「地球平面説」の動画を何百本も見る地獄のような研究で分かった「人の心に付け入る陰謀論の戦略」とは?

GIGAZINE
2022年06月28日 21時00分
メモ



地球が丸いことは常識なように思えますが、世の中には地球が平らであると主張する地球平面説を信じて疑わない人も一定数存在します。こうした地球平面説について論じた動画を大量に視聴した研究者が、陰謀論やフェイクニュースが広まる仕組みについて考察しました。

EXPRESS: Disinformation and Echo Chambers: How Disinformation Circulates in Social Media Through Identity-Driven Controversies – Carlos Diaz Ruiz, Tomas Nilsson,
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/07439156221103852

I watched hundreds of flat-Earth videos to learn how conspiracy theories spread – and what it could mean for fighting disinformation
https://theconversation.com/i-watched-hundreds-of-flat-earth-videos-to-learn-how-conspiracy-theories-spread-and-what-it-could-mean-for-fighting-disinformation-184589

2022年4月に行われた意識調査により、なんとアメリカ人の11%が「地球が平らかもしれない」と考えていることが分かりました。地球平面説のような陰謀論を聞くと冗談と流してしまいかねませんが、例えば2022年5月に発生し10人の死者を出した銃乱射事件では、犯人の男が「白人の地域が非白人に乗っ取られる」と主張するグレート・リプレイスメントという陰謀論が動機になるなど、陰謀論は時に危険な結果を招くこともあります。また、日本でもQアノンを信奉する反ワクチン団体である神真都Qのメンバーが、東京都内のワクチン接種会場に乱入して現行犯逮捕される事件が発生しました。


陰謀論者が聴衆を持論に引き込むテクニックを解明するべく、フィンランドのハンケン経済大学で消費者心理を研究しているカルロス・ディアス・ルイス氏と、同国のリンネ大学でマーケティングを研究しているトーマス・ニルソン氏は、YouTubeで公開されている地球平面説の動画を数百本見る調査を行いました。

その結果、YouTubeで広められる陰謀論では「既存の対立構造を利用する手法」が用いられていることが分かりました。ディアス・ルイス氏によると、2つの陣営に分かれている議論の一方に深く傾倒している人は、自分たちに有利ならその意見が真実かどうかにかかわらず飛びつく傾向があるとのこと。自分たちのアイデンティティにとって味方となる人の言葉を信じようとする傾向は、社会学者から「新部族主義(ネオ・トライバリズム)」と呼ばれています。

ディアス・ルイス氏は、「問題は、人々がフェイクニュースを自分のアイデンティティの一部として取り込んだ時に発生します。ニュース記事はファクトチェックできますが、個人の信念ではそれができません。陰謀論がその人の世界観や価値観の一部になっている場合、その間違いを正すのは容易ではないからです」と指摘した上で、アメリカで地球平面説が氾濫する下地となった議論を次の3つにまとめました。


◆1:宗教
宗教と科学の関係は、古代から現代に至るまで無神論と信仰、進化論と創造論、ビッグバン宇宙論とインテリジェント・デザイン説など、さまざまな対立軸で議論が繰り返されています。こうした議論を背景に、地球平面論者は「無神論者は進化論やビッグバンや丸い地球という『疑似科学』を使って人々を神から遠ざけようとしている」と主張することで、キリスト教右派が長い闘争の中で構築してきた文脈の上で自分たちの主張を再定義しているとのこと。

ある地球平面論者は、YouTubeで公開した動画の中で「(地球球体説論者は)神がすべてを創造したことを否定するためにビッグバンを発明し、神があなたよりも猿のことを気にかけていると信じさせるために進化論を発明したのです。そして、神があなたの上ではなく下にいると思わせるように丸い地球を発明し、神があなたから遠く離れていると信じさせるために無限の宇宙を発明したのです」と論じました。

Flat Earth Church Preaching From The KJV Bible | Part 1 – YouTube
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◆2:腐敗した政治家やエリートとの闘争
2つ目のテーマは、普通の人々が堕落した支配層に立ち向かうというストーリーです。この陰謀論の中では、科学的な知識は権力者が人々をコントロールするために作ったものだとされているので、この主張に立脚する人は自分の目で見えるものや直感的に理解できるものを信じようとします。

ディアス・ルイス氏は、「確かに地球は肉眼で見ると平らに見えます。地球平面説を信じる人たちは自分たちのことを、大衆が目で見たものを信じられないよう仕向けるエリートの専制政治と戦っている名もなきヒーローの1人だと考えているのです」と述べました。


◆3:自由思想
3つ目のテーマは、アメリカの憲法の条文から神への言及を除外すべきかどうかという議論に端を発したもので、上記の2つのテーマを合体させたような内容です。この議論では、「理性的な人は権威や教義ではなく、自分自身の理性と経験を信じるべきだ」と主張されており、自由思想家を自認する人々は、大衆には理解できない「本の知識」や「難解な数式」を駆使する専門家を信用しません。

こうした考えを持つ人は、独自研究や自作の実験装置を使って地球が丸いのかどうかを確かめようとする傾向があるとのこと。ディアス・ルイス氏はそうした傾向について「彼らは自分たちを先見の明がある昔の科学者、さしずめ現代のガリレオのように思っているようです」とコメントしました。

2020年には地球が平らであることを証明するとして自作のロケットに乗った男性が、墜落事故で死亡するという痛ましい事故が起きています。

「地球平面説を証明する」として自家製ロケットに搭乗した男性がロケットの墜落事故で死亡 – GIGAZINE


前述の通り、YouTubeのようなソーシャルメディア上の偽情報が個人の信念になってしまうと対抗するのは難しく、訂正やファクトチェックは逆効果になる可能性さえあります。そのため、地球平面説に対抗する場合は「なぜそれが信じられているのか」を知る必要があるとディアス・ルイス氏は考えています。

例えば、ある地球平面論者が権威を信用していないのであれば、地球平面説への反論のために政府の科学者を引用するのは得策ではないため、誰でも分かるような実験結果を見せた方が効果的かもしれないとのこと。また、キリスト教への信仰が背景にあるのであれば、敬けんなキリスト教徒が「自分の信仰に忠実であり続ける上で、地球平面説は必要ありません」と説くことが陰謀論からの解放のカギになる可能性もあるそうです。

地球平面説に関するYouTube動画を大量に研究して得られた知見から、ディアス・ルイス氏は「地球平面説やQアノン、グレート・リプレイスメントなどの信念は、攻撃を受けているグループのアイデンティティの感覚に訴えることで広がります。突飛な陰謀論やフェイクニュースであっても、心の中でくすぶっている不満に合致していれば合理的に見えてしまうからです。特に、ソーシャルメディアでの議論は投稿ひとつでできてしまうので、参加者はエコーチェンバーを形成し、偽情報はファクトチェックできない信念としてより強固になってしまいます」と述べて、SNSで陰謀論が拡散されることに対する警鐘を鳴らしました。

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