マンホールの中にも入ったよ
「家出のドリッピー」という物語を読んだ。
かわいらしい雨つぶの子どもドリッピーが家出をして、キリギリスに出会ったり、風に運んでもらったりして旅をするというお話だ。
おとぎ話っぽくて、とてもおもしろい。
ただし一方で、実際の雨つぶの旅はもっとリアルでえぐいものに違いない。下水管で汚水にまみれ、下水処理場で再生されるドリッピー。そんなお話もあっていいんじゃないか。
ファンタジーの余地のないツアーに行ってきました。
※2006年3月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
雨つぶの旅を追いかける
空から降ってきた雨つぶドリッピーの旅を追いかける。そんなつもりで雨つぶのゆくえを見てみることにしたい。
もちろん、ここでのドリッピーはしゃべったり悲しんだりすることはない。リアル液体としての雨つぶだ。
まずは地面に落ちてくるところから
空から降ってきた雨つぶは、最初に固い舗装に叩きつけられる。
やわらかい土や草に着地できるのは運がいい場合だけだ。たとえば東京都心のばあい、地面の90%ちかくは舗装やビルのコンクリートなどによって覆われているらしい。
ぼくらのドリッピーもあえなくアスファルトの舗装に落下したことにしよう。
そして雨水ますへ
舗装にたまった雨つぶは、表面を伝わり、傾斜にしたがって車道のわきにある雨水ますなどに集まっていく。
そしてその先は、暗くてせまい下水管の中を進んでいくのだ。
下水道管は人間の静脈にあたり、地面の下に網のようにはりめぐらされている。毛細血管にあたるものは直径が20cmくらいしかなかったりもするそうなのだけど(下の写真など)、
東京のばあい、下水道管の約2割は直径が80cm以上あって、人も入れるくらいの大きさらしい。
東京都下水道局の方にお願いしたところ、なんとありがたくも下水管の中にいれさせていただけることになった。さっそくドリッピーの後を追って中に入ってみることにしよう。
マンホールの中へ
こんかい中に入ったのは、東京の神田にある「神田下水」とよばれる下水道。今から120年前に作られたレンガ造りの下水道管で、現在でも使用されている。
先にマンホールに下りていく職員の方を見ていると、たいへん不謹慎ながらスーパーマリオブラザーズの土管にもぐる場面を連想してしまう。
マリオワールドの場合、土管の下はワープゾーンにつながっているけれど、東京都の場合はリアル下水道につながっているのだ。
雨つぶの旅の中継点2:下水道管
神田下水は合流式とよばれるタイプの下水道管で、雨水のほか、家庭などからの排水もいっしょくたにして流している。
下水道といえばうんこ、うんこといえばくさい、という連想があったのだけど、中に入ってみるとにおいはほとんどなかった。
考えてみればお風呂も台所の水もぜんぶ下水に流すのだから、うんこの割合は相対的にすごく少なくなるのだ。
通路は自分がいる場所で行き止まりになっていて、水は足元からまた別の下水道管に流れ込んでいっている。
下水道管は水を流すためにゆるやかな勾配がつけられていて、だいたい約1kmいくごとに5m下がる、という坂道になっているらしい。
ぼくらのドリッピーもこのゆるやかなウォータースライダーの流れにのって下流まで行くわけだけど、このままだと10kmで50mも下がってしまうので、最終的に地上の川にながすときに困ってしまう。
雨つぶの旅の中継点3:ポンプ所
そういうわけで、下水道にはところどころ、下がりすぎた水路をいったん引き揚げるポンプ所という施設が置かれている。
下水道局の方によると、神田下水の場合も、この先にひとつポンプ所を経由して、芝浦の水再生センターというところにつながっているらしい。
水再生センターというのは、つまり汚れた水をきれいにして川にながしたりする施設だ。どんなところなのか、見にいってみることにしよう。
中継点4: 水再生センター
新宿区の落合水再生センターというところにやってきた。
ここは下水道管をつうじてやってきた水をきれいにする場所だ。きれいになった水は、神田川や、一部目黒川などにも流しているらしい。
