ヒトの「ミニ脳」やマウスの胚を用いた実験で一般的な薬物が先天性欠損症や発達障害を引き起こすメカニズムが明らかに

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抗てんかん薬双極性障害の治療薬として使われているバルプロ酸ナトリウムは、妊婦が服用すると胎児の先天性欠損症や発達障害を引き起こすことが知られていますが、そのメカニズムは長いこと解明されていませんでした。新たにフランスの研究チームは、マウスの胚やヒトのミニ脳(脳オルガノイド)を使用してバルプロ酸ナトリウムが発達に及ぼす影響を調べる実験を行いました。

Aberrant induction of p19Arf-mediated cellular senescence contributes to neurodevelopmental defects | PLOS Biology
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3001664

Mini-brains show how common drug freezes cell division in the womb, causing birth defects | Live Science
https://www.livescience.com/valproic-acid-birth-defects-study

1960年代から抗てんかん薬として市場に出回ったバルプロ酸ナトリウムは、1980年代までに先天性欠損症との関連が明らかとなりましたが、依然として各国で抗てんかん薬や双極性障害の治療薬として使用されています。

げっ歯類サルを使った実験では、妊娠初期の数週間にバルプロ酸ナトリウムを服用すると、神経系が形成される初期段階で発生した混乱が欠損の原因になることが分かっているほか、人間の子どもにおいては脊椎や心臓、頭部などに欠損が生じた事例が多数報告されています。また、バルプロ酸ナトリウムに子宮内で暴露した乳児の推定30~40%は認知障害や自閉症スペクトラム障害を発症するとの研究結果もあります。


研究チームはバルプロ酸ナトリウムが発生の初期段階の胎児にどのような影響を及ぼすのかを調べるため、マウスの胚をバルプロ酸ナトリウムに暴露する実験を行いました。その結果、バルプロ酸ナトリウムにさらされたマウスの胚では、発生初期に形成されて脳および脊髄に分化する神経管が正常に閉じず、発生後半になると頭部や脳が通常より小さくなってしまうことが判明しました。

また、この実験ではバルプロ酸ナトリウムにさらされたマウスの神経上皮細胞が、老化した細胞のみに現れる酵素を運ぶようになってしまうことがわかりました。神経上皮細胞は後に脳細胞を作り出す幹細胞ですが、バルプロ酸ナトリウムにさらされると老化し、適切に成長・分裂できない状態となってしまうことで、胚の発達を妨げていると研究チームは主張しています。

続いて研究チームは、バルプロ酸ナトリウムがヒト細胞においても同様の影響を及ぼすのかどうかを調べるため、人の脳細胞を培養して作られた脳に似た小型の組織体「脳オルガノイド」を用いて同様の実験を行いました。その結果、脳オルガノイドの神経上皮細胞においても、マウスの胚と同様に老化現象がみられたとのことです。


研究チームが細胞老化のメカニズムについて調べたところ、マウスの胚発生段階では抑制されている「p19Arf」というタンパク質を産生する遺伝子が、バルプロ酸ナトリウムにさらされると発現してしまうことが判明。「p19Arf」は成体になると活発化し、がん細胞や老化した細胞を取り除く働きを持っていますが、胚発生段階で「p19Arf」が存在すると重要な細胞が老化して発達を混乱させてしまうとのこと。

実際に研究チームが「p19Arf」を産生できないように遺伝子組み換えしたマウスでは、バルプロ酸ナトリウムへの暴露による影響が和らぎ、マウスの脳は正常なサイズまで成長しました。ところが、マウスは依然として脊髄に障害があったとのことで、バルプロ酸ナトリウムが別のメカニズムで脊髄に欠損を引き起こすことが示唆されています。

ストラスブール大学分子生物遺伝学研究所のチームリーダーであるBill Keyes氏は、「脳オルガノイドをセットアップしてテストし、マウスとまったく同じ種類の細胞で老化が起こっていることを確認できたのは、非常に素晴らしい検証でした」とコメント。その一方で、今回の研究では一気に高用量のバルプロ酸ナトリウムに暴露したため、マウスの胚およびヒトの脳オルガノイドに対する影響が誇張されている可能性もあると認めています。今後は、実際の服用と近い低用量かつ長期間の暴露条件で実験していきたいとKeyes氏は述べました。

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