独裁者を襲う病:プーチン・ヒットラー・毛沢東・スターリン(藤谷 昌敏)

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷 昌敏

ロシアの独立系メディア「プロエクト」は、4月1日、プーチン大統領について「病気治療か、甲状腺がん専門家が別荘に出入りしている。専門家は2016年から20年の4年間にソチの別荘に35回、計166日訪れて治療にあたっている」と言う。

英メディアが以前から甲状腺がんの副作用を指摘していたが、この報道はそれを裏付けるものだった。甲状腺は、新陳代謝をつかさどるホルモンを分泌していて、甲状腺がんになっても、しこりが現れる程度でほとんど症状は出ないと言う。

また、英メディアはプーチンの体調不安説を以前から報道しており、その原因がパーキンソン病であると指摘している。パーキンソン病にかかると、脳の神経細胞が徐々に死滅し、手足の震えや筋肉のこわばり、歩行障害などの症状が現れる。SNSで拡散した映像を見るとプーチンは、両足をパタパタと動かしたり、椅子の肘掛けを幾度も握りしめていた。

これらの映像だけでは、プーチンがパーキンソン病であるとは断定できないが、パーキンソン病は、身体的には、手足の震え(振戦:しんせん)や筋肉がこわばる(固縮:こしゅく)。動きが鈍くなり(寡動:かどう)、腰が曲がって歩行障害を起こす。顔の表情がなくなって能面のようになり、仮面様顔貌(かめんようがんぼう)といわれる症状となる。精神や認知では、鬱状態、不眠、何をしても楽しくない、計画を立てるのが苦手などの症状が見られる。

病状が進むと、ないものが見える幻覚や根拠のない妄想を起こすなどの特徴的な症状がある。またパーキンソン病になりやすい人の特徴は、「非社交的」「孤独癖」「喜怒哀楽が少ない」「無口で小心」「几帳面で神経質」「真面目で融通が利かない」「陰気で心配性」「肉類・魚介類・乳製品の摂取が少ない」などがあるという。

神経内科医小長谷正明氏は、アドルフ・ヒットラー、毛沢東、スターリンという3人の独裁者を記録映画、医学書等で観察して、神経内科の観点から次のように論評している。同じ独裁者であるプーチンと比較して非常に興味深い。(『ヒトラーの震え、毛沢東の摺り足」中公新書より)

アドルフ・ヒットラーの場合

神経内科の病気の症状は色々とあり、映画やビデオなどでは、生身に触れて診察できないが、身体の動きの異常、動作障害で病気ではないか推測できる。

足の運び方、手の動かし方、顔の表情や声の調子、それに震えなどは病気や障害となっている脳の部位によって、それぞれに特徴的なパターンがある。ヒトラーの手の震えを見てパーキンソン病の可能性を疑ったが、他のテレビの記録映像で見たヒトラーの表情や動作の変化も、パーキンソン病の症状によく一致している。

パーキンソン病の特徴の一つに「保続(ほぞく)」という現象がある。一つの考え方や方法に固執することである。新しい事態が起こっても途中から方針を修正することができない。

戦争で敗退を重ねるようになると、ヒットラーは、作戦会議の最中でも地図の一点をじっと見つめたままであり、軍の司令官や参謀の話などはなかったように、最初から自分の作戦遂行を命令する。失敗した作戦への反省もなく、ワンパターン化した作戦で戦争指導を続け、とうとう自らを自殺に追い込んでしまった。

毛沢東の場合

毛沢東は、ALSとパーキンソン病を併発していた可能性が高い。

ALS(筋萎縮性側索硬化症:amyotrophic lateral sclerosis)とは、脳や脊髄などの運動神経のシステムが変性して、神経細胞が徐々に死んでゆく病気だ。筋肉は運動神経からの支配がなくなると、痩せて萎縮してなくなってしまう。手足が完全にマヒすることはもとより、舌や喉の働きも多くの小さな筋肉の動きの総和なので、食べられなくなり、しゃべることができなくなる。そして、横隔膜や胸の筋肉などの肺を膨らます筋肉もなくなり、やがて呼吸できなくなる。

1976年になると毛沢東は呂律(ろれつ)が回らないだけではなく、口元が閉じられず、嚥下(えんげ)困難となり、鼻腔チューブで栄養をとるようになっていた。手足の筋肉は萎縮して寝たきりとなり、最後は呼吸困難となっていった。

同年9月9日に毛沢東は83歳の波乱の生涯を閉じたが、なぜ、このような病人が権力の座にずっと座り続けることができたのだろうか。中国の歴史は帝国という制度の変遷であり、常に皇帝が存在した。革命後、称号が主席と変わっても、実質的な権威ある皇帝の存在は必要で、帝位を狙いかねないナンバー2の政治家は次々と排除されていった。

スターリンの場合

スターリンは、パラノイアという精神疾患だ。パラノイアとは頑固な妄想を持ち続けることであり、それ以外の考えや行動はちゃんと首尾一貫している状態である。人々の運命を握っているリーダーが誇大妄想で戦争を始めたり、被害妄想で粛清を思い立つと、この世に地獄を再現することになる。スターリンに限らず、独裁者にはパラノイアが多い。ヒットラーも毛沢東もパラノイアだった。

1953年1月、党および軍の要人の暗殺を企てたとして、ユダヤ人の医師など9人が逮捕された。なかにはロシア人で、スターリンの主治医であったヴィノグラードフも含まれていた。この事件は、医師団陰謀事件(ドクターズ・プロット)という。ユダヤ人とアメリカが狙っているという独裁者のパラノイアから発した事件であり、後にユダヤ人への大迫害に発展することになった。

同年3月5日、スターリンは脳卒中で死去した。主治医のヴィノグラードフが逮捕されていたことや、長年、忠勤していた秘書や執事がラーゲリ(強制収容所)に送られていたことで、スターリンは倒れてからも放置され、適切な治療を受けられなかった。

まとめ

権力闘争と陰謀、暗殺の危機などストレスの多い生活を過ごしてきたプーチンは、これら3人の独裁者といくつかの類似点を持っている。

プーチンがなぜ侵略してくる可能性がほとんどないウクライナに戦争を仕掛けたのか。なぜネオナチの陰謀や西側に侵略されるという被害妄想や誇大妄想に陥ったのか。その一つの答えが彼らが蝕まれたパーキンソン病やパラノイアという病気にあるに違いない。だが、それ以上に問題なのは、歴史上、多くの為政者が陥った「独裁」と「傲慢」いう宿痾なのだろう。

藤谷 昌敏
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程修了。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、一般社団法人経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2022年6月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。

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