東芝迷走の原因はメディアと有識者にある

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東芝は迷走を続けているが、迷走が、ついに餌食として食い尽くされる局面にまで進んできてしまった。

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なぜなら、6月末の株主総会へ向けて、ようやく会社側の提案する取締役候補のメンバーが固まったのだが、それが世界的に常識となっているコーポレートガバナンスのスタンダートから大きく外れるばかりか、もっともやってはいけない陣容になってしまったからだ。

新しく取締役に加わるのは7名で、そのうちの2名は執行役員と兼任だから、日本でいうところの社内であり、それ以外の5名が社外取締役である。そのうちの2名が、東芝の現在の大株主であるファンドの幹部である。

これは最悪だ。

絶対にやってはいけない例として、コーポレートガバナンスの教科書に出てくる、最悪の取締役人事である。

東芝は、この候補者を発表したプレスリリースの中で、こう言っている。

株主からの代表が取締役会に参加することにより、株主と経営陣はより足並みをそろえることができます。

180度間違いだ。

これは一番やってはいけないことだ。

東芝は、取締役の役割と、コーポレートガバナンスの役割と、両方ともまったくわかっていないだけでなく、180度逆に理解している。

取締役とは、すべての投資家の代理として、経営陣を監視する役割である。

ここで大事なのは、「すべての投資家」の代理、ということである。「特定の」株主の代理ではない。

上場企業における取締役は、潜在的な株主、つまり上場企業の株主には、誰でも株式を取引所で買えばなりうるわけであり、「彼らの評価が高い」ということが企業価値であり、「株価が高い」ということになる。すなわち取締役が代表するのは、現在株式を保有しているすべての株主と、それに潜在的な株主、将来株主になり得る投資家である。

株価は、新たにその会社の株式を買う人が決める値段、払う価格であるから、潜在的な投資家は極めて重要な取締役が代表すべき投資家たちである。

それにも関わらず、現在の株主の代理人、しかも特定の大株主の代理人を取締役にする。それは現在の株主を有利に扱い、将来の株主を犠牲にしているのである。

経営陣および社員は、今後もその会社、ここでは東芝と命運をともにするから、会社の長期的利益を最大化しようとする。同時に、潜在的な株主は、将来東芝株を買って、さらにその先の将来に売却する可能性があるわけだから、長期的な企業価値を大事にする。しかし、現在の株主の利益だけを考える取締役は、現在の株価を優先に考えるから、長期の企業価値を最大化しない可能性がある。

これが第一の問題点である。

しかし、第二の問題点は、遥かに深刻で致命的だ。

それは、20世紀末に経済学会で確立し、企業の実際のガバナンスの基本として世界中の法制度に取り込まれた原則、「ガバナンスとは、経営陣と株主の対立ではなく、株主と株主の対立をターゲットとし、大株主が、一般の少数株主の利益を奪うことを防止することが最重要である」という不動の真理、これに真っ向から反しているからである。

特定大株主はガバナンスの敵である。仮想敵国である。彼らが、外部の少数株主の利益を損なわないように、一般の株主全体の利益を損なわないように、すべてのガバナンス法令は存在するのである。少数株主は、株主総会の投票で数の力で負けてしまうから、少数派の権利を守るために、法律があり、重要な決定に反対したにもかかわらず、数で押し切られた場合には、株式の買い取り請求が認められており、1株1票の原則、利益配分の平等性の確保のための配当原則、などが決められているのである。

例えば、大株主が、彼らの関係する別の企業に有利なように会社と契約を結ばせることや、戦略的にこの会社を利用することは、その他の株主の利益を大きく損ねるのである。

したがって、ファンドの代表を取締役に入れることは絶対にやってはいけないのである。ファンドが複数集まり、過半数を超えていたとしても、ファンドの短期的な売却利益追求が、長期の企業価値を損なうとその他の少数株主が思った場合には、ファンド主導で決められた決定がなされる前の株価で買い取り請求ができるように法律は作られているのである。法律で守り切れないところは、取締役が、すべての株主の利益を平等に守るためにいるのである。これが取締役の役割の本質である。

そして、経営陣は大株主に選ばれているから、経営陣は大株主の言いなりになることが普通なので、実は、大株主と経営陣の利害対立というのは本質的な問題ではなく、大株主と一般株主の対立こそが、ガバナンスの最大のイシューなのである。それが20世紀の末にアンドレシュライファーというハーバードの教授のグループの研究により確立し、世界銀行も世界各国の政府も、この考え方に倣ってガバナンス関連法制度を整備してきたのである。

したがって、ファンドという大株主の代理人を取締役にするのは、もっともガバナンスが悪い会社なのである。

しかしこれを誰も指摘せず、いままで経営陣側がファンドという大株主の言うことを聞かないのがガバナンスの悪い会社だと批判してきた、有識者、メディア。

こんな無知どころか経済や企業を破壊する有識者とメディアがはびこっている国は、日本だけなのである。

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