中を見させていただいたところ、水をきれいにする仕組みの要点のひとつは、途中で水に空気を入れて、元気になった微生物に水中の汚れを食べてもらうということだった。
全体的に、「しずかに水をためる」とか「砂でろ過する」とかの工程がおおかったように思う。「水をためる」とだけ聞くと、自分でもできそう、とか思ってしまうけど、そうではないのだ。
中継点5: 放流地点
そして、水再生センターを通ってきた水はここで川に流される。
あとは、このまま神田川から隅田川にそそぎ、東京湾に流れ出て、蒸発して雲になり、再び雨つぶとして地上に降り注ぐという輪廻を、雨つぶドリッピーはたどることになる。
川の水はどこから来るか
話はちょっと変わるけど、水再生センターの職員の方によると、神田川の場合、水再生センターから放流された水はここより下流の水全体の9割にもなるらしい。
つまり、もともとの神田川の流れは残りの1割だけということになるのだ。
そしてさらに、その残り1割すらももう自然のものではないのだという。
神田川の源流となる井の頭池の湧き水は、じつは30年ほど前から枯れてしまっていて、現在ではいくつかのポンプによって地下水を引き上げ、人工的に湧き水を作っている状況らしい。
つまり神田川はもはや人間の手なしには流れないのだ。
そしてこれはなにも神田川にかぎったことではなくて、都会の川ぜんぱんで見られることなのだという。
なぜ、都会の川は枯れてしまってきているのか。答えはやはり雨つぶのドリッピーがにぎっているのだ。
都会の雨は地面にしみない
東京都建設局の方の話によると、都会の川が枯れがちになっていることの原因のひとつは、まさに1ページめの旅の出発点にある。
湧き水は、もともとは地面に降った雨が地下にたまって自然に染み出したものだ。だけど、都会の場合、地面は舗装されていて、降った雨はそのまま下水に流れ込んでしまう。地下水がたまらないのだ。
だったら水を通す道路をつくろうよ
そういうわけで、降った雨をそのまま地下に通す透水性舗装という技術が既にあり、歩道についてはけっこうな面積がこれに置き換わっているらしい。
ただし、歩道の何倍もの面積を持つ車道については、まだ透水性舗装はほとんどつかわれていないとのこと。
雨を通す舗装とはどのようなものなのか。茨城県つくば市の土木研究所で、透水性舗装の車道への適用を研究されていると聞き、実物を見せていただきに行ってきました。
透水性舗装のほうは、水をかけるとみるみる地面にしみていく。いっぽうで普通のほうはよくみるような水たまり状態だ。
これだけみると、最初から目が粗い道路をつくればよかったんじゃないか、とか思ってしまいそうだけど、もちろん問題はそんなに単純じゃないらしい。
「透水性舗装は空隙がいっぱい空いている岩おこしのような構造ですから、大変弱いんです」(鎌田さん)
なので、歩道では大丈夫でも、重い車のとおる車道にはなかなか使えなかったらしい。ただ、1990年ごろに丈夫なアスファルトが開発され、透水性舗装の耐久性についても見込みがたってきたとのこと。だったらもう使っちゃえばいいんじゃないでしょうか。
「ただ地面に水がたまるということは、当然下っかわも弱くなるということですから、単純にアスファルトだけの問題というわけにいかなくなるんです。」
なるほど……。他にもいろいろな問題があり、現在検証していらっしゃる最中とのこと。
この舗装が普及すれば、大雨のときに一気に川が増水したり、といった問題にも効果があるはず。期待しております。
雨つぶっていうか都市の話ですね
雨つぶツアーというよりは、主に下水道の話になってしまった。でも下水道萌えだ。
ちなみに今回もぐった神田下水は明治時代に作られたもので、東京の近代下水道の始まりとなるものだそうです。そういう意義を忘れて、ふだん入れない場所に入れて面白いなーとか、そんなことばかり考えてました。
今回お世話になった機関は以下のとおりです。末尾になりますが、この場を借りて御礼申し上げます。
東京都下水道局
https://www.gesui.metro.tokyo.lg.jp/
国立研究開発法人 土木研究所
https://www.pwri.go.jp/