で、田舎がない。小さい頃はアメリカに住んでいたから、日本のことを知りたくて、全国をまわったなか、五島は、自分が理想的だと思える、自分のことも迎え入れてくれた場所」(くみさん)

 リーダーの修平さんは、五島出身のUターンで、普段の仕事はYouTuberやウェブデザイナーなど。初回は、島民と参加者の交流イベントに島民として参加し、2回目からコネクタを担っている。2回目が“超ハードだった”ことも打ち明けてくれた。

 「参加者と夜中の2時、3時まで飲んで、朝6時からイカ釣りのアテンド。めちゃくちゃきつかった。でも、アンケートを見たら満足度がすごく高くて、8割が釣りが良かったと回答してくれていた。それに、参加者さんと一緒に過ごせたことが、きつかった以上に楽しかった」(志田山さん)

 まちさんも、「想定外のこともあり大変だった。そんなときも事務局と話し合って意識のすり合わせができていたので乗り越えられた。参加者が来てよかった、また五島に来たいと思ってくれるためにはどうしたらいいか、事務局と同じ目標を持てていたので、コネクタも安心して活動できた」と続ける。

 これを受けて、みつめる旅の遠藤氏は、このように話した。「前回は本当に反省した。コネクタが楽しくないと、五島の楽しさが伝わらないから、コネクタがいきいきとすることを重視している。さらにいうと、私たちの最終ゴールは、五島の関係人口の増加。そのためには、お膳立てしすぎて、コネクタによっかかる過ごし方ではなく、私たちの企画がなくても参加者さんが自ら動けるよう、サポートすることが大切だと考えている」(遠藤氏)

みつめる旅の遠藤氏
みつめる旅の遠藤氏

 五島市役所の庄司氏も、「私たちだけではできないことをみつめる旅さんに、さらに参加者目線での発信やフォローなどは、コネクタさんにやっていただいている。Slackも活用して、お互いに情報交換したり協力し合えている」と話した。

五島市役所の庄司氏(左)、松野尾氏(右)
五島市役所の庄司氏(左)、松野尾氏(右)

これからのワーケーションで目指すこと

 3者がうまく噛み合ってきた、3度目のワーケーション。今後、みつめる旅としては、どんなワーケーションをやっていきたいか、最後に鈴木氏に聞いた。「私は、いわゆるワークをしないワーケーションこそ、意味があると思っている。将来の副業のヒントを探しに行こうとか、新規事業のネタを探しに行こうとか、ワーケーションではルーティンワーク以外の仕事にこそ、ワークの時間を割いてほしい」(鈴木氏)

 仕事を抱えながら地方を訪れ、ロングステイすることは有意義なはず。B2Cではもちろん、すでにB2Bにおいても、経営企画や新規事業などの部署では、その認知は広がりつつあるという。ちなみに今回の参加者(IT外資系企業勤務)からも、「ワーケーションはイノベーションのきっかけになる」という意見があった。

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Wi-Fiも完備し、ワーケーションの滞在に向いている「SERENDIP HOTEL GOTO (セレンディップホテル五島)」

 2022年10月1日〜31日には、「余白と戯れるワーケーション GWC2022 AUTUMN」が開催予定。注目コンテンツは「焚き火カンファレンス」で、ビジネス、行政、文化・芸術など様々なセクターの著名人を迎えて、「余白の価値」について、焚き火を囲みながら共に考えるという。参加者を100名募集。申込締切は8月11日。

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