景気の先行き不透明感で 広告支出 は減速:「楽観的な見通しはあるが、急変しない保障などない」

DIGIDAY

世界的な景気後退に対する懸念が高まりつつある2022年、多くのマーケターたちが、「不況は最終的にどの程度深刻化するか?」「どうすればこの危機を乗り切れるか?」という疑問への答えを見いだそうとしている。

景気予測調査の結果も気になるところだ。世界銀行は最新の「世界経済見通し」で、2021年は5.7%だった成長率が2022年は2.9%に低下するとの見解を示した。懸念材料はそれだけではない。金融機関の業績は今後、少なくとも2年間は伸び悩み、2023年の成長率は世界全体で3%にとどまるとみられる。

しかし、そんな暗い見通しにもマーケターたちは慌てふためくことなく、平静を保っているように見える。いまの景気減速が大規模な恐慌に発展するか否か、まだ判断がつかないからだ。

優秀なマーケターなら、これまでの経緯や傾向の分析にもとづいて対処するだろう。つまり前提の読み違えを修正し、年末までの計画を練り直すのだが、その結果を反映して広告支出予測が改定されている。

グローバルの広告費の伸びは下方修正

景気後退局面に入る前、ゼニス・リサーチグループ(Zenith Research Group、以下ゼニス)が発表した予測では、全世界の広告費は2022年、9.1%の増加が見込まれていたが、その後8%に下方修正された。縮小幅こそ大きくないものの、マーケターたちに警戒心を抱かせるような心理的影響はあるかもしれない。

広告費をどれだけ使うかの判断はけっきょく、市場をどう見るかによる。西欧諸国のマーケターたちは、どちらかというと楽観的な見方ができそうだ。実際、北米、中東・北アフリカ、西ヨーロッパの2022年の広告費成長率について、ゼニスはそれぞれ12%、7%、6%と、予測改定前と変わらない見通しを示している。

これらの国々は経済の基盤がしっかりしている。たとえば米国においては、個人所得の減少がみられるにもかかわらず、消費支出はなお堅調だ。加えて、広告主大手の一部では収益が比較的順調に伸びており、景気がさらに後退したとしても健全なバランスシートを保つことができそうだ。

「不況下にあって業績が順調な企業と、苦戦する企業に分かれ、二極化現象が起きている」と、ユニバーサルマッキャン(UM)のEMEA地域プレジデント、クリス・スキナー氏はいう。「それでも、十分な事業規模とマーケットシェアを有し、景気が悪化したとしても引き続き広告費を投入する意向の広告主は多い」。

メディア企業もいまの所は静観

メディア企業の所有者も、景気停滞の見通しを受けてパニックに陥っているようすはない。「2022年初からの5カ月の業績はかなり順調に推移した。4月の実績は計画値を上回り、5月も同様だった」と語るのは、ヨーロッパに本拠地を置くあるパブリッシャーのデジタル事業部門長だ。

米DIGIDAYの取材を受ける正式な許可を会社から得ていないため、匿名を条件にコメントすることになった。「当社の広告事業売上はいま、前年比で14%伸びている」。しかし、その勢いを年末まで維持できるのか。答えはおそらくノーだ。

デジタル事業部門長はこう説明している。「最近、成長のペースが多少鈍ってきたが、まだ懸念するほどではないと思う。ただ、代理店から聞いた話では、7月以降はクライアントのテレビ広告費が削減されるらしい。というわけで、下期の業績は不透明感がやや強まるだろう」。

主な動向

  • 英国の代理店からマーケターに手数料値上げ要請
  • マーケターはクリスマスとワールドカップにそなえて広告費を確保
  • Snapchat、売上増加率鈍化の見通し
  • Google、オンライン広告収入予測を下方修正

業界見通しにはたしかに楽観的な側面はあるが、これが急変しないとはいえない。現在のように不安定化要因が多い経済環境では、コースの読めない変化球が飛んでくる可能性がある。

今後の展開は判断不能

たとえば英国では、マーケターに対しすでに手数料の値上げ交渉に入っている代理店もある。業界団体の広告実務者協会(Institute for Practitioners in Advertising)は、インフレ進行による代理店手数料引き上げの必要について公に注意を喚起した。これをきっかけに当事者間で交渉が本格化し、せめぎ合いもあるだろうが、結果として企業の広告支出になんらかの影響が及ぶかもしれない。

目の前の課題はともかく、現段階でメディア予算を削減する予定のマーケターは少数で、むしろ各社とも予算をできるだけ多く確保しておきたい意向のようだ。エージェンシーグループ大手4社(WPP、オム二コム[Omnicom]、ピュブリシス[Publicis]、IPG)のCEOも、投資家向け収支報告会でそれを裏づける発言をしている。重要なクリスマス商戦に向けて集中的に経営資源を投入できるよう予算を策定・管理するつもりだろう。

「年末年始の対応では、当社のクライアントは2つのグループに分かれる」と、英ゼニスの投資部門長、デイヴ・マルレナン氏は語る。2つのグループとは、従来型のクリスマス向けキャンペーンを実施する広告主と、実施しない広告主だ。いずれのグループも、FIFAワールドカップが開催地カタールの夏の暑さを避けるため11~12月に変更されたことから、そのうち追加の広告費が使えるようになると見込んでいると、マルレナン氏はいう。

とはいえ、年末まであと数カ月あり、今後の展開がどうなるか、いま判断するのは時期尚早だ。企業が不況を乗り切るにしても、その過程で難しい選択を迫られたり、期待を裏切られたりする局面があるだろう。

むしろ正常なペースに戻った?

「広告主の話では最近、ROI(投下資本利益率)が高い(あるいは高そうな)チャネルを使いたいという要望が多くなってきた」と語るのは、メディアセンス(MediaSense)で戦略部門のマネージング・パートナーを務めるライアン・カンギサー氏だ。「試しながら答えを見つけるアプローチより、すでに広告効果が立証された『確実なチャネル』を選びたいという考えだろう」。

結果として、Google、Facebookなど大手プラットフォーマーは、新たな現実と向き合わざるをえない――成長著しい企業の成功物語にも、いつか終わりがくるという現実だ。欧州IAB(IAB Europe)によれば、2021年、ヨーロッパ域内のデジタル広告費は前年比で30.5%増加し、920億ユーロ(約12兆4200億円)に達した。しかし、2022年の成長率は10.1%にとどまる見通しだ。

2022年の成長率の低さは、広告費が大幅に増えた2020年と21年の反動減で正常なペースに戻ったという解釈もできる。しかし、マーケターたちが下期の広告支出に慎重になりつつある傾向も示唆している。

プラットフォーマーのなかには、すでにその兆候を感じている企業もある。スナップ(Snap)は2022年通期の売上増加率が当初予想より鈍化する見込みだとしている。Googleも、22年と23年通期のオンライン広告収入見通しを下方修正した。プライバシー保護規制が引き続き影響力をもち、広告主のメディア予算配分を左右するようになると、予測値は再度変更される可能性もある。

欧州IABのチーフエコノミスト、ダニエル・ナップ氏は広告市場動向について次のように述べている。「消費者物価の上昇やサプライチェーンの停滞といったマクロ経済上の課題を反映した結果、我々の最新予測は6カ月前に出した数値より下振れする形となった」。

オンライン関連事業会社は苦しい状況に

ナップ氏は、とくに先行き不透明感が強い広告主として、eコマースのラストマイルデリバリー事業など、ベンチャーキャピタルの支援を受けて設立されたオンライン関連事業会社を例に挙げた。それらの企業は、人員整理などによる「規模の適正化」を実施し、成長より収益性重視へと方針転換を図っている。

いいかえればこの種の企業は、Facebook広告料金や物流コストの高騰、サプライチェーンの停滞、コロナ禍で人々が我慢していた実店舗での買い物や旅行の繰り延べ需要の爆発といった現象が立て続けに起こり、その重みにあえいでいる。

ナップ氏はこれらの企業について「以前はデジタル広告の成長を支えていたが、いまや広告需要の落ち込みに加担している」と指摘した。

「すべてが流動的で、予測がきわめて難しい状況だ」と、ナップ氏はいう。「広告需要の先が見えない状態が続いているため、欧州IABによる予測も定期的に見直している。とはいえ事業環境全体を考えれば、現時点では、デジタル広告費は堅調といえる」。

以上を踏まえると、広告主は景気が悪化してもメディア投資を続けると予想される。苦境を乗り越えれば、より強い会社になれるという期待もあるのだろう。ただ、言うは易く、行うは難しだ。では、企業が考慮すべき事柄は何か。第一に、マーケターには俊敏さが求められる。たしかに、人々の外出と消費への意欲は高まっている。かといって、先行き不安が消えたわけではない。

よってマーケターとしては消費者心理をとらえて機動的にメッセージを発信し、メディア予算配分を決めていく必要がある。第二に、危機下にある人々や企業は刺激を受けて、経済構造を覆すほどの画期的なイノベーションを生む場合がある。第三に、ロシアのウクライナ侵攻にみられるように、政治的混乱はしばしば、経済に予期せぬ影響を及ぼす。

「我々はこれから、不確実性がますます高まる時代に突入する。マーケターたちは、自社ブランドがその時々のニーズを確実にとらえられるよう努力しなくてはならない」と語るのは、トゥエンティファーストセンチュリーブランド(TwentyFirstCenturyBrand)の共同創業者兼CEOのニール・バリー氏だ。

「つまりそれは、ビジネスの本質にかかわる命題を、あらためて自らに問いかけることを意味する。『消費者にとって感情ニーズが高まり、金銭的なプレッシャーが強まるなか、わが社は有意義な価値提案をしつづけているか?』『わが社が掲げる目的はいまでも、文化に貢献できる付加価値があるか?』。これらの問いに対する答えがイエスなら、当該企業のブランドとそれを守り育てるマーケターたちは、業界できわめて重要な役割を果たすことになるだろう」。

[原文:‘Forecasts on quicksand’: Ad spending slows as advertisers wade through economic uncertainty

Seb Joseph(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)

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